友達の部屋



「……はっ!」


目覚めた。

なんか落ち着く香りが……ってココいっちの家だった!

横を見ると、コポコポ良い匂いのする水蒸気をよく分からない機械が吐いている。

いっちはたまに女の子より女の子だよね。敗北感……。


「ちょっと、あやのんも起きて~!」

「……っ! ま、また寝ちゃってた……」


どうしても勉強は苦手だ。

中学の時は頑張ってココに入ったけど、高校になってより一層大変になっちゃった。


あやのんは地頭は良いけど、結構サボり癖あるからね。

わたしが言えないけど。


二人していつも勉強したらお昼寝タイムになってしまう。

今日はいっちのおかげで滅茶苦茶はかどったけど! 結局寝ちゃった。部屋良い匂いするし。



「……あれ? いっちも居ない」

「えっと……あ」


あやのんが前を指さす。

そこには――



「……」

「すー……すー」



まるで兄弟と思う程。

かのんちゃんといっちが、並んで寝ていた。


「ね、寝てる……」

「……あら」


全米初公開。いっちの睡眠!

かのんちゃんはもうずっと見てるけど……。


……男友達の寝顔なんて、初めて見ちゃった。悪い事してる気分。


「どうしようか~?」

「無理に起こすのは悪いけれど、起こすしかないわね」


「そっか~。でももうちょっと寝かしてあげたいね」

「ええ。結構ムリさせちゃったし」


「……」

「どうしたの?」



《――「学力ぐらいしか取柄ないからね」――》



彼は、ここに来るまでにそう言っていた。

実際黒髪の頃の彼は、ずっと教室の隅で勉強している様子だった。


一年の学期末は、五位の好成績。かなり凄い。


《――「大丈夫なの? いっち」――》

《――「人に教えるの……その、得意だから。むしろ来て欲しい」――》

《――「流石ですな~」――》


金曜日の教室でもそう言ってたし。

ただ、ずっと一人で勉強してたのに教えるの上手なのかなって少し引っ掛かったけど。


「いっち、本当に教えるの上手だったね〜」

「え? そうね。まるで全部知ってるみたいだったわ」


「あはは。やっぱり頭良いの羨ましいなぁ~」

「……え、桃?」



コソコソといっちに近付く。

なるべく、起こさない様に――



「実はずっと近くで見たかったんだ~」

「ちょ……」



無防備に寝ている彼の頭を観察する。

寝息を立てる彼の顔。


寝ているいっちが悪いんだから。



「羨ましいなぁこの頭脳~!」



耐えきれなくなって、彼の髪を触ってしまった。

実はずっと気になっていた。

だって、かのんちゃんがあんなに触るものだから。



「……っ」



撫でれば撫でる程、沢山の色。

青、赤、薄紫――ほんと、なんでこんな派手な色にしたんだろ。


ドキドキ、ドキドキ。


男の子の頭なんて、初めて触ったかもしれない――



「……それぐらいにしなさい」

「わぁ!? ご、ごめんなさい」


「かのんが見てるわよ」

「えっ」



さわさわする手をあやのんが止める。

気付けば、その奥のかのんちゃんと目が合った。


「……もも、へんなかお!」

「あ、や、やだなぁ~」

「……!!」

「えっちょっとかのん!」


怪しげな顔から、一転何か思いついたような顔。


そしてダッシュ。

こうなったら誰もかのんちゃんを止められない――


って!


「ちょっと、駄目よ!」

「たんけーん!!」


トコトコ走るかのんちゃんが、いっちの家を爆走していく。


「……かのんちゃん駄目だよ~ダメダヨ〜」


ほんの少しだけ、“ソレ”を期待していたのは秘密だ。

だって――あやのんだけ、彼のその部屋をみていたから。





「……なんじゃこりゃ……」



そこは6畳ほどの部屋。

布団があったから寝室なんだろうけど。


勉強机に本棚、そして並べられている天然水。

天然水に関しては、軽く10種は超えてるモノが窓際に並べられていた。

そしてパソコン。



「……」



凄く綺麗にしてるけど、ただただ気になってしまう。


この、『ポロ入門』って何の本……?



「だっしゅつ!!」

「あっ!」



腕をすり抜け、あやのんから抜け出すかのんちゃん。

流石に怪しまれるので、名残惜しいがその部屋からわたしも出る。


そして――今度はあろうことか。



「ひみつのへやー!!」



明らかに彼が隠していた、その黒い“物置”。

下からもぞもぞと入り込む彼女。

まるで忍者――



「いっぱいのほん!!」



……なんだって!

それは子供に見せたらダメな本なのでは……?



「かのん! 出て来なさい!」

「わたしが行こうっ!」



そこはまるでテントだった。

閉じているファスナーを下ろし、入口を開けば。



「……!」

「おにいちゃんのいえ、ほんばっかりー!」



飛び出るかのんちゃん。

そして、現れるその小さな空間。


簡単な机と、椅子だけ。家具だけで見ればそうだ。

しかしそこには――寝室とは比べ物にならない本と紙が積みあがっていて。



『人体の構造』

『イラストのイロハ』

『貴方のペンが世界を創る為に必要な事』


色々。


『物語の構造』

『感情について』

『類語辞典』


まだまだ。


『音について』

『作曲入門』

『貴方が楽器と出会うまで』


積みあがって――そして。


『解法現代文』

『世界一分かりやすい数学』

『世界一分かりやすい物理』

『高校教科書ガイド』

『パンダでも分かる英文法』

『教えるということ』

『全ての応用は基礎に通ずる』



「これ……」


まるでそれは、ついさっきまで読まれていたかの様だった。

机に広がっていたその本。新品の様に綺麗なのに、その中には大量の付箋。

教科書ではない参考書――それも『教える為』の。

思わずめくる。貼られている付箋――


『教える時には、必ず相手の立場に立つ』


『英語も古文も物理も、基礎をとにかく理解すべし』


『分からないと言われた時は分かる事から確認する』


数は計り知れない。

積もっているルーズリーフ紙束の中には、びっしりと文字が詰まっている。

現代文も英語も数学も――今日教えてくれた事。



「桃ー? 何してるの!」

「あっ、いや――なんでもない!」



震える声と共に、いそいそとその部屋から抜け出す。

ファスナーを閉じて……元通り。


それでも、わたしは全く気が収まらなかった。



《――「えっと、初音さんは……とりあえず文法覚えるといいかも」――》



思えば、彼はどこか詰まりながら教えていた。

それは普通かもしれないが――さっきの本の内容を思い出しながら教えていたんだ。


なぜか――そんな確信が持てた。

彼だから。


これまでの会話からして、明らかに意気込んでいたのは分かっていた。

でもまさか、こんなにしてくれるなんて思ってなかった。

普通はしない。でもいっちは――正直、普通じゃない。


友達という存在にやり過ぎなぐらい頑張ってくれる、そんな確信がいまさらに芽生えた。



《――「学年五位のいっちに教えてもらおう、って!」——》



わたしがそう言った時。

見たことないぐらい、彼は嬉しそうな顔をしていたから。


「っ……」


……ねえ、いっち。

今日のこの日の為に、“教える為に”勉強してたの?


わたし達の為だけに?

もしかして――このお休み、ほとんど使って?



「なんで、そこまで……」



そんなの。

わたしのせいで――いっちの成績、下がっちゃうかもしれない。


舞い上がっていた。

ずっと楽しくて忘れてしまっていた。

冷静になった今、後悔の想いが沸き上がる。


……わたし、あり得ないぐらい彼の邪魔してたんだ。



「も、桃?」

「……っ」



逃げる様に、わたしは机に向かう。

彼が書き込んでくれた数式が、ノートの中で輝いていた。





▼作者コメント

レビュー(しかも文章付き)が一気にめちゃくちゃ来て焦りました。本当にありがとうございます。


今夜はもう一話投稿します。

多分9時ぐらいです。

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