唯一の取柄


《――「はじめくんって毎回テスト100点だよね!」――》

《――「頭良いんだね!」――》



小学生の頃。

そう言ってもらえるのが嬉しくて、俺は昼休みでも遊ばず勉強していた。



《――「アイツまたやってるよ」――》

《――「どんだけ勉強好きなんだ」――》



中学の頃。

机に向かうのがカッコいい事だと信じ込んでいた。



《――「必死過ぎだろ」――》

《――「部活も入ってないらしいぜ」――》

《――「アイツずっと一人だよな」――》



成績は常に学内上位だった。

だが、周囲の目は小学生の頃とは真逆だった。

まるで“異物”を見るような視線。

当然だろう。そして中学二年――いや、この先は思い出したくない。



《――「……でさー」――》

《――「放課後カラオケ行こうぜ!」――》



高校生になって。

俺の存在感は無いに等しい程になった。


ひたすら、机に向かう日々。

これしかやる事が無いから。

俺に残された――唯一の取柄だったから。




《――「学年五位のいっちに教えてもらおう、って!」――》



だから。

そう言われた時は。


《――「頭良いんだね!」――》


小学生の頃に言われたそれを。

初めて自分ではなく友達に――その“取柄”を活かせると思ったんだ。


ぶっちゃけやり過ぎだと思っている。

テスト前の土日をいつもやってる応用問題じゃなく、基礎に費やした。

それも色んな教材を取り寄せ、多方面からじっくりとだ。

二人に分かりやすく教えられる様に。


……でも、後悔なんてない。

実際二人は喜んでくれたから――






「……(起きた)(絶望)」

「すぅ……(かのんちゃん熟睡中)」



なのになんで寝てるんだよ俺は(顔面蒼白)。



「……」

「……」



二人共、めっちゃ真面目に勉強してる!! (涙目)。

そして俺は布団の中。

あたたかくてきもちいい(IQ5)。


ふざけてんのか(憤怒)。

……ああ駄目だ。このまま考えていても何も変わらない。



「……まっ、まことにごめんなさい(日本語不自由)。寝てしまいました(土下座)」


「わぁ!?」

「ちょ、東町君!」



雑魚寝の体勢から土下座へと滑らかな動作(アハ体験)。


そんな俺に向かってくる如月さん。

天使が向かってきた(死)。



「お二人が勉強している間に寝るとかいう愚行ぐこうをした俺を殺してください(土下座)」


「……私達も寝てたから気にしないで、ね?」


「はい!(復活)」



まるで全てを包み込む様な彼女の声。

やっべぇなんだこの天使力は。

俺の負の思考全てをゼロに――マジやばくね(畏敬いけいの念)。


「……っ」


その向こうの、初音さんは座ってこっちを見ていた。

表情は暗かった。


「初音さん?」

「……! あ、な、なんでもない! そろそろ時間だし帰ろうかな?」


「それもそうね。もう18時だわ」

「確かにそうか……教えて欲しいところとかもうない?」

「……あ、ごめんなさい。数か所あるの」

「もちろん良いよ――」


「あ、あやのん! いっちに申し訳ないよ! 帰ろ?」

「え」

「え?」


二人で話しているところで、初音さんが割る様に叫ぶ。

……どうしたんだ?


「気にしなくて良いよ。その為の勉強会だから」

「でも――」

「初音さんは、もう大丈夫?」

「……な、ない」

「そっか。なら良いんだけど……」


明らかに無理をしている顔。

それでも、そう言うなら踏み込めない。


一応テストが始まるのは水曜。何かあったら学校で聞いてくれたら良いんだけど。

なんとなく、そういう問題じゃない気がした。


「……ここ。良いかしら?」

「お任せください(鼻息)」


彼女達の為になるなら嬉しい。

この日の為に勉強してきた――なんて大げさかもしれないけど。


《――「頭良いんだね!」――》


誰かの為にこの頭を活かせるのが、今は楽しくて仕方がなかった。

……だから。

視界に映った初音さんの暗い表情が、気になって仕方がなかったんだ。





「――本当に送らなくて良いの?」

「良いから! 貴重な日曜日だし、いっちは自分の勉強しないと……ね、あやのん」

「……? そうね。ずっと教えてもらっていたし」


「ってわけだから!」

「まあ桃がそう言うなら……さようなら、東町君」


玄関。

時間にして、もう19時。

かのんちゃんは如月さんの背中で寝ていた。


重いだろうし、家まで俺が送っていこうと思っていたんだけど。

初音さんの強い押しでこのままお別れと言うことに。



「ば、ばいばいいっち」



マンション、セキュリティゲート。

二人が離れていく。



「……」



それを見送って家に帰って。



「失敗したかな……」



玄関には、しおれた折鶴達が出迎えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る