「全部、無駄じゃなかったんだ」
☆
「おはよ……とーまち?」
「おう」
月曜の朝。
教室に入って席に座る。
いつもの二人は既に座って、机を並べ勉強していた。
「おはよう」
俺もそれに
テストが始まるのは今週の水曜日。
余裕はない。
全生徒に、等しく時間はあるからだ。
☆
一限。二限、三限。
このテスト前の授業は、一番テストの情報が多い。
テスト範囲のおさらい的な授業だから。
だが――ここで得られるのは精々“とって当たり前”のポイントだけ。
精々70点止まりだろう。
ウチは入試を意識してか、難関大学の過去問を出してくる(もちろんテスト範囲だけど)。
アベレージ90点、学年5位をキープするには――ひたすらに、問題集と過去問を解くしかない。
「――っ」
かといって、“とって当たり前”を逃せば終わり。
テスト前最後の授業は、一言一句逃せない。
☆
そして休み時間。
コーヒーだけ口に入れて、ひたすら問題集と過去問に向かう。
その繰り返し。
いつの間にか――四限が終わっていた。
「……ふう」
「――ね、とーまち!」
「なにかな」
「今日のとーまち、ちょっとカッコいいね☆」
「そんなことないよ」
「――へ」
「ごめん、それじゃ」
それだけ言って席を立つ。
図書室へ向かおう。
今は全てを勉強に費やしたい。
だから――なりふり構ってられない。
全ては、明後日のテストの為。
「――オイ!」
「! な、なにかな」
と思ったら、夢咲さんの鋭い声。
しまった。怒らせたかな――
「――忘れてんぞ、教材」
顔は向けず、そう言う彼女。
「ぁ……ありがとう」
「おう」
その無愛想な返事に、やけに温もりを感じた。礼を言って――教材の入った鞄を持って図書室へ。
☆
「……マジか」
図書室。
辿り着き、ドアを開ければ――満席。
見れば一年生が多い。今年の一年は気合が入ってて良いね……なんて言ってる場合かよ。
ああ、くそ。
仕方ない。集中力は落ちるが、我慢して教室で――
「――あのっ」
「!」
瞬間、引かれる上着。
目下――椛さんが居た。
『こっち 来てください』
「う……うん」
器用なモノで、手のひらでペンを転がす彼女。その後渡されたメモ用紙を手に、そのまま俺は彼女に付いていく。
『ここ どうぞ』
「ぇ……」
辿り着いたのは一席の自習スペース。
そこには、明らかに椛さんが勉強していた形跡があった。
『僕はもういいので』
「いや、でも――!」
広がっていた教材を片付ける椛さん。
休み時間始まって5分だ。明らかに嘘。
流石に悪いので断ろうと思い、声を上げて――
『私語厳禁です』
そのメモ用紙。
「……っ」
『僕は図書委員なので生徒会室で勉強します 大丈夫です』
机に置かれていく文章。
何も言えない。
そのまま――彼女は去っていった。
『勉強 一緒にがんばりましょう』
その、最後のメモ用紙を俺の手に渡してから。
「……ありがとう」
誰にも聞こえない様に小さな声で呟いて。
教材を出し、早速始める。
彼女へ感謝の念を込めながら――
☆
昼休み、五限、六限。
授業と休み時間を繰り返す。
昼食は取らない、ひたすら勉強。
あっという間だった。
集中しているからこそだろう。
「……!」
「あ、東町君。昨日はありがとう、おかげで今回は良い点取れそうなのよ」
「それは良かったよ。お互い頑張ろうね」
帰宅——教室から出ようとすると彼女達が廊下で話していた。
「ぅ……」
「初音さんは?」
「わたしも……あやのんと一緒」
「そっか。勉強会した甲斐があったかな」
「……うん」
「良かった。それじゃ、お疲れ様」
「……いっちは?」
「もちろん、俺の為にもなったよ――じゃ」
「!」
それだけ言って廊下を後にした。
その言葉は嘘じゃない。
過去一番、勉強意欲が
☆
――ピピピピピ!
「……っ」
目が覚める様な、そのアラーム音と共に勉強を切り上げる。
ポモドーロタイマー。
20分勉強・1分休憩を1セット。4セット終われば休憩を10分とってリセット。ひたすらそれの繰り返し。
規則的に勉強と休憩を取って、効率を上げるものだ。
これを使うのは高校試験の時以来だった。
「……」
既に何ループも終えて――時刻は21時。
気付けば一瞬。
積もり積もった紙束が、己の過ぎた時間を正当化してくれる。
「……」
息を吐く。
夜ご飯も食べていない――携帯食で済ませるか。
立ち上がって、天然水とそれを補給。
お腹が減っている方が集中出来るけど、流石に限界だった。
久しぶりに食べた携帯食料は――以外と美味しい。
でも、あっという間に終わってしまった。
また俺は机に向かう。
☆
――ピピピピピ!
時計を見る。
24時。もうそんな時間だった。
「……ふー」
息を吐く。
まだまだやれる。
積もった紙束は、普段よりも多い。
……ああ、これのせいか。
『現代文基礎』
『世界一分かりやすい数学』
『世界一分かりやすい物理』
『高校教科書ガイド』
『教えるということ』
勉強会前日、朝五時までひたすら詰め込んだそれ。
俺の為ではなく彼女達の為に頑張った、その本と紙。
いや、それじゃ聞こえが良い。ただ――よく見られたくて。次の勉強会も誘って欲しくて頑張ったんだ。
積み上がったそれの上に、今の俺のノートがさらに積み上がっていた。
その一番下――張られた
『英語も古文も物理も、基礎をとにかく理解すべし』――
「……基礎、か――」
感じる違和感が、呟いたソレで解消された。
――『いつもと違う』。
開いている参考書、大学過去問、問題集。
その全部――問題を問いていると、前よりもスッと入ってくる。
いつも俺は、応用ばかりに
基礎など既に“分かり切っていた”と思って、応用ばかり解いてきた。
実際テストの結果を見ても、基礎のところは外した事がない。取って当たり前だったから。
順位を上げるには成績上位者の上に立つ必要があるから、とにかく一歩上を行こうと必死だったんだ。
でも――彼女達との勉強会に備えて、
かみ砕いて、更にかみ砕いて、飲み込んで。
全ての“応用”は、“基礎”に通じると理解した。
「……そう、だったんだ」
俺の目の前の紙束が――答えを示す様に目に映る。
“下”には基礎。“上”には応用。
そんな当たり前のことを気付けなくて。
「……全部、無駄じゃなかったんだ――」
俺を止めていた壁。
壊してくれたのは、他でもない彼女達で。
足りなかったパズルのピース。
限界の一歩先。踏み越えた世界。
俺は、ひたすらに手元のペンを走らせた。
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