「全部、無駄じゃなかったんだ」




「おはよ……とーまち?」

「おう」


月曜の朝。

教室に入って席に座る。

いつもの二人は既に座って、机を並べ勉強していた。


「おはよう」


俺もそれにならうよう、自分の机に教材を広げ。ペットボトルコーヒーを一口――シャーペンを取り出す。


テストが始まるのは今週の水曜日。

余裕はない。

全生徒に、等しく時間はあるからだ。



一限。二限、三限。

このテスト前の授業は、一番テストの情報が多い。

テスト範囲のおさらい的な授業だから。


だが――ここで得られるのは精々“とって当たり前”のポイントだけ。

精々70点止まりだろう。


ウチは入試を意識してか、難関大学の過去問を出してくる(もちろんテスト範囲だけど)。

アベレージ90点、学年5位をキープするには――ひたすらに、問題集と過去問を解くしかない。



「――っ」



かといって、“とって当たり前”を逃せば終わり。

テスト前最後の授業は、一言一句逃せない。



そして休み時間。

コーヒーだけ口に入れて、ひたすら問題集と過去問に向かう。

その繰り返し。


いつの間にか――四限が終わっていた。



「……ふう」

「――ね、とーまち!」


「なにかな」

「今日のとーまち、ちょっとカッコいいね☆」


「そんなことないよ」

「――へ」

「ごめん、それじゃ」



それだけ言って席を立つ。

図書室へ向かおう。

今は全てを勉強に費やしたい。


だから――なりふり構ってられない。

全ては、明後日のテストの為。



「――オイ!」

「! な、なにかな」


と思ったら、夢咲さんの鋭い声。

しまった。怒らせたかな――


「――忘れてんぞ、教材」


顔は向けず、そう言う彼女。


「ぁ……ありがとう」

「おう」


その無愛想な返事に、やけに温もりを感じた。礼を言って――教材の入った鞄を持って図書室へ。



「……マジか」


図書室。

辿り着き、ドアを開ければ――満席。


見れば一年生が多い。今年の一年は気合が入ってて良いね……なんて言ってる場合かよ。


ああ、くそ。

仕方ない。集中力は落ちるが、我慢して教室で――


「――あのっ」

「!」


瞬間、引かれる上着。

目下――椛さんが居た。


『こっち 来てください』

「う……うん」


器用なモノで、手のひらでペンを転がす彼女。その後渡されたメモ用紙を手に、そのまま俺は彼女に付いていく。


『ここ どうぞ』

「ぇ……」


辿り着いたのは一席の自習スペース。

そこには、明らかに椛さんが勉強していた形跡があった。


『僕はもういいので』

「いや、でも――!」


広がっていた教材を片付ける椛さん。

休み時間始まって5分だ。明らかに嘘。

流石に悪いので断ろうと思い、声を上げて――



『私語厳禁です』



そのメモ用紙。


「……っ」

『僕は図書委員なので生徒会室で勉強します 大丈夫です』


机に置かれていく文章。

何も言えない。

そのまま――彼女は去っていった。


『勉強 一緒にがんばりましょう』


その、最後のメモ用紙を俺の手に渡してから。



「……ありがとう」



誰にも聞こえない様に小さな声で呟いて。


教材を出し、早速始める。

彼女へ感謝の念を込めながら――ページめくらせていった。




昼休み、五限、六限。


授業と休み時間を繰り返す。

昼食は取らない、ひたすら勉強。

あっという間だった。

集中しているからこそだろう。


「……!」

「あ、東町君。昨日はありがとう、おかげで今回は良い点取れそうなのよ」


「それは良かったよ。お互い頑張ろうね」


帰宅——教室から出ようとすると彼女達が廊下で話していた。


「ぅ……」

「初音さんは?」

「わたしも……あやのんと一緒」

「そっか。勉強会した甲斐があったかな」


「……うん」

「良かった。それじゃ、お疲れ様」


「……いっちは?」

「もちろん、俺の為にもなったよ――じゃ」

「!」


それだけ言って廊下を後にした。

その言葉は嘘じゃない。

過去一番、勉強意欲がたぎってるから。



――ピピピピピ!


「……っ」


目が覚める様な、そのアラーム音と共に勉強を切り上げる。


ポモドーロタイマー。

20分勉強・1分休憩を1セット。4セット終われば休憩を10分とってリセット。ひたすらそれの繰り返し。

規則的に勉強と休憩を取って、効率を上げるものだ。

これを使うのは高校試験の時以来だった。


「……」


既に何ループも終えて――時刻は21時。

気付けば一瞬。

積もり積もった紙束が、己の過ぎた時間を正当化してくれる。



「……」



息を吐く。

夜ご飯も食べていない――携帯食で済ませるか。


立ち上がって、天然水とそれを補給。

お腹が減っている方が集中出来るけど、流石に限界だった。


久しぶりに食べた携帯食料は――以外と美味しい。

でも、あっという間に終わってしまった。

また俺は机に向かう。




――ピピピピピ!


時計を見る。

24時。もうそんな時間だった。



「……ふー」



息を吐く。

まだまだやれる。

積もった紙束は、普段よりも多い。


……ああ、これのせいか。



『現代文基礎』

『世界一分かりやすい数学』

『世界一分かりやすい物理』

『高校教科書ガイド』

『教えるということ』



勉強会前日、朝五時までひたすら詰め込んだそれ。

俺の為ではなく彼女達の為に頑張った、その本と紙。

いや、それじゃ聞こえが良い。ただ――よく見られたくて。次の勉強会も誘って欲しくて頑張ったんだ。


積み上がったそれの上に、今の俺のノートがさらに積み上がっていた。

その一番下――張られた付箋ふせんには、汚いがこう書いてある。


『英語も古文も物理も、基礎をとにかく理解すべし』――



「……基礎、か――」



感じる違和感が、呟いたソレで解消された。




――『いつもと違う』。




開いている参考書、大学過去問、問題集。

その全部――問題を問いていると、前よりもスッと入ってくる。


いつも俺は、応用ばかりにこだわっていた。

基礎など既に“分かり切っていた”と思って、応用ばかり解いてきた。

実際テストの結果を見ても、基礎のところは外した事がない。取って当たり前だったから。

順位を上げるには成績上位者の上に立つ必要があるから、とにかく一歩上を行こうと必死だったんだ。


でも――彼女達との勉強会に備えて、はじめからやり直して。

かみ砕いて、更にかみ砕いて、飲み込んで。

全ての“応用”は、“基礎”に通じると理解した。



「……そう、だったんだ」



俺の目の前の紙束が――答えを示す様に目に映る。



“下”には基礎。“上”には応用。

そんな当たり前のことを気付けなくて。




「……全部、無駄じゃなかったんだ――」




俺を止めていた壁。

壊してくれたのは、他でもない彼女達で。


足りなかったパズルのピース。

限界の一歩先。踏み越えた世界。

俺は、ひたすらに手元のペンを走らせた。


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