エピローグ:変わりゆく世界


「はっ、はっ……!」


(ち、遅刻遅刻!)


如月彩乃。

彼女は今日もアラーム通りに起きられず、始業時間ギリギリで校門に入る。


(なんでいつも起きたら勝手に消えてるのよ……!)


それは、彼女がアラームを消して二度寝しているからだ。

間に合ったのは妹が起こしたから。


キーンコーンカーン――



「ギリギリ、セーフ……」



何とか、予鈴の間に教室まで到着。

後は扉まで行って入るだけだったが――



「――ありがと、いっち!」



最近彩乃があまり見れていなかった、そんな桃の表情。

それが向けられているのは、東町一。


目の前で、彼女の好物だったカレーについて呟いていた時、思わず声を掛けたのがきっかけ。


《――「あんな不審者っぽい人に声掛けちゃダメだよ! 前から言ってるでしょ~!」――》


そう必死に説得してきたのは、他でもない桃であったのに。


(……凄い嬉しそうな顔しちゃって)


今や、彩乃やかのんに対するソレとほぼ同じ。

この短期間で何があったのか――彼女は知らないが。


「――大好き!」


(ふふっ、本当に気に入られたのね東町君)


笑う彼女。

桃は、特に気に入った人物にはすぐソレを言う。

場所など選ばず、感情が高まったらすぐ叫ぶ。



《――「かのんちゃん可愛い~大好き!」――》


《――「わ~あやのんのお弁当本当美味しい……大大好き!」――》


《――「大大大好き! (如月姉妹から誕生日プレゼントを渡された時)」――》



まるで『大好き』のバーゲンセール。

ただそれは、本当に限られた人物のみ、というか私達二人だけ。


――“だった”。


(……東町君。桃はあそこまで気を許して、かのんも会いたい会いたいって言ってるし……)


そんな彼への周りの変化と共に。

少しづつ――彩乃にも、何かが生まれ始めていた。



(本当に、不思議な人)



「いっちどうしたの……? あっあやのんだ! おはよ~」

「おはよう。今日はアラームが鳴らなかったわ」

「ソレあやのんが消してるんだよ~?」



教室の空気が異様な事に、鈍感な彩乃は気付かない。

そのまま席に着き――桃と談笑を繰り広げる中。


それを、斜め後ろから鋭い眼差しで見つめる者が一人。



「……ッ」

「すご☆」


「……」

「リオはあんな大胆にはなれないなぁ……」


「……どう見ても“そういうの”じゃねーだろ」

「うーん。まあそうだけど。男側はどう思うかなー☆」

「……ッ」


困る金髪の少女と。

面白そうに彼を見る茶髪の少女。


『大好き』――そう言われたはじめは、その言葉を受けたまま固まっていた。


して、一瞬後。

入ってきた彩乃と話す桃を見て、彼は再起動。

機械の様に自席へと戻ろうと動き始めた。


しかしフラフラとしていて足元がおぼついていない。

周囲からの視線の矢にも気付いていないようだ。


「あっ、来るよ来るよ。とーまち瞳孔開いててウケる☆」

「……莉緒。アイツ、絶対“そういう”風に受け取ってるよな」

「? だとしたら何かマズいのかな☆」


「……ッ」


煽る様に笑う莉緒に、反抗する様苺は席を立つ。

目的地ははじめ


「オイ!」

「!? な、何でしょうか……」


「来い。支えてやるから」

「……え、あ、ありがとう夢咲さん」


目に生気が戻り、腕を支えられながら席へと戻る。

苺のオーラによって周囲の視線は一気に落ち着いて。

莉緒の目には、どこか彼女の口元は緩んでいる様に見えた。


「おはよー☆」

「おはよう……」


「苺がまた一緒にクラブ行きたいって言ってたよ☆」

「え」

「ッ……」


「えっ」

「……嫌なら良い」

「そんな事ないです行きたいです」

「リオもいくー☆」



二人の少女に翻弄される少年。

こうして、彼の日常に戻っていく。


……だが、またそれをこっそりと眺める一人。


その眼差しは、より一層強くなって。




(今の、聞き間違いじゃないよね)


(大好きって、大好きって言った)


(なんで? こんな教室で? 大好き……大好きって……)



椛詩織。

丁度教室の真ん中辺りに位置する彼女は、その声を聞いて絶賛混乱中だった。



(きっとアレは“友達”としての好き。LIKEの方。“月が綺麗ですね”とかそういうのじゃない)


(じゃなきゃ、あんな自然に言えるわけない。絶対そう)


(そうだ。……僕なんて、昨日の朝凄い事したし……あんなに喋れたし。親友だよもう)



しかし図書室での出来事を思い出し、何とか冷静になる。

頬が赤くなるがあくまで冷静だ。


「そんな事ないです行きたいです」

「リオもいくー☆」


しかし、また聞こえてくる声。

蒼白になる彼女の表情。



(く、クラブって何? 部活? でも休日一緒に遊ぶって事だよね?)


(……僕も、話すだけじゃなくて一緒に遊びたい……でも遊ぶって何?)


(い、一緒に本読むとか? 分からないよ……帰りに本買って色々調べよう……)



ぐるぐると目を回しながらも、どこか楽しげに考える椛。

携帯にある『友だちリスト』の中の彼に、彼女もまた何を話すか考えている。


もちろん、口頭ではなくメッセージで。

もしくは手紙か――





そんなこんな。


彼女達は思考の先が、彼に向かうことが多くなった。

当然それを知らぬはじめ


(大好きって。好きってなんだ……?)


(いやいやいやどう考えても聞き間違いだろ)


(おちつちけ俺。いやでも確かにさっき……あ、友達として好きって事か。じゃなきゃあんな平然と出来ないだろ。というかよく考えたら映画の時もかのんちゃんに言ってたな。そういう事か。OKOK)


とあるスレを立ち上げて、一週間足らずの事。

彼を取り巻く環境は、大きく変わっていく。



……嬉しすぎるん、だけど)



長らく、彼は「好き」なんて言われた事がなかった。

両親からも妹からも。友達なんてそもそも居ない。

直接的な好意の矢を、彼は長らく受けておらず。


思わぬ言葉。それも唐突。

顔を手で押え、熱を持った頬を隠すはじめ



(色々、頑張ってきて良かったな)



心の中で、呟き窓を向く。

空から差し込むその朝日の光。



(今日も綺麗だ――)



五月の中旬。彼が安価スレを立ち上げてから一週間。

その伸びた前髪が、いっそう世界を輝かせた。



美しい――七色に。





▼作者あとがき


これにて第一部完!

書きたいシーンが多く増長になってしまった感がありましたが、お付き合い頂いてありがとうございました。


初ラブコメ、拙い出来で申し訳ない。

これからも応援していただけると幸いです。


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