『>>10』

 

 うちの学校では、定期テストで20位以内に食い込んだ者は名前が張り出される。

生徒達の意欲向上の為だろう。


実際、初めての定期テストで10位になった時――それが張り出されて嬉しかった。

それからはそのランキングに固執こしつして、より一層勉強尽しなんですが(自業自得)。



「……」



《――「いっちは自分の勉強しないと!」――》



そう言ってくれた彼女を思い出して、俺は創作部屋(今は勉強部屋)に向かう。



「あれ?」



この本、こんな机の端にあったっけ?

一番分かりやすい本だったから、確か真ん中に置いてたんだけど。


今日の為に買った、この“教える”事を学ぶ本。

教えるのが上手いと思われたら……この先も、もしかしたら誘ってくれるかもしれない。

そんな期待を込めて買ったが、実に役立ってくれた。二人共分かりやすいって言ってくれたし(照れ)。

知識はあっても、伝えるコツが分からないと教えるのに手間取るからな。


「……はぁ」


だからこそ最後の睡眠で台無しだ……深夜5時(もはや朝)までこの本を読みこんでいたせいだろう。

後は……堕天使かのん(クソ失礼)、恐るべし。


自称頭良いキャラが勉強中に寝るかよ、普通――って駄目だ! 俺も勉強しないと!!



――ピリリリリ!



「!?」



と思ったら個室の中で響く着信音。

心臓飛び出そうになった。

俺生きてる? 生きてる。



《着信 初音桃》



集中部屋、震える液晶には――その表示。

……なぜ今電話なのか分からない。

疑問はあるが、とにかく取らないと!



「――も、もしもし!」

「あ……もしもし」



聞こえる彼女の声。

そして、風を切る音が聞こえる。

どうやら外で話しているらしい。


「何かあった?」

「その、あのね」


「?」

「今日は、色々迷惑掛けちゃってごめん。途中寝ちゃったし……」

「……ああ」



最後の方はずっと彼女だけ、暗い顔をしていた。

その理由はコレか。



「俺も寝てたんだけど」

「それは――いっちが……」


「え?」

「……わたし達のせいで、その……全然勉強出来なかったよね」


「気にしなくて良いって。俺テスト前あんま勉強しないから、ははは(神の演技)」

「うそつき」



……一瞬でバレた。


「一年の時、テスト前のいっち見てたら分かるよ」

「……え」

「あやのんと隣だった時あったでしょ?」

「あ、ああ……」


そういえばそうだった。

如月さんが隣の時、初音さんが当然話に来てたから。


テスト前の俺はマジで必死に勉強していた。多分引かれてたな……。


「……」

「学年五位になった時も、凄い喜んでたもんね」

「……な、なんで」

「順位発表された後、チラチラあやのんの方嬉しそうに見てたから」

「(唖然あぜん)」

「全部……知ってるんだよ」


あああああああああああ!!

やめてくれ。

学年五位になったから、如月さんに話しかけて貰えるかな――なんてウキウキだった俺の過去を掘り起こさないで。


来世は宇宙の屑になりたい(スターダスト)。



「謝って済むことじゃないけど。ごめんなさい」


「わたし達に付きっ切りで教えてくれて、しかも寝ちゃって。かのんちゃんの面倒も見てもらって……間違いなくいっちの成績に影響出るよね」


「テストの順位も……最初からこうなる事、分かってたはずなのに――っ」



つらつらと話す初音さん。


ああ、すべて事実だ。


俺は、テストの順位に滅茶苦茶こだわっている。

俺は、テスト前の勉強へ一番力を入れている。

俺は、テストの点が大事だ。良い大学に行くというゴールもあるし、何より分かりやすい努力の結果がソレだから。


貴重なテスト前の土日を彼女達の為に消費した。

このままだと間違いなく普段より成績は下がる。

順位も、もしかしたら20位以内にすら入れないかもしれない。


でも。

一つ、決定的に初音さんが間違っている事がある。



それは――俺がこの“今日”を、後悔していると思っている事。



「あのさ、初音さん」



俺が一番に嫌なのは、テストの点が落ちる事でも、順位が下がる事でも無い。


彼女達が、“今日”を後悔する事だ。


だから教える為に頑張った。

朝まで机に向かうなんて、普段の俺なら絶対にしない。

それが、テスト前であっても。



「な、なに……?」



怯えた様な彼女の声。

それを聞いて、覚悟は決まった。

俺はきっと甘えていた――己自身に。


彼女達に今日が良かったと思われるのならば、成績なんて下がっても良いと思っていた。

その甘えが、初音さんをこんな風にさせてしまった。


……なら。

俺が、やるべきことは決まってる。



二人が、“今日”を後悔しないようにするだけだ。



「――“順位は、絶対に落とさない”」



電話口。

その声は宣言となって、俺の脳に刻まれる。


簡単な話だ。

俺の順位が下がらなければ――今日という日は彼女達にとって何も後悔にならない。



「……で、でも。いっちは勉強出来てな――」

「俺を甘く見過ぎだよ。初音さん」


「え……」

「絶対に、大丈夫」



現れる言葉が、次々と脳に刻まれていく。

もう、後戻りは出来ない。


言ったからには取り消せない。

こんな威勢の良い言葉を——吐いてしまったからには。



「俺の“唯一の取柄”は、学力なんだから」


「!」


「じゃあ――お互い頑張ろうね」



――プツン。

返事を待たず、俺は電源を切った。


そしてそのまま――掲示板を立ち上げる。






【>>5で俺は変わろうと思う Pert10】


1:名前:1

突然だけど安価だ

内容は、俺の成績が落ちた時の罰ゲーム


>>10


2:名前:恋する名無しさん

えっ急にどうした


あー、町内一周ムーンウォーク(朝八時)


3:名前:恋する名無しさん

教室で一発ギャグ


4:名前:恋する名無しさん

24時間クソ映画鑑賞


5:名前:恋する名無しさん

フルマラソン




「……これだよこれ」



書き込まれていくそのレスを。

俺は、笑って眺めていく。




6:名前:恋する名無しさん

クラブでナンパ(イケルまで)


7:名前:恋する名無しさん

自作小説を校内放送で読み上げてもらう


8:名前:恋する名無しさん

えっとえっと安価寿司(一万円)


9:名前:恋する名無しさん




「……安価は――」



更新リロード





10:名前:恋する名無しさん

髪を黒に染め直し





「!」



現れたそれ。

この中で、一番やりたくない事だった。




11:名前:恋する名無しさん

クラスメイト全員に自販機奢り


12:名前:恋する名無しさん

街中でムーンウォーク(二度目)


13:名前:恋する名無しさん

……あ 終わった


14:名前:恋する名無しさん

え、マジで言ってんの?


15:名前:恋する名無しさん

でもそんなもん言ったもん勝ちじゃなーい?


16:名前:1

答案用紙は流石に晒せない

でも、信じてくれ

俺は絶対にやるから


17:名前:恋する名無しさん

……そこまで言うなら


18:名前:恋する名無しさん

まあ1が逃げた事ないからな


19:名前:恋する名無しさん

俺はイッチの黒髪なんて見たくないね


20:名前:恋する名無しさん

な 虹色じゃなくなったら1じゃないよ(意味不明)


21:名前:恋する名無しさん

これは重い罰ゲームだ


22:名前:恋する名無しさん

普通なら逆なんだけどw


23:名前:1

みんなありがとう 頑張るよ




スレを閉じる。

スマホも、パソコンも落とす。



「……やるか」



夜20時。

俺は、机に向かい始めた。

残る時間で――その“無理”を押し通す為に。


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