登校と始まり
一週間の真ん中。
朝、5時半のアラームで目が覚めた。
ふらふらと洗面台に向かって、少しだけ念入りに歯磨き、洗顔。
まだ少し眠いまま、コップに水を入れてレンジで温めて……スープの素を入れかき混ぜる。
「ふ〜……」
少し熱くなり過ぎたそれを、スプーンの上で冷ましながら口に入れていく。
いつもより、そのコーンスープは甘い。
「……」
ふと、テーブルに置いてあるコルクボードを眺めた。
そこにはバスケ部のみんなと撮ったプリクラが貼ってある。
その中で写る……必死に膝を曲げて、背を低くしているわたし。
そうしないと、顔が見切れちゃうからだ。
気にし過ぎかもしれないけど……やっぱり違和感がある。
「はぁ……」
身長は大事だ。
中学の時は、毎日身長を確認していた。朝起きたら縮んでくれないかなと思いながら。
結局すくすく育ってこうなっちゃったけど。
思えば、バスケ部に入ったおかげでこの身長をあまり考えなくなった。
そういう意味では、部活にはありがとうかも。
でも。
ふとした瞬間に、やっぱり考えてしまう。
学校でも遊んでいるときでも。
特に――朝練がない日の、普通の時間の登校とか。
その視線が。
“普通”の人からの目が。
「……」
空になったマグカップを眺めて、呟く。
溢れてくる不安を考えない様にしながら――わたしはそれを流しに置いた。
☆
☆
『ホーホホッホホー……ホーホホッホホー……』
「……」
水曜、朝7時半。
俺は電柱に居るハトの鳴き声に耳を傾ける。
平日の早朝なのに楽しそうだなぁ……(鳥を羨ましがる男)。
『ホ……(突然の死)』
あっ死んだ……いや死んでなかった。
いつもそこで止まるのかよってタイミングで止まるのなに?
……なんかおかげで緊張が解れたかも、ありがとうキジバト。
鳩胸が立派だね(セクハラ)。
「……あ」
やがて。
その、自分の家とは違う……集合住宅の階段を駆け降りる音が聞こえた。
タン、タンと。
その音のせいか、ゆっくりだった俺の鼓動も早くなっていく。
人生で初めて友達と約束して学校に一緒に行く。そんなイベント。
「おまたせ~」
「あ、おはよう……」
その声の方向には、初音さんが居た。
心なしか表情が元気なさそう。寝起きだからかな。
さて。
ルートとしてはまず家に集合して……駅まで歩いて。
更にそこから電車に乗って、また最寄り駅から学校まで。
……一緒に学校行こうなんて言ったのは俺なんだけど。
今更になって緊張してきた。
そもそも言ったの大分前だから。
「? 行かないの? 電車行っちゃうよ~」
「あ、ああ……(歩き方を一瞬忘れたホモサピエンス)」
たどたどしく、俺は彼女の横につく。
……こういう時は車道側を歩けってモテ男スレの住民が言ってました(掲示板脳)。
「そういえば朝練ある時って何時ぐらいに出てるの?」
「大体6時ぐらいかな~」
「え……そうなんだ。なかなか大変だと思うんだけど」
「慣れちゃった」
「ははは」
横断歩道、白だけを渡りながら彼女と話す。
もはや見なくても“位置”、分かるよね(覚醒者)。ちなみに黒を踏んだら多分地の底へ落ちる。俺だけ。
ちなみに、かのんちゃんは黒だけを渡る派らしい。天使だからもはや地面から足が浮いてるのかもしれない(畏敬)。
「あ。ここ、猫の集会が見れるってあやのんが言ってた」
「誰も居ない……」
「もう終わっちゃったのかな~」
「そうかも――って、そういえば如月さんは良いの?」
「あやのんはまだ寝てると思う~」
「……猫の集会の為に早く起きるんじゃなかったんだ」
「あはは、一日坊主だね~」
人は見かけによらないもんだ。
……ふと思う。俺は、彼女からどう見えているんだろうと。
目立つ俺を見る他者の視線を――どう考えているんだろうか。
本当に今更だけど。
特にこの髪。自分は気に入ってるけど……電車の中じゃ、いつもより倍以上に人目が付く。
ずっと当たり前の様に隣に居る彼女に――実は我慢させているんじゃないかとか。
そんな不安を持ったまま、駅へと向かっていった。
☆
「――それでそれで、敵だと思ってたのにまさかの男装した恋人でした! なんてびっくりしたよね」
「はは……見返したら確かに目の色とかほくろとか一緒だったもんね」
「ほんとびっくり~」
「椅子からひっくり返ったね(真顔)」
初音さんと話す時間は楽しい。
それでも。
駅に辿り着いてしまった。
「……あ」
「あ、電車来てる~! 時間ぴったり!」
運がいいのか悪いのか、階段を上がってホームに辿り着けば電車が来ていた。
そして、そのまま。
俺達はその空間の中に。
揺れ動く。吊革を持った。
視線を上げた瞬間――ちらほらと、同じ制服が見えている。
――「で――ほんと――よねー」「……!」「あ――で、あれが――」――
車内。
その視線も、いつもと同じくこちらに向く。
聞き取れない会話も、俺達の事について話しているのかもしれない。
……自意識過剰であってほしい。
怖くて彼女の顔を見れない。
一人なら全く気にならない周囲の目線が、今だけは針の様に感じてしまう。
「ね~」
「な、なに?」
「いっちって、今更だけどめちゃくちゃ目立つね」
思わず息を飲む。
もっと考えておくべきだった。
やはりこの周囲の目が、彼女を不快にさせてしまっていたのなら――
「わたしも、実はちょっと目立つんだ~」
「え?」
「この身長だから。やっぱりたまに感じるよね、特に小柄な女の子と並んだら」
「……そうなんだ」
「うん。だから多分いっちが今悩んでたこと、わたしも考えてたよ」
「!」
その時、ようやく自分は顔を上げられた。
彼女の表情は――もしかしたら、さっきまでの俺と同じだったのかもしれない。
「お互い、目立つ同士だったんだ」
「あはは。だったみたい?」
「初音さんってたまにエスパーになるよね」
「いっちの顔が分かりやすすぎるだけじゃないかな~」
横を見る。
いつも通り笑う彼女がそこにいる。
……もっと笑ってほしい、そう思った。
大事なその友達に。
俺なんかと、この関係で居てくれるその間は。
「でも……やっぱり身長高いから、私服もオシャレに着こなせるんだ」
「え? そ、そうかな~バスケ以外良いことなんてないと思ってたけど……」
珍しい。
俺から目線を逸らす彼女。
あまり身長のことで褒められることはないのだろう。言われ慣れてない……そんな感じ。
「大人っぽくも見えるよ。もちろん良い意味でね」
「えぇ? そんなの言うのいっちだけ〜」
「そうかな」
何というか、わかりやすい。
そしてその反応が、見ていてどこか嬉しくて。
「うん。や、やめてよ……もう」
ほんのり紅い頬も。
少し潤んだ瞳も。
僅かに緩んだ口元も。
一昨日の夜も見えた、時折見せるその表情が。
どこかで留まっていたそれを、心の中から引き出されていく。
本当に、彼女は――
「……?」
「!? あ、いやいやいや何でもないよ(早口)」
危ない危ない。
普通に、口に出そうになっていた。
女性への免疫が無いクソ童貞はこれだからね(自傷ダメージ)。
「変だよ、いっち~」
「……な、何でもないって」
思わず横に視線を逸らす。
「ん~でも、大人っぽいかぁ……そう見えるんだ~」
「は、はい……」
そんな自分をじっと見つめる初音さん。
微笑む彼女の顔は、朝よりも明るく見えた。
眩しすぎて、未だに俺はそれを直視できないけれど。
「嬉しいな~、嬉しいな~」
「そ、そっか」
喜ぶ初音さんと居ると、自然と俺も嬉しくなる。
ボトルシップが完成した事よりも……いや、これは難しい。
やっぱり俺は、自己中心的かもしれない。
――『まもなく星丘駅、星丘駅』――
そんなアナウンス。揺れ動く車内に慣れてきた頃。
最寄り駅まで残り
「あ、いっちの寝ぐせ見つけた~カールしてて虹掛かってるみたい!」
「え(恥)」
だからもう……好きなだけ見ると良いよ(諦め)。
悪い気なんてしないから——
「あっそういえば、今日の体育から二年恒例のアレの本詰めだね〜」
「アレ?」
「あれあれ〜“創作ダンス”だよ〜苦手なんだよわたし……」
「……そういえばそんなのあったね。テストで忘れてた」
「あはは〜いっちはダンス上手だもんね」
「えっ何で知ってるの?」
「一年の体育祭のダンス! ポジションあやのんの隣だったでしょ? いっち」
「あー……」
「?」
「い、いやなんでもない」
……一瞬クラブ行ってること知られてるのかと思った。
そして、どこか安心した。
悪い事なんかしていないけど、そこに行ってる事は知られたくない自分が居た。
「創作ダンス……」
呟く。
もう、そんな時期になるんだな。
▲作者あとがき
星2000突破してましたー!!!
もっと言えばカクヨムコン中間通ってましたー!!
本当にありがとうございます。更新してない間にまさかの……!
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