「好きって、言って」



「……ほんと、今日のいっちはいっちじゃないみたい」

「まあ身長が違うからね」


「それ、履いてると身長高くなるの?」

「うん。大分上げた」


「……みたい。不思議だね~」

「はは、俺もそう思うよ」

「あはは」



夜21時、わたし達の家の最寄り駅について。

映画館にも、本屋さんにも行かず――ただ、わたし達は歩いていた。


公園も、スーパーも。

見慣れた風景のはずなのに、今は違う。

どこか、キラキラと輝いて見えた。



「……な、何でしょうか」



隣を見る。

少し白が混じった黒……不思議な色。そんな色のジャケットに、黒のシャツ。


耳にはシルバーのイヤーカフ、指にはシルバーリング。

サングラスは外してるみたいだけど。



「やっぱりいっちだ」

「何を当たり前の事を……」



本当に不思議だ。

こんなコーデでも、いっちはいっちで。

……それでもやっぱり、彼じゃないみたいで。


ふわりと香る大人っぽいそれもまた。

ただ一番は――



「……っ」



どきどき、どきどき。

鼓動の音がうるさくて。

いつも見上げられていたはずなのに、今日は逆だから。


大きい彼の姿が、直視できない。

それが、例え魔法によるものだとしても。



「ぬ、脱ごうか? コレ」

「だめ!」


「分かりました……」



歩きにくいのは分かってるけど。

それでも、今はそのままでいて欲しかった。



「それ穴開けてなくても付けれるんだ」

「ああ、うん。イヤーカフだからね。ピアスじゃないよ」


「へぇオシャレだね~、わたしにも付けれるの?」

「えっ。まあ……」


「着けてみたいな~」

「……着ける?」

「うん!」



困った顔の彼が、慣れない手付きでそれを外し。


そのシルバーリングがはめてある指が、わたしの耳に近付く。

ふわっと、いつもと違う彼の香りが強くなる。


「……こ、これで」

「……うん」


友達同士で、服とかアクセサリーとかはお揃いにするとか聞いた事がある。

だからおかしい事じゃない。

いっちの服を着ていたら、それも着けたくなったのだ。


耳についたソレを、触って確かめる。

いっちの体温で温かい。



「似合ってる〜?」

「うん。凄く。なんか複雑」

「あはは」



また、どきどきする。


彼の服を着た時もそうだったけど、胸の中が熱い。

この不思議な感覚は何なのだろう。

友達だから、なのだろうか。



「……でも。まさかいっちがそんなこわこわコーデ? を持ってるなんて思わなかった」

「あ、あー。うん、着る機会無かったけど、こういうのも持っててさ……恥ずかしながら、高い身長にも憧れがあって……」


「ふーん?」



実際その服は新品っぽくなかった。

使い古された訳じゃないけど、まあまあの時間は経ってる。


でも。

彼の泳いだ目が、その嘘を知らせる。


でも、でも。

まさか、わたしを連れ出す為だけに。

OG二人を、“説得”する為にそんなコーデ一式を買ったわけもない。


……。


わけもない――



《――「次の三連休の月曜日、どこかで一緒に遊びませんか」――》


《――「嫌ならいいです」――》


《――「とりあえず、美容院予約するかー!」――》



彼の声を思い出す。

緊張した声。

誘いにわたしがうなずいた後の、凄く喜んでいた声。


……いっちなら。

いっちなら、あり得る、かもしれない。



「……まさか、来てくれるなんて思わなかった」

「それは、うん。居ても立っても居られない、みたいな」


「嬉しかったよ、凄く。今でも、夢じゃないかなって思ってる」

「ははは、大げさ過ぎだって」



笑う彼。

そんないっちに、わたしは立ち止まる。



「大げさじゃないよ。だって――今日わたしを連れ出す為だけに、それを揃えてくれたんでしょ?」


「!?」


「OGの人達を、強引に説得する為に」


「え、えっと……」



ああ、本当に。

彼はすっごく分かりやすい。


まさか――本当にそうだったなんて。



「どうして、そこまでしてくれるの」


「あ、あー……」



狼狽える彼。

もう確定。



「いっち……やりすぎ、だよ」



怖くて、一体いくら掛かったかなんて聞けない。

彼が辿り着く20時までに、どれだけの苦労があったのか。

その服も、サングラスも。アクセサリーも、香水も。


全部、わたしの為だけになんて。


そんなの……おかしいよ。

自分に、そんな価値なんて――



「――タイムリープ」


「へ?」


「タイムリープ、したんだ」



急に、声色が変わる。

芯を持った、真面目な声。



「今日の15時。きっと俺は戻って来たんだ」

「な、何言ってるの」


「記憶も全部無くなったけど。初音さんを連れ出さずあのまま帰った未来の俺が、やり直す為に戻って来たんだよ」



……本当に。

彼は、変わっている。


そんな訳がないのに。

まるで本当に、そうだったかのように話して。

一切の迷いもなく。



「なんて……その割には、大分手間取ったけどね」


「道にも迷ったし、ちっさい段差で転んだし。電車は止まってたし」


「でも、何とか間に合った。本当にギリギリで……余裕なんて一切無かった」



その声が、夜の中に響いていく。

わたしは、何も言えなかった。


初めての友達だからって。そんなの――



「だから、俺はやりすぎなんて思ってないよ」



『そんなのおかしいよ』――なんて。

喉から出かけた声が、すんと消える。



《――「間違いないから。それだけは」――》



月の光。

はるか昔に思える、そんないっちの表情が。



「――連れ出せて、本当に良かった」



今横にいる彼と、全く同じものだったから。



「……ありがとう。いっち」


「え、ああ、どういたしまして……」



頭を下げる。

また狼狽える彼。


もう、素直に受け止める事にした。


連れ出す為に服装を変えた事も。

怖いはずなのに、OG二人に突撃した事も。

全部、全部。わたしの為にしてくれた事で。


わたしは、いっちから本当に好かれている。

そして自分も、それが嬉しい。

だから。


もう、抑えられなかった。



「――大好き」


「え」


「大、大好き!」


「ちょ――」


「――いっちの事、ほんとうに大好き!」


「あ、あぁ……」



溜まっていたそれを、いっちに放つ。

これまで以上に困る彼。


でも、止まらない。



「大好き」


「……ぁ。その、ありがとう……」


「……いっちは」


「え」


「いっちも、言ってよ」


「……はい?」



悪戯に笑う。

その中には、本心も混ざっているけれど。



「わたししか言ってないし。いっちも言ってよ」

「……な、なにを――」

「聞きたいの」



夜中、21時半。


誰も居ない路上。


勢いのまま。



「ね、いっち」



わたしは彼に詰め寄った。

今の衝動を、止められるわけが無い。





「――好きって、言って」



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