登校と始まり


一週間の真ん中。

朝、5時半のアラームで目が覚めた。

ふらふらと洗面台に向かって、少しだけ念入りに歯磨き、洗顔。


まだ少し眠いまま、コップに水を入れてレンジで温めて……スープの素を入れかき混ぜる。



「ふ〜……」



少し熱くなり過ぎたそれを、スプーンの上で冷ましながら口に入れていく。

いつもより、そのコーンスープは甘い。



「……」



ふと、テーブルに置いてあるコルクボードを眺めた。

そこにはバスケ部のみんなと撮ったプリクラが貼ってある。

その中で写る……必死に膝を曲げて、背を低くしているわたし。


そうしないと、顔が見切れちゃうからだ。

気にし過ぎかもしれないけど……やっぱり違和感がある。



「はぁ……」



身長は大事だ。

中学の時は、毎日身長を確認していた。朝起きたら縮んでくれないかなと思いながら。


結局すくすく育ってこうなっちゃったけど。

思えば、バスケ部に入ったおかげでこの身長をあまり考えなくなった。

そういう意味では、部活にはありがとうかも。


でも。

ふとした瞬間に、やっぱり考えてしまう。

学校でも遊んでいるときでも。

特に――朝練がない日の、普通の時間の登校とか。


その視線が。

“普通”の人からの目が。



「……」



空になったマグカップを眺めて、呟く。

溢れてくる不安を考えない様にしながら――わたしはそれを流しに置いた。






『ホーホホッホホー……ホーホホッホホー……』


「……」



水曜、朝7時半。

俺は電柱に居るハトの鳴き声に耳を傾ける。

平日の早朝なのに楽しそうだなぁ……(鳥を羨ましがる男)。



『ホ……(突然の死)』



あっ死んだ……いや死んでなかった。

いつもそこで止まるのかよってタイミングで止まるのなに?


……なんかおかげで緊張が解れたかも、ありがとうキジバト。

鳩胸が立派だね(セクハラ)。



「……あ」



やがて。

その、自分の家とは違う……集合住宅の階段を駆け降りる音が聞こえた。


タン、タンと。

その音のせいか、ゆっくりだった俺の鼓動も早くなっていく。

人生で初めて友達と約束して学校に一緒に行く。そんなイベント。



「おまたせ~」


「あ、おはよう……」



その声の方向には、初音さんが居た。

心なしか表情が元気なさそう。寝起きだからかな。


さて。 

ルートとしてはまず家に集合して……駅まで歩いて。

更にそこから電車に乗って、また最寄り駅から学校まで。


……一緒に学校行こうなんて言ったのは俺なんだけど。

今更になって緊張してきた。

そもそも言ったの大分前だから。



「? 行かないの? 電車行っちゃうよ~」

「あ、ああ……(歩き方を一瞬忘れたホモサピエンス)」



たどたどしく、俺は彼女の横につく。

……こういう時は車道側を歩けってモテ男スレの住民が言ってました(掲示板脳)。



「そういえば朝練ある時って何時ぐらいに出てるの?」

「大体6時ぐらいかな~」

「え……そうなんだ。なかなか大変だと思うんだけど」


「慣れちゃった」

「ははは」



横断歩道、白だけを渡りながら彼女と話す。

もはや見なくても“位置”、分かるよね(覚醒者)。ちなみに黒を踏んだら多分地の底へ落ちる。俺だけ。


ちなみに、かのんちゃんは黒だけを渡る派らしい。天使だからもはや地面から足が浮いてるのかもしれない(畏敬)。



「あ。ここ、猫の集会が見れるってあやのんが言ってた」

「誰も居ない……」


「もう終わっちゃったのかな~」

「そうかも――って、そういえば如月さんは良いの?」


「あやのんはまだ寝てると思う~」

「……猫の集会の為に早く起きるんじゃなかったんだ」

「あはは、一日坊主だね~」



人は見かけによらないもんだ。

……ふと思う。俺は、彼女からどう見えているんだろうと。

目立つ俺を見る他者の視線を――どう考えているんだろうか。


本当に今更だけど。

特にこの髪。自分は気に入ってるけど……電車の中じゃ、いつもより倍以上に人目が付く。


ずっと当たり前の様に隣に居る彼女に――実は我慢させているんじゃないかとか。

そんな不安を持ったまま、駅へと向かっていった。





「――それでそれで、敵だと思ってたのにまさかの男装した恋人でした! なんてびっくりしたよね」

「はは……見返したら確かに目の色とかほくろとか一緒だったもんね」

「ほんとびっくり~」

「椅子からひっくり返ったね(真顔)」



初音さんと話す時間は楽しい。

それでも。

駅に辿り着いてしまった。



「……あ」

「あ、電車来てる~! 時間ぴったり!」



運がいいのか悪いのか、階段を上がってホームに辿り着けば電車が来ていた。


そして、そのまま。

俺達はその空間の中に。


揺れ動く。吊革を持った。

視線を上げた瞬間――ちらほらと、同じ制服が見えている。



――「で――ほんと――よねー」「……!」「あ――で、あれが――」――



車内。

その視線も、いつもと同じくこちらに向く。

聞き取れない会話も、俺達の事について話しているのかもしれない。


……自意識過剰であってほしい。

怖くて彼女の顔を見れない。

一人なら全く気にならない周囲の目線が、今だけは針の様に感じてしまう。



「ね~」

「な、なに?」

「いっちって、今更だけどめちゃくちゃ目立つね」



思わず息を飲む。

もっと考えておくべきだった。

やはりこの周囲の目が、彼女を不快にさせてしまっていたのなら――



「わたしも、実はちょっと目立つんだ~」

「え?」

「この身長だから。やっぱりたまに感じるよね、特に小柄な女の子と並んだら」

「……そうなんだ」

「うん。だから多分いっちが今悩んでたこと、わたしも考えてたよ」

「!」



その時、ようやく自分は顔を上げられた。

彼女の表情は――もしかしたら、さっきまでの俺と同じだったのかもしれない。



「お互い、目立つ同士だったんだ」

「あはは。だったみたい?」


「初音さんってたまにエスパーになるよね」

「いっちの顔が分かりやすすぎるだけじゃないかな~」



横を見る。

いつも通り笑う彼女がそこにいる。


……もっと笑ってほしい、そう思った。

大事なその友達に。

俺なんかと、この関係で居てくれるその間は。



「でも……やっぱり身長高いから、私服もオシャレに着こなせるんだ」

「え? そ、そうかな~バスケ以外良いことなんてないと思ってたけど……」



珍しい。

俺から目線を逸らす彼女。

あまり身長のことで褒められることはないのだろう。言われ慣れてない……そんな感じ。



「大人っぽくも見えるよ。もちろん良い意味でね」

「えぇ? そんなの言うのいっちだけ〜」

「そうかな」



何というか、わかりやすい。

そしてその反応が、見ていてどこか嬉しくて。



「うん。や、やめてよ……もう」



ほんのり紅い頬も。

少し潤んだ瞳も。

僅かに緩んだ口元も。


一昨日の夜も見えた、時折見せるその表情が。

どこかで留まっていたそれを、心の中から引き出されていく。


本当に、彼女は――



「……?」


「!? あ、いやいやいや何でもないよ(早口)」



危ない危ない。

普通に、口に出そうになっていた。


女性への免疫が無いクソ童貞はこれだからね(自傷ダメージ)。



「変だよ、いっち~」

「……な、何でもないって」



思わず横に視線を逸らす。



「ん~でも、大人っぽいかぁ……そう見えるんだ~」

「は、はい……」



そんな自分をじっと見つめる初音さん。

微笑む彼女の顔は、朝よりも明るく見えた。


眩しすぎて、未だに俺はそれを直視できないけれど。



「嬉しいな~、嬉しいな~」

「そ、そっか」



喜ぶ初音さんと居ると、自然と俺も嬉しくなる。

ボトルシップが完成した事よりも……いや、これは難しい。

やっぱり俺は、自己中心的かもしれない。



――『まもなく星丘駅、星丘駅』――



そんなアナウンス。揺れ動く車内に慣れてきた頃。

最寄り駅まで残りひと駅。



「あ、いっちの寝ぐせ見つけた~カールしてて虹掛かってるみたい!」

「え(恥)」



だからもう……好きなだけ見ると良いよ(諦め)。

悪い気なんてしないから——



「あっそういえば、今日の体育から二年恒例のアレの本詰めだね〜」

「アレ?」

「あれあれ〜“創作ダンス”だよ〜苦手なんだよわたし……」

「……そういえばそんなのあったね。テストで忘れてた」


「あはは〜いっちはダンス上手だもんね」

「えっ何で知ってるの?」


「一年の体育祭のダンス! ポジションあやのんの隣だったでしょ? いっち」

「あー……」


「?」

「い、いやなんでもない」



……一瞬クラブ行ってること知られてるのかと思った。

そして、どこか安心した。

悪い事なんかしていないけど、そこに行ってる事は知られたくない自分が居た。



「創作ダンス……」



呟く。

もう、そんな時期になるんだな。





▲作者あとがき


星2000突破してましたー!!!

もっと言えばカクヨムコン中間通ってましたー!!

本当にありがとうございます。更新してない間にまさかの……!


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