秘密の部屋



「図書室……ぼ、僕だけ、だから」



表情で分かる。

多分、必死に出した声だ。


「来て、良い、から」

「……良いの?」


こくんと頷く彼女。

何度も言うが、この時間は普通なら図書室利用不可なんだけど。


……良いの?





「ほ、本当に……ここって入って良いの?」

「……」


図書室の秘密のドア(受付の向こう側にある)を開ければ、五畳ほどの事務所チックな部屋があった。

かつ今、俺の目の前にはソファー。


丁度俺の身長ぐらいの長さである。

そしてコレを何に使うと言えば。


寝る為である。


「ど……どう、ぞ」

「……良いの?」


何回言うんだよ俺。

天丼だったら衣多すぎて吐いてるね。


……良いの?(五重塔)。



「寝れてない、って……だか、ら」

「マジか――ありがとう……」



寝転ぶ。天国ヘブンがそこにあった。


棚からぼた餅なんてもんじゃない。

棚からベッド降ってきちゃった(奇跡)。


「……時間、来たら起こす、ね」

「お願いします……」



……学校で寝るって、背徳感が凄い。

それでも、電車内で寝れなかったのもあってすぐに睡魔は訪れた。


結構ヤバい事してるとは思うんだけど、彼女の親切心もあって抵抗はなく――




「……すっごい寝れた(元気)」



時計を見れば、もう既に8時。

一時間ぐらいこのソファーで寝ていたらしい。

ホームルーム開始が8時半だから――良いぐらいの時間である。


というか、その間ココに先生とか来なかったんだな。

まずその危険アリなら案内されてないか。

誰が危険人物だよ(不審者)。


「椛さんは――」


居ない。

多分、このドアの先で貸出の受付をしているのだろう。

確か8時から図書室って解放されてたし。


暇だし、お礼もかねて掃除でもしよう。

色々散らばってるからね。


「やるか! (元気有り余り中)」


勝手に物の場所を変えたらマズいので、床に落ちてる紙とかゴミとかを拾って捨てて。

後はファイルから飛び出した記録表? を綴じなおしたり、整頓したり。

そしてふと思いついて、メモに書いて――



「――!」

「あ。おはよう」



色々としていたら、彼女がドアを開けて現れる。


「ぁ……」


驚いた表情。

ま、寝てたからねずっと今まで。


「……っ」

「?」


そして指を指して俯く椛さん。

その方向は俺の頭上。いや、髪?


流石に意図が分からず困る。

すると――素早くメモに書かれたソレを差し出された。


『寝癖、付いてます』

「あ」


頭頂部を触る。すると、ピコンと立った髪が手に当たる。

恥ずかし……。

これは寝癖じゃなくレインボーセンサーです(意味不明)。


「っ……くくっ」


と思ったらこらえる様に小さく笑う彼女。

初めて見たよ、椛さんが笑うところ。小動物みたいで可愛いね(逮捕)。


「寝心地良すぎてさ」


『それは良かったです』


「こんなところがあるなんて知らなかったよ」


『僕みたいな図書委員しか入らないので』


「俺図書委員じゃないけど」


『それは それは 特別です』



俺は声、彼女は紙での会話。傍から見れば異様である。

椛さんは、こっちのが楽なんだろうな。どっちでも良いけど紙がもったいない様な。

まあ彼女のメモ用紙だし何もいうまい。それこそ紙じゃなくて……いや、今は渡す雰囲気じゃないか。


……と、いうより。

なんか楽しいな、こういうの。

掲示板とちょっと似てる。匿名じゃないけどねコレは。

朝、普通にクラスメイトと話せてる。

これは実質陽キャではないだろうか(妄想の限界突破)。


『また来ても、良いです』

「……流石にそれはマズいんじゃ」


『かも、しれません」

「ははは、じゃあマズいじゃん」


「……くくっ」


今度も紙でなく、そのまま笑った。

いやメモで『(笑)』とか書かれたら困惑するけどさ(笑)。

『(苦笑)』とか書かれたら死んでしまう(RIP)。


単純に、彼女の笑い方は可愛らしくてキョどる。

心臓に悪いよ心臓に。

陰キャは女性の笑顔に弱い(陰キャ同盟調べ)。


「はー! 寝たらスッキリして元気でたよ」

「!」


「色々悩んでたけど吹っ切れた。朝話してた“友達”に、今度こそちゃんと話してみる。しっかり向き合って!」

「っ――」



気のせいか、少しびくっと反応した彼女。


一枚書いて。

悩んでもう一枚書いて。



――『頑張ってください』。




「……ありがとう」




手に取るそのメモ用紙。

その優しさに泣きそうになった。


まさか彼女がこんなに優しいとは知らなかった。誰だよ同類とか言ったの(←)。天と地の差がある。良い人過ぎて逆に悪魔(?)。


寝させてもらった上、背中を押してくれた彼女には。

良い報告をしたい。そう思った。



『少し作業してから教室に行きます 先にどうぞ 出口はあっちです』


「分かった。本当にありがとう」



手の先にはまた秘密のドア(二個目)。

どうやらそれを出たら廊下に出るらしい。あのドアここにつながってたのか。



「……ま、また」


「! また教室で」



朝から別れの挨拶を受けるのは新鮮で。

そのまま、大分軽くなった心と共に――そこを飛び出して。


彼女がくれた、そのメッセージ。

その紙をポケットに入れて、俺は教室へと向かった。


……あれ。そういえば椛さんに渡そうと思ってたアレどこやったっけ?

まあ良いか。次だ次。

今は――初音さんにどう話すか考えないと。










……静かになった、図書室の横にある事務部屋。

そこで、小さな少女は一つのメモ用紙を手に残し――そのソファーに座った。


場違いなソレは、教師の私物を持ち込んだものらしい。

この場所には図書委員のみしか入らない、よって図書委員だけが座れるそれ。

しかし今日、七色髪の少年にそれを貸した。



「ぅ……」



先程まで、彼が気持ち良さそうに仮眠を取っていたその場所。

濃い目の下のクマに、憂鬱そうな顔をしていた彼を見て――思わず誘った。

今度はそこに少女が座れば、その頬はまた紅くなる。


まるで大木を削った様な、包まれる彼の香りに……彼女は目を閉じ思い返す。



《――「……聞いてくれる? ありがとう」――》

《――「ありがとう、椛さん」――》

《――「分かった。本当にありがとうね」――》



胸の中がじんわりと暖かくなる。

彼の声とその表情。

思い返すだけで、彼女の心中は満たされそうになるけれど。


願わくば。



「……っ」



手の中、未だに握られたその一枚の紙。

美しく、整えられた文体で記されたその文字。



――『“僕とも”友達になってくれませんか』。



そんなメッセージは、残念ながら届けられなかった様で。

きっと彼は言っていた“友達”と仲良くなり――やがては自分とは疎遠に――


そんな、悪い思考に行き詰まり。



「うぅ……」



俯く彼女。

しかし。

その視線の先――床に落ちていた一枚の紙。


『俺のLIMEのIDです』


「ぇ……?」


拾い上げると、そんなメッセージと共に英字の羅列があった。

慣れないスマホを立ち上げ、家族としか友達登録していないそのアプリを開く。


そして入力。

あっという間に――



《友だちリスト》

《東町一》



それは登録され。


――ピコン!


着信音。


「――!!」


『よろしく、もしかしてメモ落ちてた?』

『紙無くなった時、話せなくなったら嫌だしLIME使ったらどうかなって』

『……あ、気持ち悪かったら消去しといてください。連投ごめんなさい(今更)』


すぐに届くメッセージ。


(……東町君)


……きっと彼は、まだ教室に着いていない。

言っていた“友達”に、話しかける前なのであれば。

背中を押してあげたいと。今度こそ、本心から椛は思ったのだ。


「……」


指先。スワイプ。

様々な言葉を打って、消して。

結局送信したのは――


『頑張ってください』


その言葉。

既読のマーク。


『ありがとう!』


そんな、返ってくるメッセージに。



「“僕も”……だよ」



彼女は2つの意味を込め、小さく呟きスマホを閉じる。

その友だちリストを、ほんの少し眺めてから。

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