友達のその先




「――好きって、言って」




月明かりが灯す中。

そんな事を、真っ直ぐ目を見て言われた。



「……っ」



接近する彼女に、思わず目を背けてしまう。

ただでさえ可愛いのにここまで近付かれたらもう色々と(混乱)。



「言えないんだ」



顔を背ける初音さん。

まずいまずい!


え、でも友達同士ってそんな好き好き言いあう感じなの? 友達全然出来た事ないから分かんないんだけど。


……めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど。



「LIMEでなら……」

「わたし、ずっと口で言ってた」


「……(返す言葉もない)」



いや、好きなんて家族にも言った事ないし。

そりゃ――初音さんの事は、大切な初めての友達だし。一緒に居て楽しいし。ずっと友達で居たいと思うし。


……でも、だからって。

それを対面で、言葉にして言うのは凄く恥ずかしい。



「……」


「……」



さっきの会話からは一転。

急に、静かになってしまった。


彼女と俺の足は、自然と帰路へ動き出す。





「いっち、大好き」


「……」


「好き!」


「……うっ」


「大大好き!」


「や、やめてください……(半泣)」



そしてその後はずっと無言で――だったらまだマシだった。

ひたすらその言葉を言われ続けて、数分か。


数え切れない『好き』が俺を襲っている。

……多分一生分受け取った。

この先もう、言われる事なんて無くなるだろう。



「大好き!」



……そんな事なかった(前言撤回)。


ああ、今の俺どんな顔してるんだろ。

考えるだけで恐ろしい。



「その新しい髪色って、わたしの色?」

「えっ」

「図星だ~」

「……あーいや。色を決めるときに、チラッと携帯みたら初音さんの名前があって、本当に」

「ふーん」



……そしてようやく、好きの連撃が終わった。

助かったぞ俺の髪。ありがとう(虹の加護)。 



「それでも、普通わたしの名前の色なんて使うかなぁ」

「あ……不快だった?」

「ううん」

「そ、そっか」

「嬉しかったよ。すごくすっごく」

「そうですか……(照れ)」


「全部ピンクにしちゃえ」

「……それは流石に勘弁して下さい(桜の擬人化)」


「わたしもやだ!」

「だよね」

「あはは~。いっちはやっぱり虹色だよ」



隣を見ると、いつもの様に笑う彼女が居た。


好き好き言われてからずっと見れてなかったけど――こうして見ると実感する。


初音さんは、本当に大事な友達だ。

失いたくない。

悲しい顔をしてほしくない。

友達で、ずっと居てほしい。


……そして、それは思っているだけでは意味なんて無いわけで。


こんな俺が、彼女とその関係でいるためには。

言葉にしないと。

繋ぎ止めるために。




「……ぁ、えっと――」

「ん~? あ、家着いちゃった。このイヤーカフ? 返すね!」


「あ、はい……」




でも、その声は最後まで出ない。


何時もの様に、彼女の家まで見送って。


このまま夜は終わるんだ――




――『記憶は無いが、今貴方は人生をやり直す為に未来からやってきた』――




――なんて。

また。


……ああもう。

今日は、最後までその言葉が響いている。

一体俺は、何度過去へと戻るのだろう?



「ばいば~い! また明日に服は洗って返すから」


「――は、初音さん!」

「!? な、なに?」



気付けば、彼女の手を掴んでいた。

そのまま俺は口を開ける。



「今の俺が居るのは、初音さんが居るからなんだ」

「……へ?」


「職質から助けてくれた事も、映画を一緒に見た事も、勉強会に誘ってくれた事も」

「い、いきなりなにっ」


「ごめん、でも、だからさ――」



コレまでを思い出しながら。

過去に彼女からどれだけ助けられたか実感する。



初音さんが居たから、俺は色んな人と仲良くなれた。


初音さんのおかげで、初めてテストで一位を取れた。


初音さんが初めて、俺の友達になってくれた。



そうだ。

これは曇り一つない、彼女への気持ち。

大事な、その友達への。


だからそれは、自然と口から現れるんだ。




「――好きだよ、初音さん」








『東町一』。

虹色の髪色のクラスメイト。


思い返せば、いろいろあった。

初めて会った時は一年の始業式。

初めて話したのは、彼が公園で職質を受けていた時。



《――「あの~、その人クラスメイトなんですけど~」――》



まぶしい髪の毛の割に、その性格は静か。

人から話しかけるのも、話すのも慣れていない。

おどおどしてて、でもたまにキリッとする。


……変なクラスメイト。



《――「わたし、いっちと友達になりたい!」――》



公園、彼に掛けた言葉。


……変だけど、友達になった。



《――「わたしも、いっちともっと仲良くなりたい!」――》



部活終わり。

帰り道、素直になった時の言葉。


……変だけど、一緒にいるとすごく楽しい友達になった。



《――「いっぱい頑張ってくれて、ありがとう」――》



テスト、一位。

わたし達の為に、頑張って頑張って、頑張って……その結果を掴んだ時。

居ても立っても居られなくて、彼に掛けた言葉。


……変だけど。

ほっとけなくて、大切で。



《――「わ、わたしも……そう思ってた」――》



金曜日、電話口――こぼれた言葉。


……変だけど。

ずっと、一緒に居たくって。



《――「好きって言って」――》



三連休、最後の月曜日。

抑えきれなくなったその言葉。

……わからない。



その先は一体、なんなのだろう。

わからないまま――




「――好きだよ、初音さん」




振り返る。わたしの手が引かれて、彼が言う。

真っ直ぐな目。

本心から放たれたもの。



「――!」



パリン、と。

彼の声が、ふわふわと夢心地だったわたしを覚まして。


あの時、助けてくれた彼の姿が。

その後、笑ってくれる彼の顔が。

鮮明に、頭の中に流れていって。



「……」

「あ、あの。言ったけど……」


「……っ」

「は、初音さん?」



その手を握ったまま。

彼の事を見つめたまま。

口を開いて固まったまま。



「ぁ……あれ……?」



言えない。

『わたしも大好き』――そう、返そうと思ったのに。


……恥ずかしい。

なぜか恥ずかし過ぎて、何も出ない。


ずっと言っていたのに。

ずっとソレを言って彼を困らせていたのに。



「……ぁ……うぅ」



分からない。

頬が、どんどんと熱くなっていく。

顔が紅くなっているのが分かる。


うるさい。

心臓の音が、彼に聞こえてしまうぐらいに鳴っている。



「初音さん……?」



その声が。

その目が。


向けられるたび、怖いぐらいにどきどきする。


これは、なに?

初めての事ばかりで、分からない。



「その、あっ明日に、学校で!」

「え」


「今日はありがとう……っ」

「う、うん。また明日」



精一杯の笑顔を見せて。

そのまま逃げるように走って、扉を開けて玄関に入る。

手を振る彼が最後に見えた。



――バタン。



靴を脱がずに、玄関に座り込む。


外の空気から家の空気に。

視界が眩しくて、腕を組んで顔を埋めて。



「ぁ……」



ニットの柔らかい感覚。

彼の服。

彼の匂い。


それは。

まるで、彼がこの胸の中に居るように。



「……っ」



それが、引き金となって。



《――「好きだよ、初音さん」――》



もう一度、記憶が再生する。



「……なに、これ……っ」



鼓動が、うそみたいに高鳴っている。

身体が熱い。息が荒い。



《――「好きだよ、初音さん」――》



その声が、耳から離れない。

嬉しいを通り越した何か。


これは、もう――




「だめ……っ」




その感情は、きっと良くないものだ。

いっちと、ずっと友達で居たいから。離れたくないから。距離を取られたくないから。


だから、無理矢理それを抑えつける。


気付いてはならない。

明日からは、元通りだ。




「……よしっ」




息を吐く。

……うん、大丈夫。

ほら。今なら言えるから――



「す、好きだよ……いっち」



――絶対に。

恋してなんて、いないから。

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