わたしも頑張るから


自分で言うのもアレだけど、わたしはバスケ部のエースだ。

だから……結構人気もある。自覚してる。

もちろん男からじゃない。こんな背丈だし。

女の子から人気なのだ。まあ不人気よりは良いよね。


――でも。

たまに、いっちと話してたら嫌そうな目を向けている子が居る。


わたしじゃなく、彼に。

バレないと思ってるんだろうけど――正直分かる。

いっちは知らないだろうけどね。


同じクラスにも、そんな女の子はいるわけで。



「……ねぇ初音。あんたアレと仲良いの?」

「え?」

「前の、教室で……その、まる聞こえだったから。“あんなの”やめときなよ」



テスト前、勉強会の前日。

明日から部活はテスト休み。最後のバスケ……という時、そんな女の子から声が掛かった。


楽しいバスケの時間だったはずなのに。



「あんなの?」

「しらばっくれないで、あの虹色頭!」


「……あ~」


「絶対ヤバい奴だよアレ」


「あはは、そうかな~」

「勉強会とかやめときなって」


不愉快だった。

どうして、彼の事を何も知らないのに。


「……一応、いっ――東町君は学期末試験の学年五位だよ?」

「っ。だとしても……ダメだって」


「大丈夫大丈夫~」

「……もう、ホント知らないよ」


ごめんなさい、いっち。

怒れなくて。

でも、わたしだけは知ってるから。




《――「全部、そういうもんだから」——》


変な事言っても、引かずに受け止めてくれた優しさも。


《――「良いよ。いつまでも付き合うから」――》


わたしの話を、本当にずっと聞いてくれるし。


《――「……今日は、珈琲が旨くれられたからかな」――》


そんなバレバレの、可愛い照れ隠しも。



「何にやけてるの初音。ボールぶつけるぞー」


「あ。あはは、何でもない~」




彼は、今まで友達が居ないのがおかしいと思えるぐらいに一緒に過ごしていて楽しい。


……みんながいっちの良さが分からないのなら、それでも良い。もったいないよねホント。

その、ギャル二人と椛さんはいっちと仲良いみたいだけど……。


きっと一番わたしが彼の事を知ってるはず。

だって、自分は彼の初めての友達だから。








――なんて。

昨日までは、そう思っていた。


あの嬉しそうな顔の裏に、背負い込んだモノを知らなかった。

きっとプレッシャーを与えてしまっていた。

テストの点が良いからって、人に教えるのを慣れているわけもない。


……あれだけ緊張していた彼。

それでも、勉強会の途中に寝てしまう程、いっぱいの知識を詰め込んだんだ。

わたしのせいで。一体どれほどの時間を奪って――



「ちょっと桃、大丈夫なの? 疲れちゃった?」

「大丈夫……」



今。

勉強会を終えて、わたし達はいっちの家を後にした。



「……それじゃ。気を付けて帰るのよ?」

「うん……ばいばい」



――バタン。


あやのんを見送って、わたしは帰路を辿る。

気温は暖かくなっているはずなのに、身体が冷たい。


……彼の家を出て、今更かもしれないけど。

とにかく謝らなきゃ。そう思った。

その謝罪の時間すら、彼にとっては貴重かもしれないけど――



「あ……もしもし」



彼の声。

未だに、怒ってる様子なんてない。



「何かあった?」


「俺も寝てたんだけど」


「気にしなくて良いって。俺テスト前あんま勉強しないから、ははは」



分からなかった。

どうして、そんなことを言えるのか。



「一年の時、テスト前のいっち見てたら分かるよ」


「あやのんと隣だった時あったでしょ?」


「学年五位になった時も、凄い喜んでたもんね」


「順位発表された後、チラチラあやのんの方嬉しそうに見てたから」


「全部……知ってるんだよ」



だから――まるで詰める様にそう言ってしまった。


自分で言っておきながら胸が痛い。



「謝って済むことじゃないけど。ごめんなさい」


「わたし達に付きっ切りで教えてくれて、しかも寝ちゃって。かのんちゃんの面倒も見てもらって……間違いなくいっちの成績に影響出るよね」


「テストの順位も……最初からこうなる事、分かってたはずなのに――」



電話、通話口へ吐き出す。

こんな時でも、“あの部屋”を見たことを隠す自分が嫌になった。


だって……嫌われたくないもん。

もう、邪魔なんてしないから。

だから――



「あのさ、初音さん」



掛かる声。

優しいそれ。


そして――



「順位は、絶対に落とさない」



その時の声は、まるで彼自身へ言い聞かせている様で。



「俺を甘く見過ぎだよ。初音さん」


「絶対に、大丈夫」


「俺の唯一の取柄は、学力なんだから」



続くその言葉も。

いっちは気付いているんだろうか。


彼の声が、



「じゃあ、お互い頑張ろうね」



――プツン。

切れる通話、わたしは未だに耳に携帯を押し付けて。



「無理してるの、バレバレだよ……っ」



彼に聞こえるはずもないのに、その声が響く。



「……いっち」



テストなんて、部活と趣味を邪魔するモノとしか思っていなかったけれど。


いっちが――頑張ってくれるなら。

“今日”を――無駄にしたくないから。



「わたしも、がんばるから……!」



そう呟き。

走って、わたしはあやのんの家に向かった。




▼作者コメント


今日は夕方にもう一話投稿します。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る