魔王
「これが、俺……? (ガチ)」
「きゃーーー!! 吉日さん滅茶苦茶似合ってまッス!」
「……あ、ありがとう。ちなみに俺の名前は
「あ。あたしは
「どうもどうも(本当に今更)」
鏡の前。
そこにはサングラスを掛けた、黒のジャケットを着こなす180㎝の男が居た。
黒といっても
あとは耳にはシルバーのイヤーカフ(ピアスの穴開けないバージョンみたいなやつ)に、シルバーリング。
全て、この店でそろったもの。
中々の品揃えに驚くばかり。
「ほんと、誰だよ」
パっと見完全にアレな人がいる。
いや……紛れもなく俺なんだけど。
時は、数十分前に
☆
☆
「ウチ、ここで働いてるんス! 今上がったとこッスね!」
「そうだったんだ……」
思いがけない遭遇で、流れのまま店の中へ。
所狭しと並ぶ服やアクセサリーが視界に入った。
「でも……そんな、焦ってどうしたんスか?」
「えーっとね。話すと長くなるんだけど――」
かくかくしかじか。
友達が、部活のOG二人に連れられた事。
今のままじゃどうしようもない事。
俺が、イメチェンして友達を奪い返す事。
そんな事を、出来るだけ簡単に話した。
「……要するに、喧嘩に行くんスね?」
「……まあそんな感じじゃないかな(困惑)」
「……その血も……」
「……これはさっき転びました……(超恥ずかしい)」
多分伝わった(希望)。
そして、どこか気が楽になった。
これまでの不幸が、少し紛れた。
「そういう事なら、協力するッスよ!」
「……え、ほんと?」
「はい! あ、え、っと、ちょっと悩みながらになりますけど……良いっスか?」
「怖い感じになるならもうなんでも良いよ(人形)」
「あっその、予算はいくらスか?」
「パッと出せるのはこれぐらいかな――」
「! 吉日さん流石っスね……お任せください!」
手元の二万円を見せた。
……もう、来週からバイトは確定である。
「あ、よいしょ……ごめんこういうのもあるんだけど。これに合わせてって感じで良いかな」
「! 滅茶苦茶良いの持ってますね! 了解ッス!」
「ははは。よろしくお願いします……(穴があったら入りたい)」
そのシークレットブーツを履いて、彼女に見せる。
もう恥なんて無い(ヤケクソ)。
「まずは絆創膏からッス! 店長救急箱ー!」
「ありがとう……ありがとう……(恥)」
☆
「これが、俺……?(二回目)」
と、いうわけでコワモテコーデが完成した。
色々彼女は悩んでくれたみたいで、30分ぐらい時間は掛かったけど。
自分一人で、スレ民と相談しながら――とかだったら二倍以上掛かっていたはずだ。
「……凄いな」
サングラスにジャケット、シルバーアクセサリー。
全部中古品って事で、大分安く抑えられた。
まさかこんな場所で全部揃うなんて思わなかったよ。
「……しゃ、写真撮って良いスか?」
「え。別に良いけど」
「……ありがとうございまス!」
パシャ。
彼女の、ウサギの耳が生えた携帯のフラッシュが光る。
……そういや、ずっとこの子スマホ見ながら選んでくれてたよな。
それはもう必死に。
本当に感謝しかないよ――
「なんだか、苺姉さんがあたし達を助けに来た時を思い出したッス」
「はは……そうかな」
「本当に――カッコいいでス」
素直に、嬉しかった。
そう言ってもらえるのは。
シークレットブーツに、このコーデ。
それはまるで、シンデレラの中に出てくる、魔女の魔法の様に思える。
うん……物騒な魔女もいたもんだ。
どっちかって言うと、魔王かもな。
かぼちゃの馬車じゃなくて黒のリムジンに乗ってたりして。
「ありがとう。俺も写真撮ってもらっていい?」
「え? は、はい」
だからこそ――出かかっていた
携帯を渡して、写真を撮ってもらう。
これはスレへの報告用だ。後で顔は編集で隠しておいて。
「えっと、お礼は――」
「要らないッスよ!」
「……そう? あ、これ俺の連絡先だから何かあったら言って」
「い、良いんスか?」
「うん。出来ることならなんでも協力するから――それじゃ、これがお礼で良い?」
「もちろんッス! 嬉しすぎるッス!」
「ありがとう。よいしょっと……それじゃ!」
靴を履き替え、鞄に入れて。
服はそのまま――俺はまた、駅へと走り出す。
もう鞄の中はパンパンだ。前の服と靴が凄い。
でも不思議と足は軽いんだ。
いつの間にか晴れた空が、まるで出迎えてくれる様。
「! い、行ってらっしゃいッス! ハジメさん!」
「うん!」
精いっぱいの笑顔を彼女に。
あとは、スレ民お勧めの香水を買って――初音さんの居るカラオケへ向かうだけだ!
☆
☆
□
ゆうか『リオ姉さん、本当にありがとうございましたッス』
リオ☆『いえいえ☆ まさか彼がそんなファッションをね……』
ゆうか『はい。リオ姉さんが助けてくれなかったら不味かったッス』
リオ☆『ふはは、ユーカちゃんの好みだと完全に極道映画になっちゃうもんね☆』
ゆうか『恥ずかしながら……』
□
「リオー! そろそろ撮影始めるよ!」
「あっはーい☆」
明るい照明とカメラが並ぶその部屋で。
彼女はスマホをスリープに。
「リオ、なんか楽しい事あった?」
「ふっははー。あったあった!」
ポーズを決め、莉緒はその男の写真を思い出す。
(本当に面白いね。とーまちは)
彼の焦った顔。
人を怖がらせる為のコーデ。
(火曜日、いろいろ聞いちゃおっと☆)
「ちょっとリオ! にやけてるよ!」
「あっごめんなさーい☆」
困る彼の顔を想像するだけで、悪い笑みは広がってしまう。
モデルの仕事の最中に舞い込んだ、面白過ぎる依頼。
そのクラスメイトのコーデの完成度に。我ながら己のファッションセンスに――笑ってしまった程だ。
(何か知らないけど。頑張ってね、とーまち☆)
そんな夜。莉緒の時間は過ぎていく。
そして『カラオケルーム』の彼女もまた、同じ時を過ごしていて――
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