一学期中間試験・結果発表



――キーンコーンカーン



その鐘は、全てのテストが終了した事を知らせるモノ。

10分前には見直しも終わって、それを待つだけだったが。



「はーい答案回収しまーす」


「「「……はぁ……」」」



クラスメイトのため息がこだます。

もちろん俺もそのうちの一人。



「……疲れたな」



思えばあっという間だった。

ひたすら部屋にこもって勉強するのも。

この机でテストを受けたのも。


気付けば一瞬で――






一週間後。


久しぶりの土曜日は、ひたすらに寝た。

久しぶりの日曜日は、予約していた乗馬体験に行っていた。


未だに筋肉痛。

雑念があったせいで苦労した。

でも楽しかったな。


そして学校。

月曜、火曜、水曜。

テスト後の教室は、また静かだ。

結構な進学校とあって――成績には結構敏感だろうから。授業中もソワソワ。

もちろん俺もその一人。元々静かなんですがね。


して、今日。



――ガヤガヤ。



中庭。

普段はあまり人が居ないその場所も、今日は人がいっぱいだ。

理由は、テスト結果上位者20名がその掲示板に張り出されるから。


普通テスト結果は今日、これから答案を授業で返されて初めてわかるんだけど――上位者に限っては別。

朝一番、上位に食い込んだ者はココで優越感と安心感に浸れるというわけ。

結果発表という気になって仕方ないイベントを、先取りできるのだ。



「うわぁー今回も20位以内は無理だったかー!!」

「はぁ……」

「結構頑張ったのになぁ」


「いよっしゃー俺19位! 19位だ!!」

「マジかよスゲー」

「おい、あれ見ろよ――」



騒いでいる生徒達。

その人混みを見ているだけで胸騒ぎ。



《――「順位は、絶対に落とさない」――》


《――「俺を甘く見過ぎだよ。初音さん」――》


《――「俺の唯一の取柄は、“学力”なんだから」――》



刻まれた宣言がぶり返す。

震える足で、俺は人波へ突っ込んだ。



そして――目に映る。


その、順位が。








「……桃、大丈夫?」

「……うん」



テストから一週間。

東町君の教えもあって、私はかなり良い感じだわ。


いや、教えてくれた事もあるけれど――それ以上に。



《――「がんばろ、あやのん」――》



あの日、勉強会の後から桃が変わった。


《――「一緒に勉強しよ!」――》


家に帰ったと思ったら、鳴るインターホン。

必死な表情で、家に上がってそう彼女は言った。


かのんは帰ってきていた母親に任せ……深夜まで勉強。

結局泊まっていって、また翌日も同じように家に来て勉強。


普段お泊り会はよくするけれど、今回は別だった。

明らかに、勉強に熱が入っていた。

こんな事――ありえなかったのに。



《――「いっちも、頑張ってるから……」――》


《――「せっかく教えてくれたから」――》


《――「ね、あやのん。一緒にがんばろ?」――》



……その声と表情に、私は当然頷いた。

赤点回避すれば良いかしら……なんて思っていたけれど。


親友がそこまで頑張るのなら、私も頑張らなきゃ――そう思った。


そして迎えたテストの上位者発表会。

中庭には、人がごった返している。

でも私達は――朝、教室。



「……うぅ。準備出来てない……」

「心の?」

「うん……」



ずっとこんな感じね。

気になるのなら見に行けばいいのに。


「見に行って……あやのん……」

「もう。仕方ないわね」


見に行く気配がないので、私は教室を出て階段を下りる。

いつもとは違う学校の雰囲気。

私も桃も、普段と違う。なんせ今回は勉強をいつもより頑張ったから。


でも一番は。

“彼”の成績が気になるからだ。




――ガヤガヤ



その人込み。

掲示板に、群がる生徒達。


そしてその中――虹色の頭。

東町君。

その表情は、人の影で見えない。



――ガヤガヤ



近付いて——話しかける前に。

人の波の中、掲示板を眺める彼と同じ様に、私もそれを見た。




二位 すめらぎ まこと

三位 二階堂にかいどう 勇也ゆうや

四位 伊月いつき 鈴芽すずめ

五位 ひいらぎ 莉緒りお




視界を上に、上にすると、出てくる知らない人の名前。




《——「いっち、学年五位なんだよ。頭良いのうらやまし〜」——》




そう言っていた桃。

そこに彼の名前は無かった。


……でも。その代わりに——







一位 東町とうまち はじめ







まるで空に輝く星の様に。

頂上——彼の名前があった。



「……凄い」



思わず漏れる。

そして、そのまま彼の元に駆けていく。



「——あ」

「凄いじゃない! 一位なんて!」



未だに掲示板を眺める彼に声を掛けた。

……あら? 急に前髪伸びたわね、東町君。気のせいかしら?


ふふっ、それでも凄く驚いてるのは分かるけれど。


「——っ」


そしてすぐに掲示板に顔を戻した。

そんなに信じられないのかしら。



「まあ、運が良かったかな」

「それを生徒達に言ったらどうなるかしら」


「確かに。俺の実力……って言うとアレだよね」

「それ以外にないわよ」

「ありがとう。じゃあ——余裕だった」

「ふふ。急に態度変わりすぎだわ」

「実際そうだからね」

「最初からそう言えば良いのに。変な人ね……ふふっ」



《——「いっち、もしかしたら成績下がっちゃうかも……」——》


《——「わたし達の為に、色々準備してくれてたの」——》


《——「わたしが勉強会なんて誘ったから。貴重な土日なのに」——》



そんな桃の不安は、すぐに消し飛ぶことだろう。

本当に要らない心配だったみたいね。



「一位を取るなんて、どれだけ勉強したの?」

「はは、余裕って言ったでしょ。一年の頃より、ほんのちょっとだけ頑張ったけど」

「……そうなのね」



笑い飛ばす彼。

なんとなく、嘘だと分かった。

テスト期間中、彼の顔を見ていたら——このテストへの入れ込み具合が分かったから。


「ただの自己満足だから。中間テストで良い点取った所で、大学に受かる訳ではないし」


……きっとこれも。


「二年になったから。一年よりは頑張らないとなーなんて。軽い気持ちだよ」


……これも。


「だからまた勉強会誘って欲しいな、なんて」


……そしてこのセリフだけ、声に力が入っていた。きっと嘘じゃない。



「私はまた教えて欲しいわよ。あ、そうだ東町君。桃が心配してたけれど」

「……そうなんだ。なんでかな」



ふと過ぎった彼女の顔。

勉強会後、落ち込んだ様子の桃の事。

テスト前——チラチラと、心配そうに東町君を見ていた彼女。



「ねぇ、貴方は桃の為に……今回のテストを――」



それを見てきた私は。

つい、そんなことを聞いていて。



「違うよ」



返ってくる。

そんな、当たり前の台詞が。



「そう、よね」

「自分の為以外に、テストを頑張る理由なんてないから。俺が頑張ったら他が落ちる訳だし」


「……そうだけれど」

「うん」



それだけ言って彼は、その人並みへと消えていく――


「——でも」


前に。



「二人のおかげでもあるんだ。この結果は」

「……え?」



「だから――ありがとう」



その時。

彼は、静かに言った。


喜びを噛みしめる様に。

背中を向けていて表情は分からないけれど――その声で分かる。



があったから、俺は一位になれたんだ」



気遣ってなどいない。嘘じゃない。

きっと本心からのそれに。

私は、すぐに声が出なかった。



「ど、どういたしまして」

「うん。それじゃ」



去っていく彼。

その声が心の中に残っている。

強く。強く。



「東町君」



一番上のその名。

私はもう一度、掲示板の彼を見て。



「本当に……不思議な人」



呟いた声は、すぐに喧騒けんそうの中へ消えていった。

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