ガラスの壁


「どうも」

「ぅ……うん」


「よっ――」



バタバタバタ。


駅前。

虹色が、蛍光灯の光を反射して輝いている。

彼がニット帽を外したら、一瞬にして鳩たちは飛んで行く。


……実は19時には駅についていた。

それを被るいっち、群がる鳩は中々におかしな風景だったけど。

今は――それを話題にすら上げられない。



「……」

「部活、お疲れさま」


「……あ。あ、ありがと」



上手く声が出せない。



《――「な、なに?」――》


《――「なんとなくです……」――》


《――「……うっ」――》



あの時。

土曜日の朝、彼に初めて出会った時――ずっと彼はワタワタしていた。

でも今は逆。



「初音さんはバスケ部だったよね」

「……そうだけど」


「やっぱりバスケ好きなの?」

「身長、高いから。誘われてやり始めただけ……」


「えー、えっと。それでも二年目だし。続けてるのは凄いよ」

「……女なのに身長高くて得するの、スポーツぐらいだから」



――なんで。

こんな、面白くなさそうに。

淡々と、こんなつまらなそうに話してしまうの?


まるでいじけた子供だ。

話したいのに。


「……あー」


こんな、困った顔にさせたくないのに。


「……」


心中と行動が真逆になる。

それでも私を止められない――


「――初音さん」

「な、なに」


「凄い分かるよ、俺だって勉強が好きだったわけじゃない。ただ――それしかロクに出来なかっただけで」

「!」


わたしの歩くスピードが遅くなる。

少しだけ。

身体が、素直になった気がして。



「世の中。そんなもんだよ」

「……うん」


「やっと初音さんの事聞けた」

「へ?」


「ずっと聞きたかったんだ」



その言葉で、わたしの足は止まった。

嬉しくて。

でも――それ以上に、何かが爆発した。


「……わ、わかんない!」

「!? 何が――」


「わたし、面倒でしょ? さっきからずっとつまんなそうにしてるし! ロクに話さないし!」

「え……」


「ずっと変なんだよ。いっちと友達になれたのに上手く話せなくて、わけわかんない電話とかも掛けて――」

「ちょ、ちょっと」


「はあ。はぁ……うう」


……終わった。

急に立ち止まって、勝手に騒いで。


もうやだ。

なんで、今になって最悪のカタチで――



「俺も一緒だよ」

「へ……?」


「昨日も、勢いに任せて変な事言ったし。そんなものだから」

「……あれは」


「“全部”、そんなもんだから」



全く引かずそういう彼。

嬉しかった、なんて言えなかった。



「実は聞いたんだ。如月さんから初音さんのこと」

「え……」


「趣味は漫画とかアニメ、映画とか。小説は苦手とかも」

「!」


「他も、まあ色々」

「っ……」



凄く嬉しい。

恥ずかしげもなくそう言う彼。

こんなにも自分の事を見てくれる人なんて、あやのんぐらいしか知らなかった。


「……ごめんね、勝手に聞いて――」

「――いっち」


「! 何?」


だから。

もう、素直になって!



「わたしの事なら、わたしに聞いてよ」

「!」


「その、小説は――最近、頑張って読もうとしてるから」

「そ、そうなんだ」


「アニメの原作とか。結構小説が多いし……」

「確かに、ごめんね」

「!」



足が止まる。

『ごめんね』なんて言ってほしくない。

そんな他人行儀じゃなく。


もっと遠慮なく。

もっと――



「いっちと話したい」

「……え?」


「もっと――もっと、話したい。学校でも話したい」

「え、あ……」


「放課後も。お休みも、こうやって……だから」



歩みは止めた。

振り返った彼に、そのまま口を開く。






「わたしも、いっちともっと仲良くなりたい!」






そんな声が、アスファルトが反射して響き渡る。


木曜、部活帰り。

ようやく自分は――素直になれて――――











嬉しかった。

その言葉に、俺は間髪入れず口を開く。




「――もちろん、俺もだよ」




その時。

パリン、と。


まるでガラスが割れた様に。


何かが。

きっと、目に見えない壁が壊された。




「いっち~~!!」


「うおっ!?」



瞬間、イメージしたのは大型犬。

そして腕に巻き付くその柔らかな感触。



「嬉しい! 嬉しい嬉しい!」

「ちょ……」



と思ったらぶんぶんと腕を上下に振られる。

……ま、喜んでるのなら良いか。



「一緒に帰ろう!」

「もう帰ってるけどね」


「そうだった~!」



さっきまでの感じどこ行ったんだ……。

めちゃくちゃ元気なんだけど。


「ほんとはバスケも大好き~!」

「え」


「きっかけはもちろんそうだけど、楽しくなきゃもう辞めてるって~!」

「そ、そうなんだ」


「うん!」

「おう……」



お目目キラキラだ。

そんな楽しい?



「今度バスケも一緒にやろ~!」

「え」

「手加減するって~」

「どうしようかな」

「へ~、そんな負けるの嫌?」

「……いやぁ、女の子相手に“加減”出来るか不安でね」

「!」


そんな冗談。

ちなみに球技全般不得意です(カス)。


「身長低い癖になんか言ってる」

「俺“リベロ”だから」

「あはは、それバレーなんだけど~?」

「……そうだっけ」

「ニワカだ! ニワカが居る〜!」


笑ってはやし立てる彼女。

ちょっと心地いい(変態)。


「今度おすすめのバスケ漫画貸したげ……いや」

「なに?」

「一緒に読もう! 解説しながら読み聞かせてあげる~!」

「斬新だね」

「50巻ぐらいあるけど~」

「俺よりも初音さんの喉が心配」


「……」

「え、急にどうしたの?」


と思ったら黙る彼女。


「『初音さん』ってやだなぁ~」

「呼び名が嫌って事ね」

「『もも』って呼ばせるのはあやのんだけだし……いっちには特別な感じが良いし……」

「お任せします」

「保留!」

「ええ……」


どうも保留さん(まさかのあだ名)。

結局決まらなかった。

ま、『初音』って呼び捨てにするのも抵抗あるし丁度良いかな。



「……帰るのやだ」

「そうは言ってもね」



実はずっと彼女の家の前で話している。

五分ぐらい前から到着してたんだよね。


《――「桃って意外と寂しがりやなの。意外でしょ?」――》


そんな如月さんの言葉通りだった。


「……確かに、いっちも勉強しなきゃだし」

「そうだね」

「また明日。その、いっちの隣の人達、苦手だから……こっち来てくれると嬉しい~」


細目で苦笑いする彼女。

意外だった、そういうのあるんだ。


「分かった。俺も初音さんと話したいし」

「えへ~……あっそうだ! えっと、これ!」

「DVD?」

「貸すって言ってたでしょ? ああそうだあとLIMEの友達登録もしたい!」

「そうだね」


家を前に、彼女は止まらない。



「……ついでにもうちょっとお話したい~」



楽しそうな表情で。

俺もそれが嬉しくて。



「良いよ。いつまでも付き合うから」



その声は、陽春ようしゅんの空気に消えていく。

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