奪還作戦・最終段階
「……」
「……あのー……」
初音さんが固まっている。
……いや、無理はないか。
さっきカラオケで叫んでガラガラ声。
加えて俺はこのコワモテコーデ。
スレでおすすめされた香水も買ってつけた。そしてこのイヤーカフに身長。サングラス。
この顔で認証してくれたらいいんだけど……。
ちなみにスマホの顔認証はダメでした(ガチ)。
サングラスのせい。
「なんで来たの……?」
「そういう質問は後で良いかな」
「!」
「今は、初音さんがココから出たいかだけ教えてほしい」
時間は限られている。
正直言うと……早くこんな場所から出たい。
きっと彼女もそのはずだ。
「……出たいよ。でも――」
「分かった。後は俺が、何とかするから」
初音さんが嫌な事は分かるつもりだ。
OGに捕まった以上、将来の事も考えなければならない。
下手に彼女を奪ってしまえば――この先、初音さんは仕返しとしてもっと酷い事をされる危険がある。
だから、ここまで俺は徹底的に着飾ったんだ。
誰にも負けないような、そんな風貌を。
「……いっちが、いっちじゃないみたい」
「ありがとう」
「うぅ……」
しゅんとしている彼女にそう返す。
余裕なんて俺にはない。
でも、やらなきゃいけない事は分かる。
スレ民と相談した台本通り――今から、初音さんを奪い返す。
絶対に。
「とりあえず店の外に出ててよ。初音さんが居るとやりにくいから」
「え……」
「良い?」
「わ、分かった……」
「部屋番号は?」
「31……だけど」
「了解。それじゃ、また後で」
彼女に背を向ける。
さあ行こう。
奪還作戦、最終段階だ――
☆
人の第一印象は三秒で決まると言われる。
とある心理学者によると、印象は視覚が約55%。聴覚が38%。言語が7%。
要するに――見た目と声が大事って事だ。
□
503:名前:恋する名無しさん
良いか?
言うまでもなく、最初が一番重要
突入する瞬間はその容姿だけに頼らず、感情を
イメージするのは自分が一番腹が立つ事
そのまま怒りの感情を出しながら入れ
自然と声も低くなるはずだ
□
そのスレの助言を思い出す。
扉の前。
反射する己の姿を確認し。
「……ごほっ。あー、あー」
枯らした声を出しながら、イメージする。
完成度80%のボトルシップが、名も知らないOG二人によって破壊される想像を。
散りゆくヤード。破られるマスト。割れる瓶。
……ああ。
想像するだけで、頭がおかしくなりそうだけど。
さっき初音さんの汚れた服を見た時の方が、きっと腹が立っている。
「――こんばんは、ちょっと良いかな」
「!?」
「だ、誰――」
『31』の表示がある、カラオケルーム。
そこを開ければ、目を見開いた二人が居た。
楽しい時間だったんだろう、部屋がえらく散らかっている。
座って歌を歌っていたので、曲を端末で強制終了。
流れる静寂。
「え、え……」
「ぁ……っ」
思考はまともに出来ていない。明らかに焦っている。
サングラス越しに見える彼女達は、あのハンバーガー店で会った時とは違って見えた。
「ひっ」
「な、何ですか……」
□
504:名前:恋する名無しさん
突入した後は、相手が平常心を取り戻す前に詰め寄れ
相手を徹底的に下に見ろ
サングラスを上手く使って、威圧感を与え続けるんだ
年下ということを悟らせんな
お前は常に、奴らより上だ
自覚しろ
お前は今、誰よりも怖い
自信を持って“お話”してやれ
□
思い出す。
そうだ。
この見た目に自信を持って――
「今日俺、昼から『初音』と約束してたんだけどさ」
「えっ」
「あ……嘘……」
「アンタ達が、俺と彼女の予定を滅茶苦茶にしたんだよね?」
「いや、その」
「……ち、違」
「何が違うんだ?」
「っ……」
「ご、ごめんなさい……」
完全に優位はこっちが取った。
□
505:名前:恋する名無しさん
荒々しい言葉は使わずに
ゆっくり、じっくり問い詰めていけ
後ろめたい事があるのなら、その方が効いてくる
□
その、最後のアドバイス。
後は彼女達と、楽しく静かに話すだけ。
「OGなんだって? 初音が居るバスケ部の」
「……あ、そうですけど……」
「だから、色々教えてあげようって……」
「それは良い事だね」
「……!」
「はっはい」
「目、泳いでるよ」
「!?」
「ぅ……」
顔を彼女達に近付けてそう言った瞬間、また俯く二人。
本当に、最初会った時とは全く違う。
……だからこそ腹が立つ。
相手によって、ここまで反応が変わるなんて。
まあ中身は一緒なんだけど――
「色々言いたい事があるんだ」
「まずは、俺と初音の約束をアンタ達が無理矢理奪った事。初音に『すぐ終わる』なんて嘘を付いた事。ひたすらカラオケに付き合わせた事」
「……服にジュースをぶっ掛けた事も」
本当は、俺なんかじゃなく初音さんが言いたいであろう事だけど。
一番苦しかった彼女の為に、俺が言ってあげないと。
「“全部”知ってるんだよ。何か間違ってるかな」
「……ぁ、その」
「い……いや」
「間違ってるの?」
「……い、いえ」
「…………」
「じゃあ、どう責任取るんだ?」
「!」
「……へっ」
「俺と彼女の時間を。彼女のストレスも。汚れた服の事も。どう返してくれるんだ?」
「……す、ずいまぜんっ」
「ゔっ……」
そのまま問い詰めて。
まさか、泣くなんて思わなかった。
思わず溜め息がこぼれる。
……もう終わらせよう。
濃いメイクが
彼女の服の事は――腹が立つが、抑えておく。
“やり過ぎ”は、計画はパーになってしまうからだ。
「ね」
「……」
「ゔぅ……」
「ね。聞いてくれる?」
「……っ」
「は、はい゛……」
「二度と、彼女に危害を加えないと約束出来るかな」
涙を流しながら、コクコクと頷く二人。
最初からコレだけ素直なら良かったのに。
「それと――もうバスケ部にも顔を出さないでね。不快だし」
「……!」
「ぇ……」
「もう“終わった”アンタ達が、今の彼女達を邪魔する資格は無いんだよ……分かる?」
「っ、わ、分がりまじだ……」
「……」
「本当に?」
「……はいっ」
「はい……」
力なく頷く二人。
仕上げだ。後は、念を押すだけ。
「じゃあそういう事で。忘れないでね」
「……はい」
「分かり、ました」
「これで足りる? お代」
「え゛」
「お、お金なんて」
机。少量のジュースが残った複数のコップ。
紙の上でフライドポテトが散らばった……汚いそこに。
俺は無理やりスペースを作り、汚れないよう五千円札を置いた。
「これぐらい当然だよ。初音の4時間のお礼って事で」
「……っ」
「う、受け取れないです――」
「“色々教えてくれてた”んでしょ? 言ってたもんね。受け取ってくれないと困るんだよ」
「ひっ……」
「え゛ぅ、あ、違います――うち達は……っ」
「それじゃ。約束、覚えててね。この五千円に免じて」
机のそれを、拾い上げて返そうとするが無視する。正直ちょっともったいないけど。
初音さんの事を思えば安いもんだ。
「――破ったら、俺が絶対に許さないから」
ドアの前。
そう言ってからドアを開き、部屋を出て行く。
時計を見れば――もう20時を過ぎていた。
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