エピローグ:山から見る夕日



《――「ごめんなさい、すぐ戻ります……」――》



急に泣き出してしまった彼女。

タオルで濡れた顔を拭きながら、お手洗いへ行ってしまった。


……女の子を泣かせてしまったが、きっとマイナスなアレ(現代文98点の語彙力)ではないはずだ。



「…………」



椛さんが組み立ててくれたであろう、その椅子に座る。


ポカポカと。

木漏れ日が、ちょうど刺していて暖かい。

決して殴られているわけではない(至極当然)。



「……気持ちいー」



椅子に保たれて深呼吸。

肺の中に新鮮な空気が入り込んでく。


緑の匂い。

土の香り。

癒やされる。まるで自然に包まれているみたいだ。



「……」



うつら、うつら。

心地良い涼しさに、意識を持っていかれそうになるけれど。



「……! あ、起こしちゃいました……?」

「っ!? ごめんごめん。ウトウトしてた」



気付いたら彼女が覗き込んでいた。

やはり、今日の椛さんの隠密装備(勝手に言ってるだけ)は素晴らしい。


俺も着ようかな(不審者)。



「……このまま、森林浴しますか?」

「え」



森林浴? お風呂? 

半身浴は趣味の一つでやってるけど(強引)。



「なんとなく……包まれた様な感じ、しませんか」

「はは、確かに。言われてみれば」



この大自然。全身で感じてる今は、言ってみれば『浴』だ。

最高!



「良いね(即決)」


「じゃ、じゃ。エアーベッド敷きます!」

「え」



シュコシュコと空気をそれに入れ始める椛さん。

みるみるうちに膨れ上がるベッドの様なモノ。


……もみじさんすごい(小並感)。



「カヌーもベッドも、何でも出てくるね(感嘆)」

「……くくっ。穴が空いてたらごめんなさい」


「はは、その時は地面で寝るよ」



彼女が敷いてくれた、二つのエアーベッド。

イメージは四角いでっかい浮き輪だ。


寝袋と違って包まれる感じはないけど――森林浴ならこれが一番だろう。



「……じゃ、失礼しまーす」

「は、はい」

「うわっ思ったよりベッドだ。凄い」



寝転べば――いっそう強くなる森の香り。

地面が近いからだろう。


アロマセラピーなんてもんじゃない。

とんでもない癒し効果。


ああ。

これは、一瞬で“おちる”ね――







「……」


「……ぁ……」



そのエアーベッドを敷いて数十秒。

本当に、すぐに彼は夢の世界へ。


その七色……いや。



「……二色、増えたんだよね」



前よりも暖かな印象を受ける髪色。

彼にピッタリだ。

……それは赤と白を混ぜて、もう少し白を混ぜた優しい色。

例えるなら桃の花。


そしてもう一つ。

これは――僕の勘違いじゃなければ。



紅葉もみじ……」



夏、秋にかけて変化する楓の葉。

落葉の前に見せる美しい光景を、彼の髪色は灯していた。



「……気のせい、だよね」



まさか。

僕の苗字から――それを取ったなんて。


そんな嬉しい事は、あるわけがないのだ。



「……本、読もうかな」



どきどき。

そこから視界をようやく離すまでかなり時間が掛かってしまった。


こそこそと、彼を起こさないようにバッグから読みかけの本を取り出す。

いつも通り。

僕は、その活字の世界へとのめり込む。

その高鳴りをかき消すように。






「……ぁ」



ふと見上げると、夕日があって目を背ける。

気付けばかなりの時間が経っていたらしい。



「……」



あの時。

中学の林間学校で、全く活躍できなくて。

食器を一人で洗って、寂しく過ごした夜の事。


林間学校の宿舎に置いてあった――難しそうな本があった。

それは、孤独を癒すように。

読み込んだ。読めない漢字もあったけれど。

無理矢理に。ただひたすらに読み込んだ。


そして心の奥底では、誰か話しかけてくれないかな、なんて。

『何読んでるの?』——なんて。

どこまでも受け身なその願いなど、叶う訳もない。


本を読み始めた理由なんてそんなものだ。

誰からも褒められるものじゃない。



《——「少しぐらい、誇って良いと思うんだ。昔――逃げた俺達の事を」――》



「……っ」



でも。

さっきの東町君の言葉が、頭の中で響いていく。


……彼の言う通りだった。

本の世界にハマったきっかけは、間違いなくその“逃避”だ。

でも今、その手の中の物語を手放すなんて言われたら絶対に嫌で。


もし本が好きになっていなかったら、きっと今の自分は居ない。



「……」



山から見える夕日は嫌いだ。

美しいはずのソレは、林間学校の過去を思い出させる。


昔の自分には感謝しているけれど、やっぱりその記憶は辛い。

逃げたくなる。


――でも。



「……!」



彼の言葉を聞いて。

どこか、逃げたくないと思った。


だから僕は、もう一度そこへ視界を少しだけ戻す。

夕日。きっとそれは、綺麗なはずなのに。



《――「アイツさっきから何やってんの?」――》


《――「こんなとこまで来てなに本読んでんだよ」――》


《――「ガリベンってやつ?」——》



思い出させるその声。

……苦しい。辛い。

でもきっと、これは飲み込んでいかないとダメなんだ。



《——「楽しかったねー!」——》


《——「もう終わりかぁ……」——》



周り、楽しそうにしている者達の声。

その中で一人、自分だけが何も出来ずに立ち尽くした。


……そんな過去も。

辛かった記憶も。


きっと、今のためにあるのなら——



「……ぁ……」



今度はしっかりと顔を上げる。

それは、さっきも見ていたはずなのに――全く違って見えていた。


中央には輝く黄金。

その周りを燃える様な紅が広がっていく。

二つの色彩は、まるで僕を包むように。



そんな風景。

知らなかった風景。

強烈で、儚くて、目を奪われて——



「――なに読んでるの? 椛さん」



その時。

隣、いつもの様にかかる声。



「今は、その……夕日を見てました」

「! 確かにめちゃくちゃ綺麗だね」


「はい、知りませんでした……こんなに、山から見る夕日は綺麗だったんですね」

「え、初めて見たの?」



不思議そうな顔をする彼に。



「……そんな、感じです」



僕は、笑ってそう言った。



「そっか。もったいない事してたね」

「くくっ……本当ですね」



いつの間にか。

過去の嫌な声は無くなっている。


感じるのは、“今”の風景と声だけだ。



「どうする? もうすぐ帰るよね?」

「はい。もう少ししたら片付けしましょう」


「……じゃ、ちょっとだけ俺も本読もうかな」

「何の本ですか?」


「“ロミジュリ”だよ。知ってる?」

「……?」

「はは、シェイクスピアのアレだよ」

「! なるほど……そんな略し方なんですね」

「うん。じゃ……」



並んで彼と、夕の光に照らされ本を開く。


楽しそうに読み進める東町君。


消えていたはずの昔の僕が――ふっと、現れまた消える。



「――ぁ……」



あの時の僕が――望んでいた光景がそこにあった。



《——「なに読んでるの? 椛さん」——》



ついさっきの彼の声。

林間学校の時の僕の願いが、たった今叶っていた事に気付いて。


三年越し、山から見る夕日が。


現在が――過去を塗り替えていたのに気付く。



「……東町君」

「ん? 何?」

「“次”来た時は――なにしましょうか」



気付けばそう口にしていた。

引っ掛かりもなく。そんな未来のことを。

すっと――そう現れて。



「あー、色々あるけど。やっぱり山コーヒーに挑戦したいね!」

「……くくっ。それは僕もやったことないです」

「それは良かった。まだ開けてない豆があるからね」



いつの間にか昔の僕は、めっきり居なくなっていた。

夕日が眩しくて、どこかへ行ってしまったんだろうか。


なんて、冗談。



「……また、来ましょう」



綺麗な風景を眺めながら。

ありがとう。昔の自分に、心の中でそう呟いた。










【>>5で俺は変わろうと思う Pert13】


920:名前:1

ありがとう 良いキャンプでした


921:名前:恋する名無しさん

どうだった? カレー作れた?


922:名前:1

もちろん 俺の全てを込めました


923:名前:恋する名無しさん

職人かよ


924:名前:1

その代わりキャンプとかカヌーとか森林浴とか焚き火とか飯盒炊爨とか

友達に全部準備させてしまった


925:名前:恋する名無しさん

配分おかしいだろww


926:名前:恋する名無しさん

えっ一人だよな? 友達って キャンプ二人用を一人でやるのはしんどいぞ

しかもカヌーて


927:名前:1

うん


928:名前:恋する名無しさん

……ゴリラ?


929:名前:恋する名無しさん先

……先住民?


930:名前:1

クラスメイトだよ普通の


931:名前:恋する名無しさん

もうイッチの友人関係わっかんねえわ!


932:名前:恋する名無しさん

今のところ、ゴリラとヤンキー(部下20人)が俺の脳内にいるんだが


933:名前:1

それは今すぐ撤回してくれ……



▼作者あとがき

三連休編……これにて二日目終了。

三日目はもう少々お待ちください……!



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