山のひととき


それから数十分間。

自然豊かな山の風景は、現代に疲れた俺達を癒やして――



「モミジサンマッテ……(必死)」

「あっ」



探検という名の森林散歩だったが、インドア派だった俺には慣れてなさ過ぎた(言い訳)。

舗装されたアスファルトの道と、今歩いている山のそれは違う。


とにかく足が疲れるのだ(死)。



「はぁ、はぁ。凄いね、スイスイ歩いて」

「い、いえ……子供の頃から登山には慣れてるので」



なるほど、レベルで言えば俺が1で彼女が100ぐらいってことね。

子供の頃から机に居た自分とは正反対だ。


……しかしながら。

女の子に気を使ってもらうのはマジで申し訳ない。



「ごめん、もう回復したよ。どんどん行こう」

「! 行きましょう……あっあそこ滝がありますよ――」



この山に住んでいるかのように、スイスイと森の道を進んでいく彼女。

まるでリス――いやもうタヌキ(クソ失礼)。


見える、見えるぞ。

揺れる彼女のしっぽが……(変態)。



「と、東町君! こっちです」



振り返る椛さん。

何時にもまして楽しそうな彼女を見ていると、この脚の乳酸も無くなっていく――





「モミジサン(瀕死)」

「あっ」


山の中。

轟音を立てて落ちていく水の柱が、視界に広がっている。


たった今、それは地面になってしまったが。

体力クソ雑魚の俺を殴りたい(殴る元気もない)。



「綺麗……だね」

「はい!」



でっかい滝を前に、俺は無念にも崩れ落ちたのだ。

再度ソレを見て呟く。

自然の力を感じるぞ……! (ヒーリング効果により体力回復中)。



「ここで、休憩しない……?」

「あ……そ、そうですね」



椛さん、なんかまだまだ行けるのに的反応だ(恐怖)。

ごめんなさいインドア派で。


過去の俺見てるか? 今すぐ筋トレしながら勉強しろ(鬼)。



「この山は初めて?」

「い、いいえ。何回かは来ましたが、もう何年も前です……この滝も無かったかもしれません」


「そうなんだ」

「はい。新しい発見ですね!」

「ははは(笑顔が眩しい)」



本当に野生動物かってぐらい活き活きしてるよ椛さん。

液晶を……液晶の光をくれ……(ネット中毒者)。



「その、あのキャンプ地の近くに小さくて底も浅い湖があって。実はライフジャケットも持って来たんです!」

「……?」

「あ、あの。カヌーしたいな、って……流石にダメでしょうか」

「良いよ(食い気味)」



俺は幾度となくネットの海をサーフィンしてきた男。

カヌーなんて余裕だよ(ドヤ顔)。





「おおおおおあああああああ……(転覆)」

「と、東町君!」



人生で初めて乗ったカヌーに乗って、俺はすぐに沈んだ。

これが海とか川じゃなくて良かったよ。

昨夜、LIMEで着替えと水着があったら持ってきて下さいって彼女が言ってた理由がよく分かった(助かった)。


流石に全身濡れたまま帰ると風邪になる。



「いやぁ難しい(照れ)」

「……くくっ、自信ありげなのでびっくりしちゃいました」



ひっくり返ったカヌーボート。

空気で膨らませるタイプらしく、ガチな感じのやつではないらしい。きっとそのせいだ(最低)。



「い、一緒に乗りますか……?」

「えっ。びちょびちょだよ俺」



今の俺はシャツも水着もズボンもずぶ濡れ。頭だけはなんとか濡れてないけど(パッシブスキル:虹色の保護)。



「ちょっとぐらい濡れても平気です」

「で、でもその……椛さんは着替えてないわけで……」

「あっ」



みるみるうちに顔が赤くなる彼女。

そう、下半身に水着を着ている俺は良いけど……椛さんは着替えていないのだ。

きっと転覆する事がないぐらい慣れているからだろう。もちろんライフジャケットは着けてるけどね。



「が、頑張ってください」

「承知いたしました(転覆)」


「と、東町君!」



五分間だけ練習させて!






「す、すごい。頭だけ全然濡れてません……」

「それ以外ヤバかったけどね」

「……くくっ。そうですね」



ようやく慣れたと思いたい――

虹色の加護により、髪の毛は守られたが。

全身ビチャビチャ人間(雑魚ボス)になってしまったのでタオルで拭き拭き。


して、今俺達が居る場所は。



「あったけぇ……すごいよ椛さん」



キャンプ地に帰ってきました。

そしてその一角にある、焚き火台に灯した焚き火にて俺は暖まっていた。


and濡れた服を乾かし中。

燃えないように気を付けて。



「……そんなこと、ないですよ」

「いやいや凄いって」



椛さんが集めてくれた枯れ葉と枯れ木が燃えている。

ものすんごい手際の良さにて、一瞬でその焚き火は完成した。

初めて見たよ。木の棒擦って火をつけるところ。



「慣れたら簡単です」

「そうかな……そうかも……(錯乱中)」



ぶっちゃけ一日練習しても無理そう。

ほんと、今日は椛さんの意外なところばっかり見ている。



「……っ」



さっきはそう言っていたが、頬の赤い彼女を見ると嬉しいのだとわかるね。

ああ暖かい(癒し)。

時計を見れば――既に16時を回っていた。



「ご飯にする?」

「! は、はい。お腹すきましたね」



良かった、エネルギー効率は彼女と一緒みたいだ。

このまま24時まで動き続けたりしたら俺が死ぬ。


――さて。

ご飯といえば――俺の十八番。



「カレー作るよ!」



これまで迷惑を掛けてきたんだ。

せめて彼女には、美味しい美味しいご飯をご馳走してあげたい。

決してチャーハンではない。





《――「安価でカレーって言ってたから……」——》



最初。

安価で如月さんと話そうとした時もカレーの話題だった。


あの時は本当に意味不明だったけど(自業自得)、アレから話は広がったんだ。



《――「近くに行きたかったインド料理屋さんがあって……」――》



そして、初音さんと映画を見た帰り……初めて食べた昼ご飯もカレーだった。

趣味にインド料理が無ければ――もしかしたら、彼女と仲良くなっていなかったかもしれない。



「……本当に、住民には感謝だな」



安価スレを立ち上げて、このカレーとは不思議な縁がある。


そしてその魅力に、俺は日々気付かされている。

いくら本を読んでも、作っても、食べても。飽きる事なんて無い。

むしろ更に深みにハマる。追及すればするほど追いつかない。


スパイスの配合や量、隠し味も――未だに正解は見つからないが。


今日は、試した中で一番の答えを持ってきた。



「生クリームを入れるんですね」

「うん。これがあると凄いコクが出るんだ」



家から持ってきた、クーラーバッグの中に仕舞った材料。

予めカットとか漬け込みとかの仕込みはして来たから、後はほとんど煮込むだけだった。


火力の調整に苦労したけど、そこは椛さんの手伝いもあって何とかなって。



「……い、いい匂いです」

「椛さんのお米もおいしそう」

「な、慣れてるので……」



飯盒炊爨はんごうすいさんとか久々に見たよ。中学生以来かな。

あの時は全く参加できてなかったけど(記憶はここで途切れている)。


ツヤツヤに炊かれたコメが美しい。


そして俺のカレーも――



「出来た、かな」

「わぁ!」



最後は塩コショウで整えて、お皿に装って——バターチキンカレーの完成だ。

どうかうまく出来てますように。





思えば、俺は誰かに料理を振る舞う事なんてあまりなかった。

あまりというか記憶にない。


さっきから緊張が止まらないのはそのせいだろう。

自分で作って自分で食べるのとは訳が違う。

当たり前だけど、今更になってそれを実感した。



「……だ、大丈夫? 辛くない?」



目の前の皿から、ソレをスプーンで掬って口に入れた彼女。

心配になって思わず聞いてしまう。


椛さんが立てたテント。

椛さんが起こした火、焚き火。調理器具にカトラリー。

ほとんどを彼女が準備してくれたわけで。


だから唯一の食事ぐらいは——何としてでも、マトモなものを振る舞わなければって——



「とっても、美味しい……です」



その言葉。


なんとなく分かるんだ。

これまで椛さんとやり取りを交した経験で。

嘘を付いていないということが。



「こんな美味しいカレー、初めて食べました……」



だから俺がさっきまで抱えていた心配は、彼女の声と表情で消え去って。

その椛さんから、俺は顔を背けた。



「……そ、そっか」

「? 東町君……?」



顔が熱い。

涼しい山の風でも、それは冷えてくれない。


人に美味しいって言って貰えるのが、こんなに嬉しいなんて思わなくて。



「流石にちょっと大袈裟じゃないかな」

「そんなことないですよ!」



下手な謙遜しか、今の自分には吐けなかった。





「……じゃ、後片付けだね」

「はい!」


そして食後、使用後の鍋に飯ごう容器、そして食器が待ち受けている。


そう、しんどい後片付けだ。

そのはずなのに、何故か椛さんは嬉しそうだった。


山ガチ勢は片付けすらも楽しむのか……。

負けた(本日多分十回目の敗北)。



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