フィスト・バンプ

九色の輝き


金曜日。

学校から帰り……予約していた美容院へ。


いつもは降りない駅で降りると、知らない場所だらけで慣れない。

あると思います。


そしてもっと慣れないのは……



「予約していた東町一様ですね、こちらへどうぞ」

「は、はい(ガッチガチ)」


「アレから髪の調子はどうですかー? ガサガサになってたりかゆくなってたりはしていませんかー?」

「だ、大丈夫です……(陰キャ)」



美容院。

この圧倒的オシャレ空間。

そして当然、そこに居る美容師さんもオシャレなわけで。


消えてしまいそう(お金だけ置いときます)。

ああでもこの髪色だし“資格”はあるか……(復活)。



「今日はカットのみ……ご希望の髪型とかあります?」

「え(硬直)」



アレ、髪って切るとき『長め』か『普通』か『短め』しか注文しないんじゃないの?

前は染めるだけにしたから考えていなかった。


ヤバい。

髪型って何だ? ボウズしか知らない。

ってそれ全部髪なくなるって。


いやいやでもスキンヘッドに塗料で何とか――



「――あ! とーまちじゃーん!」

「え」


「あらリオ、知り合い?」

「うんー☆ 友達!」



と思ったら、隣の椅子から掛かる声。

柊さんだった。びっくり。

何気に友達って言ってくれた(感涙かんるい)。


見ると、別に髪を切っている様子もなく――ただ一人座ってスマホを見ているだけ。

何やってるんだ?



「とーまち、絶対千円カットしかした事なさそう」

「ちょ。失礼じゃないリオ!」


「……その通りです」

「あ、あら……」


「仕方ないなー☆ リオに任せてよ」

「はい?」

「あはは、まあ彼女なら間違いはないはずだし……良いんじゃないですか?」



正直言うと怖いけど。

美容師さんが言うなら良いかな。


なんたってこの美容師さんは、俺の髪を虹色に染め上げてくれた張本人だから。


このままだと坊主一択だからね。



「じゃ……お願いします、柊さん」





「これが、俺……? (言いたかっただけ)」



鏡の前。

はい、ぶっちゃけそんな変わってません(当然)。

髪切っただけでそんな簡単にイケメンになるかよ(憤怒)。

長くなった前髪を切って、全体的にすいて終わり。


でも――何というか、これまでの千円カットとは細かい所で違うな。

前髪とか、バランス的なとことか。丁寧さとか。

まあそりゃ六千円カットだしね(失礼)。



「うん。とーまちはこれぐらいに抑えといた方が良いね☆」

「……そうなの?」


「その髪色だし。バランスバランス☆」

「なるほど」


「とーまちがめちゃイケメンだったら派手な髪型で良いんだけど」

「そうだね(貫通ダメージ)」


「イケメンだったら☆」

「うん、そうだね(何で二回言った?)」



「ふははははは!」

「何笑ってんだよ(何笑ってんだよ)」



はいこれぐらい素直な方が気が楽です。

正直、変にイケメンイケメン言われたら勘違いしてドブにドボンだ。



「リオったら。よくお似合いですよ!」

「ありがとうございます……そういえば柊さんは何を?」


「ああ、彼女は――」

「撮影終わったから休憩中なの☆」

「えっ」


「モデルやってるからね。この店の宣伝写真撮ってた!」

「な、なるほど(白目)」

「あはは。リオは結構人気なんですよ」



多分違う世界の人間だ、これ。


モデル? モデルって言ったよね。

多分俺の来世の来世ぐらいまで出来ない職業だこれ。

いやまず子孫残せないだろ俺じゃ(人間失格)。


……。

というわけで陰の者である拙者は失敬!(ドヒューン)。



「あ、そうだ!」

「……えっ」



その時。

彼女の顔が、いつもの“魔王”になった気がして。



「とーまち、ちょっとモデルやってみない?」

「無理です」



コンマ一秒の隙もなく、その返事が出た。



「ふははは! 返事早すぎ!」

「いやそりゃそうでしょ……!」


「モデルといっても、多分とーまちが想像してるような奴じゃなくて、ね?」

「?」

「リオは仕事のモデルだけど、とーまちはお客さんのモデル!」

「……?」


モデルがゲシュタルト崩壊中。


「えっとですね。要はその、練習台という感じです」

「あ(納得)」

「その、東町さんみたいな色を入れる方は中々珍しくてですね……」

「そういうことならぜひ……」


なんか取引みたいになってるな。

俺の虹色の髪の資産価値を知りたいね。



「……もう、タダでもいいので……」

「マジっすか(敬語を忘れる)」


「ふはははは! はい契約決定ー!」

「写真とか公式SNSに上げますけど大丈夫ですか? もちろん顔は伏せることも出来ますけど」

「大丈夫です。モザイク入れといてください(土下座)」

「えー? もったいないなぁ☆」

「ははは(湿度1%の笑い)」


流石に恥ずかしい。

俺はそんなに自分に自信がないので(謙虚)。





「……はぁ、はぁ……素晴らしい……!」

「(ドン引き)」

「良いじゃん良いじゃん!」



結果。

新たに俺は、二色の追加カラーを入れた。

背後に居る吐息がうるさい美容師さん(変態)と、柊さん(魔王)に囲まれながら。



「元々の七色の中に、輝く二つの新たな線……素晴らしいですねぇ!」

「そうですね(引)」


「まるで春と秋が、空に掛かる虹に溶け込んで……あぁ……あああああああ!」

「(ドン引き)」


「ホワイトピンクとメープルオレンジ、何か暖かい感じになったね☆」

「うん、暖色系の虹色になった気がする」

「ふははは! いやぁカラフル☆」



というわけで、追加カラーは二つ。


俺の七色の髪の中に、ピンクとオレンジの束(メッシュ)が新たに生まれた。

この美容師さんは変態だけど(失礼ではない)、腕は確かな様で——めっちゃきれい!!



「でもなんでピンクとオレンジなの?」

「……あー。まあその、ひらめいてね」

「ふーん?」



その理由は、人に言えるモノではない。

もしバレたら恥ずかしすぎるからな。

……携帯さえ見られなければ大丈夫……臆するな。



「しゃ、写真撮っていいですか! はぁはぁ」

「……どうぞ好きにしてください(諦め)」

「メイさんキモ☆」

「……」

「き、聞こえてない……(恐怖)」



舐める様に俺の髪を触って、撮る美容師さん。

何故かずっと居てくれている柊さん。



「それにしても……最初、レインボーに染めた時はそこまででしたが」

「え」


「今の東町様は、このたくさんのカラーが本当によく似合っていますね」

「ど、どうも」


「むしろ九色じゃもったいないぐらい。色を追加すればするほどに似合う様な……東町様は不思議な方ですね」



そして。

そんな美容師さんの言葉が、どこか頭に残っている。



「いっぱい色入れたいだけでしょメイさんが☆」

「違いますよ!!!」

「……」



モルモットと化した俺。

慌ただしい撮影会が終わる頃には、既に夜中になっていた。

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