魔法
「……あ」
「お待たせしました」
そこには、ソワソワと待っている彼女が見えた。
黒い視界を取って、俺一人分の清算を終えて……店から出る。
30分もしないで出てきてから、店員さん困ってたけど。
何なら一曲も歌ってないんですけど。
ただ声だけはひたすら出したからカラオケの恩恵は受けてる。
「だい、じょうぶ?」
「大丈夫です(限界ギリギリ)。二人はもう初音さんに突っかかる事はないと思う」
「……そっか。ありがとう……」
「とりあえずその服だけど、どうしようかな」
本当に、今更な事なんだけど。
身長が変わるだけで、こんなにも視界が違うと思わなかった。
……初音さん、めっちゃ可愛くない?
いつも見上げている相手が、上目遣いになるのヤバくない?
やっべぇ……(IQ崩壊)。
魔法の靴、恐るべし。
「……替えの服なんて、ないからもう――」
「お、俺の着てた服あるけど着る(カス提案)」
「え?」
彼女は白色のブラウスに、桃色のカーディガンを合わせたお洒落なコーデ。
クソOGのせいで台無しなんですけどもね(憤怒)。
どうしても、彼女のコーデだと汚れたソレが見えてしまう。
そこで、だ。
俺の服は、彼女の身長的には合うはず。
むしろサイズ的にはちょっと小さいぐらいかもしれない。
ただ、マネキン君の表示に『今年はダボっとしたコーデが流行る(*´ω`*)』とか書いてたから、その服を剝ぎ取った(しっかり同じのを横から取りました)。だから大丈夫。
オーバーサイズの肌色の長袖ニットシャツ。
その下には白のシャツを重ねた――俺の元コーデ。
ニットシャツなら、完全にそのブラウスが隠れるし良いと思ったのだ。
「もちろん嫌なら――」
「嫌じゃない! でも……良いの?」
「うん。どうぞ、もう今日はこれがあるから」
その黒ジャケットを見せて。
鞄、折り畳んだそのニットシャツを渡す。
……ん? なんでそのまま固まってる?
「ど、どうしました(動揺)」
「……上、これだけしか着てなかったの?」
「いや、白のシャツも着てたけど」
「それは……貸してくれないの?」
「えっ」
「……ぬちゃぬちゃして、気持ち悪くて」
「分かりました(速攻)」
彼女にそう言われると、当然もう断れない。
すぐに俺の服を差し出す。
大丈夫かな。それ今日、かなり長い時間着てたやつなんだけど。肌に直接当たってたんだけど(超心配)。
「……ありがと。着替えてくるねっ」
「い、行ってらっしゃい」
そのまま横のコンビニへ走っていく彼女。
トイレを貸してもらって、着替えるんだろう。
……“俺の服に”。
「はーあ……」
もう、さっきからドキドキしっぱなしだ。
上着ならまだしも、その下のシャツまでって。
想像すると――いやいや何考えてんだ俺は(不可抗力)。
「精神安定剤を――」
傍にあった柱に寄り掛かる。
とりあえず、報告だけはしておこうかな。
□
580:名前:恋する名無しさん
イッチ大丈夫かな……
581:名前:恋する名無しさん
まあ何とかなるだろw
582:名前:恋する名無しさん
あの見た目の奴が急に入ってきたらマジでチビる
583:名前:恋する名無しさん
完全にかかわりたくない奴だからね
584:名前:恋する名無しさん
笑顔で殴ってきそう
585:名前:恋する名無しさん
脅して髪色自分と同じ虹色にされそう
586:名前:恋する名無しさん
それはもう違うだろw
587:名前:1
……あの、上手くいきました
みんなありがとう
588:名前:恋する名無しさん
あっ来た!!!
589:名前:恋する名無しさん
あーーーーーもーーーーよかったーーーーーー
噛んでない? 噛んでないよね?
590:名前:恋する名無しさん
まあ当然よ(心配過ぎて吐きそうだった)
591:名前:恋する名無しさん
良かった……お疲れさま
592:名前:恋する名無しさん
流石に時間的に厳しいけど、それでもよくやった
593:名前:恋する名無しさん
夜はまだ始まったばかりだ……(ネトゲポチー)
594:名前:恋する名無しさん
足元にお気をつけて よく頑張ったな
595:名前:1
本当に、みんなありがとう 感謝しかありません
噛んでないです
歩きにくいけど頑張ります
□
「……い、いっち」
「!? あ、ごめんごめん! サイズ大丈夫だった……って」
携帯を閉じたら、歩いてきていた彼女が居た。
渡した服は、サイズの心配なんて要らなかった。
むしろ逆。
彼女の雰囲気が、身長が、そのニットシャツによく似合っている。
下の長いスカートともバッチリだ。
まるで初音さんのものみたいで……見惚れてしまった。
「……思ったより似合っちゃってびっくりしちゃった」
「……うん。服も喜んでるよ。持ち主なんかより良いって」
「あはは。やめてよ~」
――そして、その時ようやく見れた。
照れる彼女の笑う顔が。
バスケの試合以降、久しぶりの。
きっとあの時。
帰ってしまっていたら、見れなかったであろうその表情が。
流れていく時間が、嫌にもったいなく感じさせた。
「……まだ」
「?」
「まだ、20時だよ。映画も、本屋さんにも行こうよ」
「……うん」
「まだまだ遊べるよ。大分時間経っちゃったけど――」
「――いっち」
「!」
その様子は、傍から見れば必死だったろう。
時計の針は、もう20時半を超えてるってのに。
まくし立てる俺に、初音さんが止める。
「この時間じゃ、映画はもうやってないし……大体のお店はもう閉まっちゃってる」
「っ!」
「ごめんね。せっかく連れ出してくれたのに」
「……いいや、大丈夫だよ」
そう言う彼女。
……半分、分かっていた事だけど。
それでも、無力感が体を覆う――
「ね、いっち。実はわたし、映画とかお店より、今は……」
「え?」
「……」
「な、なんでしょうか」
「ゆっくりいっちと散歩したい――なんちゃって」
「!」
「……だめ、かな」
切なげなその表情。
俺のジャケットの裾を、控えめに掴む小さな手。
紅い頬。潤んだ瞳。桃色の唇が。
「……いっち?」
街灯が照らすその姿に。
俺は、耐え切れず視界を空に映す。
「なんでも、ないよ。行こうか」
きっと、これは魔法のせいだ。
こんなにも――彼女が可愛く見えるのは。
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