「助けに来たよ」



「――♪」



下手くそな歌を聴きながら、ひたすら時間が経つのを待つ。



ひたすら一時間ぐらい説教と自慢話を聞かされて、何事も無かったかのように歌いだした二人。

当然わたしは歌わない。ただ、居るだけ。いや――それだけならまだマシだ。聞いてる感を出しとかないとにらまれる。



……嫌な休日だ。

もしこの人達に見つからなかったら、本来なら今頃映画館を出たところかな。


今日は何見るか決めていなかったけれど、きっと何でも楽しかったはずだ。

いっちと見る映画は、何でも楽しく見れる。

……今日までの期限の映画が無ければいいな。


せめて来週まで――



「おい初音、ジュース入れてきてー」

「後これ片付けとけよ」


「……はい」



散らばったフライドポテトの食べた跡。

重なったドリンクボトルをまとめて、トレーに載せる。


そのまま部屋の外に。



「…………はぁ」



大きなため息は、今だけはバレない。

わたし何やってるんだろ。


こんな日と分かっていれば付けてこなかった、オシャレな小さい腕時計で時間を見る。

18時。

アレから、3時間も経ってたんだね。


「……」


慣れた手付きで、ジュースをむ。

コーラとオレンジソーダ。

わたしの分は無い。



「――♪」



そして、部屋に戻る。

戻りたくないけど――遅ければ遅いほどまたなんか言われるし。


仕方ないんだ。こんなこと、今日限りだから。


これが終われば。


きっと、日常に戻って。またいっちと遊べるんだから――





「――♪」




時刻、19時を超えた。

頭がおかしくなりそうな程、耳障りな歌を聴きながら待つ。


いったいいつ帰れるんだろう。

下手な癖に、ずっと楽しそうに歌っているのもまた最悪だ。

終わりが見えない。


そのくせ――何も出来ない。ただ、死んだ様にリズムにのせて手を叩く。



《――「やることないなら手拍子てびょうしでもしなよ、ノッポ女」――》



これも、怒られたからだ。

何もしないことすら、許してくれない。



「……っ」



不意に。

服の裾を掴んで、唇を噛む。


もし、この人達に見つからなかったら。


今はきっと、映画の感想をいっちと話している頃だろう。

彼が選んでくれたレストランで。

楽しく、二人で――




「――おい!」




夜を。

二人で楽しんで。

並んで、話していたはずなのに――




「――無視かよおらッ!」


「きゃっ!?」




そんな中。

つい、ぼーっとしてしまっていた。



「……あ、なに、これ……」


「目覚ましだよバーカ」

「ジュース入れて来いよ」



服。

掛かったのは、少量の温いジュース。

気持ち悪い感覚が襲う。


「ぁ――」


今日の為に用意していたはずの白色のブラウス。

それが、オレンジ色に染まっていた。



「はははっ、汚ったねーな」

「早く入れて来いよ!」


「……っ」



反射的におしぼりで拭きながら、返事する。

取れない、取れない。

その染みが。



「はやく行けや」


「……は、い」



諦めてドアを開け、外に出る。

風景が、やけに重たい。



「……う……うぅ」



そのまま、ドリンクバーに辿り着く前に蹲る。

吐き気がした。


もしかしたら、ずっとわたしはこのままなのかもしれない。

夜、20時、21時、22時。

あの人達が満足するまで。


今度会っても同じ。

目を付けられたから。


……もう。いっそのこと壊れてしまいたい。

そんな風に、心の中が、最悪な気分でいっぱいになって――



――ピコン!



「!?」



手元、鳴る携帯。

それにすがる様に――LIMEを開く。




東町一



一番上、その名前。

その下には、バスケ部の皆の着信があったけれど。


指が、そこに勝手に動いていた。




東町一『……もう帰った?』 18:00

東町一『カラオケ、まだ居ますか』 18:45

東町一『流石に帰った?』19:20

東町一『連投ごめんなさい 電源切ってるかな』 19:40

東町一『……もう帰った?』 20:00




「……いっち……」



必死なLIMEの羅列。

カラオケルームの中だったから、気付けなかった。

そして――もう、どうでも良くなっていた。




もも『まだ居るよ でも大丈夫だから』

もも『もうすぐ帰る』


東町一『……本当に大丈夫?』




「っ……」



……この胸の中の事を、ぶちまけられたらどれだけ楽だろうか。


でも――わたしはそこでスマホを切った。


『大丈夫じゃない』――そんな事言っても、どうにもならない。

彼を困らせるだけだ。

そして――わたし自身も、どうにもならない。



このまま時間が経っても、遅いとまた怒られるだけ。


本当に、どうにもならない。


……時間、結構経っちゃった。

急がなきゃ――





「――やっ!?」






そして、立ち上がって――走ってドリンクバーに向かった時。


曲がり角、衝撃。

目の前――わたしよりも“大きな”身体。





「……ご、ごめんなさいっ!!」





衝突し、わたしと同じように転んでしまったその人物。


視界に映る、立ち上がろうとする姿。



「……」



地面には落ちたサングラス。

そして黒のジャケット。黒のブーツを重そうに踏み込み立ち上がる。

指には銀のリング。



「っ……!」




……“終わった”。

明らかに“あっち系”のその姿。

身長もわたしよりも高くて、耳にはピアスまで。


……怖い。

あの二人よりもずっと。

最悪、最悪。どうしてこうなるの。



不幸も――ここまでくれば行き過ぎだ――




「――へ?」




――そんなことを。



「大丈夫……じゃなさそうだね」



その、優しそうな目を見るまで――そう思っていた。


彼しか持たない、その瞳に。



「遅くなってごめん」



喉がつぶれた、ガラガラの声だけど。

それは聞きなれた彼のそれ。




「助けに来たよ……なんて」




そんな、困ったように笑ういっちへ。

わたしは未だ、夢心地で。


胸の中が、とんでもなく熱くなって。

もう、何もかも分からなくなって。


頭の中が、真っ白になってしまった。

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