魔王



「これが、俺……? (ガチ)」


「きゃーーー!! 吉日さん滅茶苦茶似合ってまッス!」


「……あ、ありがとう。ちなみに俺の名前ははじめ(今更)」


「あ。あたしは悠華ゆうかッス……」


「どうもどうも(本当に今更)」



鏡の前。

そこにはサングラスを掛けた、黒のジャケットを着こなす180㎝の男が居た。

黒といってももくブラックと言うらしく、黒の中に白い線が入ってなかなかにイカツイ。


あとは耳にはシルバーのイヤーカフ(ピアスの穴開けないバージョンみたいなやつ)に、シルバーリング。


全て、この店でそろったもの。

中々の品揃えに驚くばかり。



「ほんと、誰だよ」



パっと見完全にアレな人がいる。

いや……紛れもなく俺なんだけど。



時は、数十分前にさかのぼる――――







「ウチ、ここで働いてるんス! 今上がったとこッスね!」

「そうだったんだ……」



思いがけない遭遇で、流れのまま店の中へ。

所狭しと並ぶ服やアクセサリーが視界に入った。



「でも……そんな、焦ってどうしたんスか?」

「えーっとね。話すと長くなるんだけど――」



かくかくしかじか。

友達が、部活のOG二人に連れられた事。

今のままじゃどうしようもない事。

俺が、イメチェンして友達を奪い返す事。


そんな事を、出来るだけ簡単に話した。



「……要するに、喧嘩に行くんスね?」


「……まあそんな感じじゃないかな(困惑)」


「……その血も……」


「……これはさっき転びました……(超恥ずかしい)」



多分伝わった(希望)。

そして、どこか気が楽になった。


これまでの不幸が、少し紛れた。



「そういう事なら、協力するッスよ!」

「……え、ほんと?」


「はい! あ、え、っと、ちょっと悩みながらになりますけど……良いっスか?」

「怖い感じになるならもうなんでも良いよ(人形)」


「あっその、予算はいくらスか?」

「パッと出せるのはこれぐらいかな――」

「! 吉日さん流石っスね……お任せください!」



手元の二万円を見せた。

……もう、来週からバイトは確定である。



「あ、よいしょ……ごめんこういうのもあるんだけど。これに合わせてって感じで良いかな」

「! 滅茶苦茶良いの持ってますね! 了解ッス!」


「ははは。よろしくお願いします……(穴があったら入りたい)」



そのシークレットブーツを履いて、彼女に見せる。

もう恥なんて無い(ヤケクソ)。



「まずは絆創膏からッス! 店長救急箱ー!」


「ありがとう……ありがとう……(恥)」





「これが、俺……?(二回目)」



と、いうわけでコワモテコーデが完成した。

色々彼女は悩んでくれたみたいで、30分ぐらい時間は掛かったけど。

自分一人で、スレ民と相談しながら――とかだったら二倍以上掛かっていたはずだ。



「……凄いな」



サングラスにジャケット、シルバーアクセサリー。

全部中古品って事で、大分安く抑えられた。


まさかこんな場所で全部揃うなんて思わなかったよ。



「……しゃ、写真撮って良いスか?」

「え。別に良いけど」


「……ありがとうございまス!」



パシャ。

彼女の、ウサギの耳が生えた携帯のフラッシュが光る。


……そういや、ずっとこの子スマホ見ながら選んでくれてたよな。

それはもう必死に。

本当に感謝しかないよ――



「なんだか、苺姉さんがあたし達を助けに来た時を思い出したッス」

「はは……そうかな」


「本当に――カッコいいでス」



素直に、嬉しかった。

そう言ってもらえるのは。


シークレットブーツに、このコーデ。

それはまるで、シンデレラの中に出てくる、魔女の魔法の様に思える。

うん……物騒な魔女もいたもんだ。

どっちかって言うと、魔王かもな。

かぼちゃの馬車じゃなくて黒のリムジンに乗ってたりして。



「ありがとう。俺も写真撮ってもらっていい?」

「え? は、はい」



だからこそ――出かかっていた謙遜けんそんの言葉は止めておいた。

携帯を渡して、写真を撮ってもらう。

これはスレへの報告用だ。後で顔は編集で隠しておいて。



「えっと、お礼は――」

「要らないッスよ!」


「……そう? あ、これ俺の連絡先だから何かあったら言って」

「い、良いんスか?」

「うん。出来ることならなんでも協力するから――それじゃ、これがお礼で良い?」


「もちろんッス! 嬉しすぎるッス!」

「ありがとう。よいしょっと……それじゃ!」



靴を履き替え、鞄に入れて。

服はそのまま――俺はまた、駅へと走り出す。


もう鞄の中はパンパンだ。前の服と靴が凄い。

でも不思議と足は軽いんだ。

いつの間にか晴れた空が、まるで出迎えてくれる様。



「! い、行ってらっしゃいッス! ハジメさん!」


「うん!」



精いっぱいの笑顔を彼女に。

あとは、スレ民お勧めの香水を買って――初音さんの居るカラオケへ向かうだけだ!









ゆうか『リオ姉さん、本当にありがとうございましたッス』

リオ☆『いえいえ☆ まさか彼がそんなファッションをね……』

ゆうか『はい。リオ姉さんが助けてくれなかったら不味かったッス』

リオ☆『ふはは、ユーカちゃんの好みだと完全に極道映画になっちゃうもんね☆』

ゆうか『恥ずかしながら……』




「リオー! そろそろ撮影始めるよ!」

「あっはーい☆」



明るい照明とカメラが並ぶその部屋で。

彼女はスマホをスリープに。



「リオ、なんか楽しい事あった?」

「ふっははー。あったあった!」



ポーズを決め、莉緒はその男の写真を思い出す。



(本当に面白いね。とーまちは)



彼の焦った顔。

人を怖がらせる為のコーデ。



(火曜日、いろいろ聞いちゃおっと☆)



「ちょっとリオ! にやけてるよ!」

「あっごめんなさーい☆」



困る彼の顔を想像するだけで、悪い笑みは広がってしまう。

モデルの仕事の最中に舞い込んだ、面白過ぎる依頼。

そのクラスメイトのコーデの完成度に。我ながら己のファッションセンスに――笑ってしまった程だ。



(何か知らないけど。頑張ってね、とーまち☆)



そんな夜。莉緒の時間は過ぎていく。


そして『カラオケルーム』の彼女もまた、同じ時を過ごしていて――

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