OG


朝9時、試合会場。

カフェイン入りの栄養ゼリーを飲みながら、携帯を取り出す。


その日は、いつもより張り切っていた。

初めての事だった。

液晶画面、上にスワイプ。



もも『明日は15時に集まって、そこから映画館に直行で……』

東町一『そうだよ』

もも『映画終わったら、本屋さんとかアニメグッズの店とか行くんだよね!』

東町一『うん あっ時間大丈夫かな』

もも『確か20時ちょっとまでやってるから平気!』

東町一『そっか。あれ、そういえば一回家帰るの? 荷物とか多くなるんじゃ』

もも『駅前のロッカー使います!』

東町一『なるほど……』



そんな過去のやり取りを、会場の前で眺めている。



「……桃さ、さっきから変だけど大丈夫?」

「最近なんかおかしいよねー」


「! き、気のせいじゃないかな~」



《――「試合見に来ませんか、なんちゃって」――》



あんな事を言ったのは、完全にその場の勢いだった。

おまわりさんの鉄棒姿に見入っている彼を見て。


“自分も出来る”――そう思ったから。


“自分も見て欲しい”――そう思ったから。



「頼むよエース!」

「初音先輩、お願いしますよー!」



チームメイト、肩を叩かれる。

一年の後輩からもそう言われたら、嫌でも気が引き締まる。


……でも。

一番は、きっと今観客席にいる彼の為だ。


そんなこと――誰にも言えないけれど。





言うまでもないけれど……わたしは人よりも背が高い。

大半の男子よりも身長が高い。


普通なら、女子でそうでも何も利点がない。

……当たり前だ。身長が高いと、こっちが男子を見下ろす事になる。


上目遣いという言葉があるように、基本下から見られた方が男子は好きだ。

実際そっちの方が可愛く見えるだろうし。

別に……だから何だって感じだけど! 


つまり。

わたしは簡単に言えば、“女の子”らしくないのだ。


デメリットでしかないその要素――




――「ナイッシュー!」

――「流石初音先輩!!」




でも。

バスケットボールの世界じゃ、それが利点になる。


シュートの打ちやすさ、ブロックのしやすさ、リバウンドの取りやすさも。

こんなにも身長が大きく出るスポーツは無いと思う。


そりゃ、背の高さが決して全てじゃないんだけど。



「――ッ!!」

「……よっ!」



相手チームのカウンター。

速攻で一気に詰められ、ゴールへとボールは向かうけれど……残念ながらそれは外れる。


こぼれたボール。

必死に取ろうとする敵チームメイト。

でも――リバウンドはわたしの一番得意な分野だ。


プロの世界を見ていたら、シュート精度は凄く高くて……リバウンドなんてあんまり重要視されないんだけど。

高校生の部活程度ならあんまりシュートが決まらない。とにかくこぼれる。

だから、チームの得点の為にそれを練習したのだ。

……もともと、マークされ過ぎて面倒だし。リバウンドならあんまり関係ないからね。



「なっ――」

「高すぎ――」



身長だけじゃない、重要なのはタイミングだ。

ボードに当たって跳ね返るボールの角度とかスピードを捉えて――ジャンプ!



「吹雪!」

「桃!」



リバウンド、奪ったボールをキャプテンにパス。

そしてそのまま――


――ぼすっ、とゴールに吸い込まれる。



「ナイッシュナイッシュ!」

「どんどん行くよー!」




試合は既に四分の三が終了。

点数板を見れば、既に倍以上の点数差。

もちろん、勝っているのはわたしのチームで――



――ポーン


と、ブザーが鳴る。

キャプテンに駆け寄るチームメイト。


そして、わたしは――




――「……」




最初からずっと気付いていた。

誰も座らない、観客席の一番端っこ。


そこに居る彼のことを。ずっとわたしを見てくれていた、いっちのこと。



――「!」



手を振る、驚いた様に彼は小さく手を振り返した。


……気付いていないとでも思っていたのだろうか。

そんなこと、あるわけないのに。


髪以外にも、彼はいっぱい特徴があるのだ。

……わたし以外、きっと分からないだろうけど。

分からなくて良いけれど。


例えばその、優しい眼差しとか。

首元のほくろとか。一人の時の落ち着きのない感じとか。誰もいない、隅っこが好きなこととか……全部、知っているのだ。だからわたしだけ、彼を見つけられた。



――「……」



あ、今嬉しそうな顔した。

本当わかりやすいよね、いっちって!





「――いやあ勝った勝った!」

「――良い試合でしたなー!!」



そしてダウン後、ミーティングを終えて。

自由時間――なんだけど。



「んじゃ、いつも通り『集会』行く人は着いてきてねー」

「……わたし、帰って良い?」

「桃はダメ!」

「だよね~……」


集会。試合の反省とかも話し合うけど、実際は女子トーク会だ。

このまま、いっちの元に行ければ一番だったんだけど。

残念ながらそれは無理みたい。知ってた。



「エースの自覚持ちなよー桃」

「ですよ!」

「あ、あはは……」



キャプテンも含め――ずっとその言葉はわたしに降りかかる。

それが聞こえる度に、少なからずベンチメンバーの嫉妬の目線が刺さるのも嫌いだ。


……めんどうだ、色々と。



「14時半には絶対帰らせてよ~。その、友達との用事あるから……」

「分かってるよー何回も聞いたって」

「今日の初音先輩、お洒落ですよね。さっきも凄いスプレー振ってたし!」

「き、気のせいだって~!」



そのまま、電車に乗って――駅前のファミレスに。

結局十人ぐらいの大人数で、その中に入ろうとした時。



「――!? い、いる」

「え……うわっ店変えよう変えよう!」


「ああ~……」



まるで偵察隊の如く、こそこそと窓から店内を眺めたチームメイト。

シューティングガードの彼女は、バスケのゴールだけじゃなく色々勘がきく……らしい。

そして怯えた様に帰って来る――そう、居たのだ。


『OG』の人達が。



「いやぁデカしたぞアキー!」

「……変な香りがしたので!」

「ほんっとストーカーかよってぐらい私達のとこ来るよね」



チームメイトは、露骨に嫌な顔をしながらそのファミレスを横切る。



「何時まで先輩ヅラしたいんだよっての」

「ほんとー」

「苦痛でしかないよね」

「最近は自分らのとこに連れ込もうとしてくるし」

「金は出さない、口は出す!」



ひたすら吐き出す彼女達。

私達の試合の後にどこから嗅ぎ付けたか、必ずと言って良いほど出会うのだ。

二人の『OG』。今は多分大学三年生。


特に最近は酷い。

本当に、裏で情報が回ってるんじゃないかってぐらい来る。

わたし達がいつも試合後にファミレスへ寄るのを知ってか、さっきみたいに店内で待ち構えているのだ。

学校内にはOB、OG立ち入りは基本ダメだから来ないけど……こういう試合後は本当に多い。


……正直気持ち悪いし、怖い。

年もかなり上だから……威圧感もあるし。



「もうちょっと歩いて、ハンバーガー食べよう!」

「だねー」

「ほんと、こっちまで来ないでよね」



……でも。これだけ離れちゃったら、少し早めに離脱しないとダメだね。

いっちとの約束があるんだから。


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