OG
朝9時、試合会場。
カフェイン入りの栄養ゼリーを飲みながら、携帯を取り出す。
その日は、いつもより張り切っていた。
初めての事だった。
液晶画面、上にスワイプ。
□
もも『明日は15時に集まって、そこから映画館に直行で……』
東町一『そうだよ』
もも『映画終わったら、本屋さんとかアニメグッズの店とか行くんだよね!』
東町一『うん あっ時間大丈夫かな』
もも『確か20時ちょっとまでやってるから平気!』
東町一『そっか。あれ、そういえば一回家帰るの? 荷物とか多くなるんじゃ』
もも『駅前のロッカー使います!』
東町一『なるほど……』
□
そんな過去のやり取りを、会場の前で眺めている。
「……桃さ、さっきから変だけど大丈夫?」
「最近なんかおかしいよねー」
「! き、気のせいじゃないかな~」
《――「試合見に来ませんか、なんちゃって」――》
あんな事を言ったのは、完全にその場の勢いだった。
おまわりさんの鉄棒姿に見入っている彼を見て。
“自分も出来る”――そう思ったから。
“自分も見て欲しい”――そう思ったから。
「頼むよエース!」
「初音先輩、お願いしますよー!」
チームメイト、肩を叩かれる。
一年の後輩からもそう言われたら、嫌でも気が引き締まる。
……でも。
一番は、きっと今観客席にいる彼の為だ。
そんなこと――誰にも言えないけれど。
☆
言うまでもないけれど……わたしは人よりも背が高い。
大半の男子よりも身長が高い。
普通なら、女子でそうでも何も利点がない。
……当たり前だ。身長が高いと、こっちが男子を見下ろす事になる。
上目遣いという言葉があるように、基本下から見られた方が男子は好きだ。
実際そっちの方が可愛く見えるだろうし。
別に……だから何だって感じだけど!
つまり。
わたしは簡単に言えば、“女の子”らしくないのだ。
デメリットでしかないその要素――
――「ナイッシュー!」
――「流石初音先輩!!」
でも。
バスケットボールの世界じゃ、それが利点になる。
シュートの打ちやすさ、ブロックのしやすさ、リバウンドの取りやすさも。
こんなにも身長が大きく出るスポーツは無いと思う。
そりゃ、背の高さが決して全てじゃないんだけど。
「――ッ!!」
「……よっ!」
相手チームのカウンター。
速攻で一気に詰められ、ゴールへとボールは向かうけれど……残念ながらそれは外れる。
こぼれたボール。
必死に取ろうとする敵チームメイト。
でも――リバウンドはわたしの一番得意な分野だ。
プロの世界を見ていたら、シュート精度は凄く高くて……リバウンドなんてあんまり重要視されないんだけど。
高校生の部活程度ならあんまりシュートが決まらない。とにかくこぼれる。
だから、チームの得点の為にそれを練習したのだ。
……もともと、マークされ過ぎて面倒だし。リバウンドならあんまり関係ないからね。
「なっ――」
「高すぎ――」
身長だけじゃない、重要なのはタイミングだ。
ボードに当たって跳ね返るボールの角度とかスピードを捉えて――ジャンプ!
「吹雪!」
「桃!」
リバウンド、奪ったボールをキャプテンにパス。
そしてそのまま――
――ぼすっ、とゴールに吸い込まれる。
「ナイッシュナイッシュ!」
「どんどん行くよー!」
試合は既に四分の三が終了。
点数板を見れば、既に倍以上の点数差。
もちろん、勝っているのはわたしのチームで――
――ポーン
と、ブザーが鳴る。
キャプテンに駆け寄るチームメイト。
そして、わたしは――
――「……」
最初からずっと気付いていた。
誰も座らない、観客席の一番端っこ。
そこに居る彼のことを。ずっとわたしを見てくれていた、いっちのこと。
――「!」
手を振る、驚いた様に彼は小さく手を振り返した。
……気付いていないとでも思っていたのだろうか。
そんなこと、あるわけないのに。
髪以外にも、彼はいっぱい特徴があるのだ。
……わたし以外、きっと分からないだろうけど。
分からなくて良いけれど。
例えばその、優しい眼差しとか。
首元のほくろとか。一人の時の落ち着きのない感じとか。誰もいない、隅っこが好きなこととか……全部、知っているのだ。だからわたしだけ、彼を見つけられた。
――「……」
あ、今嬉しそうな顔した。
本当わかりやすいよね、いっちって!
☆
「――いやあ勝った勝った!」
「――良い試合でしたなー!!」
そしてダウン後、ミーティングを終えて。
自由時間――なんだけど。
「んじゃ、いつも通り『集会』行く人は着いてきてねー」
「……わたし、帰って良い?」
「桃はダメ!」
「だよね~……」
集会。試合の反省とかも話し合うけど、実際は女子トーク会だ。
このまま、いっちの元に行ければ一番だったんだけど。
残念ながらそれは無理みたい。知ってた。
「エースの自覚持ちなよー桃」
「ですよ!」
「あ、あはは……」
キャプテンも含め――ずっとその言葉はわたしに降りかかる。
それが聞こえる度に、少なからずベンチメンバーの嫉妬の目線が刺さるのも嫌いだ。
……めんどうだ、色々と。
「14時半には絶対帰らせてよ~。その、友達との用事あるから……」
「分かってるよー何回も聞いたって」
「今日の初音先輩、お洒落ですよね。さっきも凄いスプレー振ってたし!」
「き、気のせいだって~!」
そのまま、電車に乗って――駅前のファミレスに。
結局十人ぐらいの大人数で、その中に入ろうとした時。
「――!? い、いる」
「え……うわっ店変えよう変えよう!」
「ああ~……」
まるで偵察隊の如く、こそこそと窓から店内を眺めたチームメイト。
シューティングガードの彼女は、バスケのゴールだけじゃなく色々勘がきく……らしい。
そして怯えた様に帰って来る――そう、居たのだ。
『OG』の人達が。
「いやぁデカしたぞ
「……変な香りがしたので!」
「ほんっとストーカーかよってぐらい私達のとこ来るよね」
チームメイトは、露骨に嫌な顔をしながらそのファミレスを横切る。
「何時まで先輩ヅラしたいんだよっての」
「ほんとー」
「苦痛でしかないよね」
「最近は自分らのとこに連れ込もうとしてくるし」
「金は出さない、口は出す!」
ひたすら吐き出す彼女達。
私達の試合の後にどこから嗅ぎ付けたか、必ずと言って良いほど出会うのだ。
二人の『OG』。今は多分大学三年生。
特に最近は酷い。
本当に、裏で情報が回ってるんじゃないかってぐらい来る。
わたし達がいつも試合後にファミレスへ寄るのを知ってか、さっきみたいに店内で待ち構えているのだ。
学校内にはOB、OG立ち入りは基本ダメだから来ないけど……こういう試合後は本当に多い。
……正直気持ち悪いし、怖い。
年もかなり上だから……威圧感もあるし。
「もうちょっと歩いて、ハンバーガー食べよう!」
「だねー」
「ほんと、こっちまで来ないでよね」
……でも。これだけ離れちゃったら、少し早めに離脱しないとダメだね。
いっちとの約束があるんだから。
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