秘密の部屋
「図書室……ぼ、僕だけ、だから」
表情で分かる。
多分、必死に出した声だ。
「来て、良い、から」
「……良いの?」
こくんと頷く彼女。
何度も言うが、この時間は普通なら図書室利用不可なんだけど。
……良いの?
☆
「ほ、本当に……ここって入って良いの?」
「……」
図書室の秘密のドア(受付の向こう側にある)を開ければ、五畳ほどの事務所チックな部屋があった。
かつ今、俺の目の前にはソファー。
丁度俺の身長ぐらいの長さである。
そしてコレを何に使うと言えば。
寝る為である。
「ど……どう、ぞ」
「……良いの?」
何回言うんだよ俺。
天丼だったら衣多すぎて吐いてるね。
……良いの?(五重塔)。
「寝れてない、って……だか、ら」
「マジか――ありがとう……」
寝転ぶ。
棚からぼた餅なんてもんじゃない。
棚からベッド降ってきちゃった(奇跡)。
「……時間、来たら起こす、ね」
「お願いします……」
……学校で寝るって、背徳感が凄い。
それでも、電車内で寝れなかったのもあってすぐに睡魔は訪れた。
結構ヤバい事してるとは思うんだけど、彼女の親切心もあって抵抗はなく――
☆
「……すっごい寝れた(元気)」
時計を見れば、もう既に8時。
一時間ぐらいこのソファーで寝ていたらしい。
ホームルーム開始が8時半だから――良いぐらいの時間である。
というか、その間ココに先生とか来なかったんだな。
まずその危険アリなら案内されてないか。
誰が危険人物だよ(不審者)。
「椛さんは――」
居ない。
多分、このドアの先で貸出の受付をしているのだろう。
確か8時から図書室って解放されてたし。
暇だし、お礼もかねて掃除でもしよう。
色々散らばってるからね。
「やるか! (元気有り余り中)」
勝手に物の場所を変えたらマズいので、床に落ちてる紙とかゴミとかを拾って捨てて。
後はファイルから飛び出した記録表? を綴じなおしたり、整頓したり。
そしてふと思いついて、メモに書いて――
「――!」
「あ。おはよう」
色々としていたら、彼女がドアを開けて現れる。
「ぁ……」
驚いた表情。
ま、寝てたからねずっと今まで。
「……っ」
「?」
そして指を指して俯く椛さん。
その方向は俺の頭上。いや、髪?
流石に意図が分からず困る。
すると――素早くメモに書かれたソレを差し出された。
『寝癖、付いてます』
「あ」
頭頂部を触る。すると、ピコンと立った髪が手に当たる。
恥ずかし……。
これは寝癖じゃなくレインボーセンサーです(意味不明)。
「っ……くくっ」
と思ったらこらえる様に小さく笑う彼女。
初めて見たよ、椛さんが笑うところ。小動物みたいで可愛いね(逮捕)。
「寝心地良すぎてさ」
『それは良かったです』
「こんなところがあるなんて知らなかったよ」
『僕みたいな図書委員しか入らないので』
「俺図書委員じゃないけど」
『それは それは 特別です』
俺は声、彼女は紙での会話。傍から見れば異様である。
椛さんは、こっちのが楽なんだろうな。どっちでも良いけど紙がもったいない様な。
まあ彼女のメモ用紙だし何もいうまい。それこそ紙じゃなくて……いや、今は渡す雰囲気じゃないか。
……と、いうより。
なんか楽しいな、こういうの。
掲示板とちょっと似てる。匿名じゃないけどねコレは。
朝、普通にクラスメイトと話せてる。
これは実質陽キャではないだろうか(妄想の限界突破)。
『また来ても、良いです』
「……流石にそれはマズいんじゃ」
『かも、しれません」
「ははは、じゃあマズいじゃん」
「……くくっ」
今度も紙でなく、そのまま笑った。
いやメモで『(笑)』とか書かれたら困惑するけどさ(笑)。
『(苦笑)』とか書かれたら死んでしまう(RIP)。
単純に、彼女の笑い方は可愛らしくてキョどる。
心臓に悪いよ心臓に。
陰キャは女性の笑顔に弱い(陰キャ同盟調べ)。
「はー! 寝たらスッキリして元気でたよ」
「!」
「色々悩んでたけど吹っ切れた。朝話してた“友達”に、今度こそちゃんと話してみる。しっかり向き合って!」
「っ――」
気のせいか、少しびくっと反応した彼女。
一枚書いて。
悩んでもう一枚書いて。
――『頑張ってください』。
「……ありがとう」
手に取るそのメモ用紙。
その優しさに泣きそうになった。
まさか彼女がこんなに優しいとは知らなかった。誰だよ同類とか言ったの(←)。天と地の差がある。良い人過ぎて逆に悪魔(?)。
寝させてもらった上、背中を押してくれた彼女には。
良い報告をしたい。そう思った。
『少し作業してから教室に行きます 先にどうぞ 出口はあっちです』
「分かった。本当にありがとう」
手の先にはまた秘密のドア(二個目)。
どうやらそれを出たら廊下に出るらしい。あのドアここにつながってたのか。
「……ま、また」
「! また教室で」
朝から別れの挨拶を受けるのは新鮮で。
そのまま、大分軽くなった心と共に――そこを飛び出して。
彼女がくれた、そのメッセージ。
その紙をポケットに入れて、俺は教室へと向かった。
……あれ。そういえば椛さんに渡そうと思ってたアレどこやったっけ?
まあ良いか。次だ次。
今は――初音さんにどう話すか考えないと。
☆
……静かになった、図書室の横にある事務部屋。
そこで、小さな少女は一つのメモ用紙を手に残し――そのソファーに座った。
場違いなソレは、教師の私物を持ち込んだものらしい。
この場所には図書委員のみしか入らない、よって図書委員だけが座れるそれ。
しかし今日、七色髪の少年にそれを貸した。
「ぅ……」
先程まで、彼が気持ち良さそうに仮眠を取っていたその場所。
濃い目の下のクマに、憂鬱そうな顔をしていた彼を見て――思わず誘った。
今度はそこに少女が座れば、その頬はまた紅くなる。
まるで大木を削った様な、包まれる彼の香りに……彼女は目を閉じ思い返す。
《――「……聞いてくれる? ありがとう」――》
《――「ありがとう、椛さん」――》
《――「分かった。本当にありがとうね」――》
胸の中がじんわりと暖かくなる。
彼の声とその表情。
思い返すだけで、彼女の心中は満たされそうになるけれど。
願わくば。
「……っ」
手の中、未だに握られたその一枚の紙。
美しく、整えられた文体で記されたその文字。
――『“僕とも”友達になってくれませんか』。
そんなメッセージは、残念ながら届けられなかった様で。
きっと彼は言っていた“友達”と仲良くなり――やがては自分とは疎遠に――
そんな、悪い思考に行き詰まり。
「うぅ……」
俯く彼女。
しかし。
その視線の先――床に落ちていた一枚の紙。
『俺のLIMEのIDです』
「ぇ……?」
拾い上げると、そんなメッセージと共に英字の羅列があった。
慣れないスマホを立ち上げ、家族としか友達登録していないそのアプリを開く。
そして入力。
あっという間に――
《友だちリスト》
《東町一》
それは登録され。
――ピコン!
着信音。
「――!!」
『よろしく、もしかしてメモ落ちてた?』
『紙無くなった時、話せなくなったら嫌だしLIME使ったらどうかなって』
『……あ、気持ち悪かったら消去しといてください。連投ごめんなさい(今更)』
すぐに届くメッセージ。
(……東町君)
……きっと彼は、まだ教室に着いていない。
言っていた“友達”に、話しかける前なのであれば。
背中を押してあげたいと。今度こそ、本心から椛は思ったのだ。
「……」
指先。スワイプ。
様々な言葉を打って、消して。
結局送信したのは――
『頑張ってください』
その言葉。
既読のマーク。
『ありがとう!』
そんな、返ってくるメッセージに。
「“僕も”……だよ」
彼女は2つの意味を込め、小さく呟きスマホを閉じる。
その友だちリストを、ほんの少し眺めてから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます