一人っきりのダンスフロア

時計



「これは日本文学史上、初めての日記文学と呼ばれるもので――」



教室、三限目。

黒板の内容を、ノートに鉛筆でまとめながら先生の話も聞き取る。


最近俺の中で鉛筆が熱い。

シャーペンと違って、それは故障の心配がない。芯折れたら削れば良いし。

色付きのボールペンも俺はあまり使わないので持ち変える必要がない。

黒一色のノート。見栄えは悪いが、一番頭に入って来る。


シンプルイズベスト……俺の大好きな言葉である。



「――で、ここ。ってのは今で言う何時か分かるヤツ……東町、分かるか?」

「あ、えーっと午後八時です」


「おう正解正解。流石だな」


「……(照れ)」



授業中、先生からの指名が増えてきたのは気のせいではない。

5月から適当に取った統計(俺調べ)によれば従来より40倍(マジ)。

七色の時より多分1.5倍。


しかしながら、その指名の恐怖から授業への態度は一層に真剣となった。

紛れもなくこの九色の髪のせいだ。やはりこの虹色は、俺に多大な加護を与えてくれる。


黒一色の時とは違うね。

シンプルイズベスト……俺はこの言葉に異議を唱えたい(情緒不安定)。



キーンコーンカーン――




「――じゃ! ここで授業終わり。復習ちゃんとしとけよー」




なんて、集中すれば授業なんてあっという間だ。

疲れたし、家から淹れてきたマイボトルコーヒーでも飲もうかな(ドヤ顔)。



「――とーまち!!」

「!?!?」



と思ったら、隣の隣の席の柊さんが突っ込んできた。

普通逆だろ。魔王なら待ち構えとけよ(無礼)。


あっ俺は勇者じゃないか……(雑魚モンスター)。

せいぜい経験値がちょっと多いぐらいの。



「……何凹んでんの☆」

「いや、別になんでもないよ」


「何飲んでるの?」

「ブラック☆コーヒーだけど……(ドヤ顔)」


「えっ水筒に?」

「まあ自分でれてるからね」

「はぇー☆ なんか大人っぽい」

「ま、まあ一人暮らしなんで……色々と自炊してるんで……(照れ)」


「ってそうそうご飯で思い出した! 今日お昼一緒に食べようよ☆」

「え」


「ちょっと付き合ってほしい話があるの! ね、苺!」

「えっ」

「……別に嫌なら良いぞ」



隣席、夢咲さんがそう話に加わる。

やっぱり雰囲気が柔らかくなった……前までなら「隣席から突然オラァ!!」とか言ってたのに(言ってない)。

人は変わるという事だろう(何様)。



「いやいや、たまになら付き合うよ」

「毎日は嫌なんだ☆」

「ア(ガチ焦り)」

「ふははは!」

「ごめんねリオが。昼休みに東町が勉強してんのは知ってるから」

「ありがとう……(天使か?)」



笑う魔王に困っていると助け舟。

夢咲さんは光の勇者だった……?


討伐される!





キーンコーンカーン――



昼休み。

思えば俺は、この時間ずっと中庭にいた。

中庭にすら一分、そのあとは図書室。


理由としては、ずっと一緒に食べる相手が居なかったから。

昼食という時間において、ぼっちなのはかなりキツい。

教室でご飯を食べたのは、テストのとき以外じゃ――えっ昔過ぎて思い出せない(悲しみ)。



――「学食行こうぜー」「ふりかけ忘れた……」「後で購買寄ろー!」



昼休み、この騒がしい教室もいつぶりだろうか。

この場所から逃げたのは一体いつだったっけ。


一年の時。

一学期、入学してすぐの事。

教室の壁。

やけに遅く感じる時計の針に、俺は。


もしかしたら――あの時勇気を出して、この場所に留まっていれば――



「――とーまち、なんか目に光がない!」

「だ、大丈夫か?」


「……あ」



久しぶりの景色が薄く、薄く見えた時。気付いたら目の前に二人の女の子が居た。

言うまでもなく夢咲さんと柊さんなんだけど。

なんというか、現実味がない。



「机ひっつけてよ☆ 苺ととーまちの席!」


「あ、ああ……了解です」



……つ、机ってどうやって引っ付けるんだ?


えっ横並び? それとも縦? いや縦なら前の人にぶつかるだろ。


まさかの“上”に積み上げるのか?

魔王の玉座の完成ってわけね(意味不明)。

ゾンビが襲ってくるのか? バリケード作るぞバリケードォ!



「? ほら、苺と向い合せにしてよ☆」

「アッハイ」

「フッ。初めてやんのかよ東町」

「……ひ、久しぶりで(精一杯の強がり)」



もちろん一回はやったことあるもん(小学生並感)。


「よいしょ……」

「ふははは手間取り過ぎ!」

「スンマセン」


というわけで、机の面積が二倍になったところで(当然)。

柊さんが俺の斜め横に来る。ちょっと狭いけど大丈夫なんだろうか――



「あ、大丈夫だよ☆ リオはこれだけだから」

「え」



と思ったら、ちっさいサラダだけ取り出した柊さん。

モデルやってるからだろうか。イメージ通り。



「そんなんで足りるのかよ――っと!」

「で、でっかい」

「ふははは! それで“その”体型なんだから凄いよね☆」



対面の夢咲さんの前には、ズドンと牛丼が降臨していた。多分大盛の次ぐらいのやつ。

昼ご飯、ある意味イメージ通り……。

俺より食ってるね。



「とーまちは?」

「……こ、これ……」


「なんだそれ、なんか描いてあんぞ……」

「かわいくなーい☆」



今日冷蔵庫から適当に取ったスーパーの売れ残りパン。

パッケージにはデカデカと〇×キュアの悪役(人気なさそう)が描かれている。なんかシールも入っている。



「しかも三個食うのかよ」

「ふはははは! とーまちって昼ご飯も変わってるね☆」


「……」



……なんでこういう日に限って!






悪役ドヤ顔絵柄付きちっさい甘々カレーパン(驚異の30円)を三個。おまけでキャラのシール三枚。

どうせ一人で食べるから何でも良いと手に取った俺が愚かでした(反省)。


すっげーこれ三個で100円いかないぞ! なんて喜んでいた自分を止めてやりたい。



「ねえそれおいしい? おいしい?」

「美味しいです……(恥)」

「ふははっ、そっかそっかー!」



かといって流石にこんな羞恥プレイを受けるとは思わない。

目覚めるぞ(変態)。



「――で、何かあったんだよね。どうしたのかな」


「わ!?」

「急にスイッチ入るよな」



目を丸くする二人。

いざそう反応されると恥ずかしい。



「ま、まあいいか☆ この前の木谷さんと古田さんって覚えてる?」



……誰だっけ。

あっ前言ってた合コンで魔法おさけに頼った人達か。



「覚えてるよ、柊さんのバイト先の二人だよね」

「うん☆ 彼らが前のお詫びって事で、ちょっと良いレストランに連れてってくれたんだ☆」

「フッ、別に良いんだけどな」


「おお……」



バイト先ってことは、柊さんのモデル事務所? の先輩なんだろうか。

顔面偏差値がその四人だけで70は超えてそうだ……。


俺が中に入ったら存在ごと消え去ってしまいそう。



「そこで、苺も“アレから”大分柔らかくなってね☆ 二人も臆さず楽しくお話してたんだけど☆」

「うん」



あの合コンから、夢咲さんは変わったのは分かる。

前まであった威圧感が少なくなったよ。



「苺も、モデルやってみないかーって! 話になったわけ!」

「……なるほど」


「ね☆ どう思う?」

「良いんじゃないかな(即答)」



実際めちゃくちゃ顔整ってるし、夢咲さんって。可愛いというより美しい系。良い意味で中性的な感じ?

スタイルも良いし。この前の合コンとか俺より多分かっこよかった。


モデルやってますなんて言われて、疑問に思う人の方が少ないだろう。

身長も俺よりちょっと高いぐらいだし。


誰がチビだって? (逆ギレ)。



「ほら言ったじゃーん!」

「ッ、やめろって」



笑って声を上げる柊さん。

対してはそっぽを向く夢咲さん。顔が紅い。



「あ、アタシなんかがモデルなんて無理だって……」

「んでこんな感じなんだよー!」


「なるほど」



理解した。

ようは自分からも彼女の背中を押してほしいと。

でも、本当に嫌がってたら駄目だしな。



「アタシは、そういうのは……」



更に頬が紅くなる夢咲さん。

声も小さい、視線は下に落ちていて。



《――「……踊るの、楽しい?」――》



クラブの中。

フロアにて、迷う様な彼女の表情に――それはきっと、よく似ていた。


……でも掛ける言葉を間違えばマズい。

今回はバイト。お金が関わって来る仕事だ。



思い出せ。

なんかこう、良い感じに背中を押す言葉を。

恋愛板――モテたい男スレでの内容を(二回目)――



195:名前:('∀`)

なんか女の子からLIMEで相談きたああああああ

大学生なんだが、気になってるバスケサークル入ろうか迷ってるらしい 

どうすればいい?? 知らねーよ(小声)


196:名前:('∀`)

良いね 仲良くなってる証拠じゃん


197:名前:('∀`)

もうとりあえず肯定しとけば良いよな!? ここで否定したら絶対嫌われるよな


198:名前:('∀`)

落ち着け そこまで仲良くなってるなら、もうちょっと踏み込んだ話しよう


199:名前:('∀`)

LIMEじゃダメだな

電話が出来るなら電話が良い

あと助言すると、大事なのは相手の言葉だぞ お前の言葉じゃない


200:名前:('∀`)

日本語でよろしくお願いします!!!


201:名前:('∀`)

良いか?

そういう場合はほぼ100パーセント答えはその子の中で決まってるんだ


そんな時、強引に背中を押してしまうと逆効果になる 大事な選択ならなおさらのこと

ゆっくりその子の言葉を聞いてやれ

感情を共有して、話しやすい状況を作れ


――キミは、その子の“実家”になるんだ


202:名前:('∀`)


お前何言ってんの?





……危ない危ない。無理に背中を押す事ばかり考えていた。

まずは話しやすい状況を作れと。



「ま、まあ俺が夢咲さんの立場でも難しいよね」

「えー☆」


「モデルとか、働いてる自分が想像できないというか」

「そうかな☆」

「うん。不安になっても仕方ないと思うよ。お金ももちろん貰うわけだし」



コンビニバイトや飲食店のキッチンとか……そういったものを普通とした場合。

モデルなんて明らかに普通じゃない。



「……ああ。東町の言う通りだ」



少しずつ、夢咲さんは視線を上げていく。



「そりゃ、興味はあるさ。リオのやってる仕事だし……」



少しずつ。

少しずつ、彼女の言葉が表れ始める。



「やりたくないわけではないんだね」

「……ああ」

「そっか」



もう、答えは出ている。


控えめに窓の外を向く彼女に、『大丈夫だよ』なんて言うのは簡単だけど。

大事な友達として――今はきっと。


俺は、スマホを取り出した。



「一分測るよ(唐突)」

「えっ」

「は?」


「その間に、やるかどうか決めるってことで」

「ちょ、ちょっと待て!」

「とーまち強引!」


「スタート!! (大声)」



もうすでに時計の針は動いている。

後は、彼女の言葉を待つだけ――



「や、やる……!」

「はっっや☆」



と思ったけど、開始五秒でその声は出て。

まるで憑き物が取れた様に明るくなったその表情。



「ッたく……意外と強引だよな、東町」

「ごめんなさい(土下座)」

「頭下げんなって! 怒ってねぇよ!」


「ふはは、とーまちに相談して正解だったね☆」

「どどどういたしまして(敬服)」

「苺って意外とチキンだからさぁー☆」

「……自覚してるよ」



いつもの感じに戻る二人共。

それでこそいつものギャルコンビだ(何様)。



「いやぁ今日は苺がモデルになった記念日だね☆」

「まだなってねぇよ! オーディションとかあるんだろ?」


「苺なら絶対受かる!! ってわけで祝杯の為に食堂で紅茶と菓子パン買って食べよー!」

「ったく、いつも買ってるだろ……つーかさっきのサラダ台無しじゃねーか」

「食物繊維食べたから無敵☆ ほらほらゴー!! モデルの仕事がどんなのか説明したげるゾイ!」

「お前キャラおかしいぞ――」


「はは……い、いってらっしゃい」



まるで嵐である(引き気味)。


席を立ち、教室から出ていこうとする彼女達。二人とも元気だ。

話し始めたときよりも。

俺のおかげか――なんて、調子に乗ることはない。


きっと夢咲さんの答えは、既に彼女の中で出ていただろうから。



――「そういや次の授業さ」「やっべぇガチャで星5当たった!」「それ外れだぞ」



そして一人になった途端。クラスメイトの声が突然と耳に入って来る。

静かになった俺の席。未だくっついたままの夢咲さんの机。


視線は逃げるように教室の壁へ向かう。

白と黒、見慣れた時計だ。

遥か遠くにある、昼の1時を示すソレからは秒針が動く音が聞こえる。

こんなに教室は騒々そうぞうしいのに。


チクタクと。

チクタクと、ゆっくりと時を刻んでいく。



「……」



前にある、空いた二つの椅子のせいだろうか。

一年生一学期。遥か昔のあの時よりも、どこか寂しい。


さっきまで、あんなに話していたっていうのに。



「行くか」



昼休みの三分の二は過ぎた。

それでもまだ三分の一ある。


カバンをいじくる。

いつもの教材を探すためだ。


……席空いてるかは微妙だけど、図書室にでも――



「――オイ、来ねぇのか」

「え?」


「とーまち絶対アレだけじゃ足りないでしょ☆」

「金欠か?」


「あっいや――大丈夫だけど――」

「フッ、ほら来いよ」

「おそーい☆ 売り切れるゾイ!」

「それ気に入ったのか?」



肩をぽんと叩く夢咲さん。

急かす柊さん。


俺は、今だ実感が立たないまま。



「……っ」



昼休みに昼食を食べた事も。

誰かと食堂に行く事も。そこで何かを買う事も。

高校史上、初めてのソレを。



「東町?」

「はやくー☆」



それが“当然”の様に振る舞う二人に。

今の俺の感情を知られたら、きっと引かれてしまうだろうから。



自分も、まるでこれが“当然”であるかのように。今は振る舞う事にした。




「……ちょっと財布探してて。今行くよ」




そう言って二人へ駆け出す。


もう――時計の音は聞こえない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る