お返し

翌日。

何時もの様に電車に乗って登校。

昨日の夜は、少しボトルシップにのめり込んでしまった。


おかげで少し寝不足である。

勉強に支障が出ない様にしないと……。


「おはよーとーまと☆」

「えっ俺? (耳を疑う)」


「とーまと!」

「えぇ……(困惑)」

「フフッ……」


朝のホームルームギリギリで席に着く。

途端に掛かる二人の声。

ついに俺は草食系を通り越して野菜になったらしい(意味不明)。


「とーまちって本当に超草食系ってカンジだよね☆」

「うん、そうだね(無敵)」

「ふっはははは! 認めるの早すぎ!」

「昨日はグリーンカレー作ったよ、肉の代わりに豆腐入れたりして」


「!? 草食系ってそういう意味じゃない! お、お腹痛いっ、ふはははは!」

「フッ、フフッ……」


「なぜ笑うんだい? 彼のカレーは上手だよ(憑依)」

「ぶふっ、急に誰っ、ふはははははは!」

「दिमाग खराब है क्या(訳:お前は頭がおかしいのか?)」


「ちょっとアンタ大丈夫?」

「っ、静まれ――ッ(解除)……ありがとう。大丈夫」


昨晩のカレー(渾身こんしんの一作)を馬鹿にされたせいで心中のインド人がキレるのを抑えていると。


キーンコーンカーン――


「っ、ツボった……誰なのアレ……! ふははははっ!!」


やがて時間になり席に戻る魔王。

まだ馬鹿笑いしてるの見ると……本当に彼女は沸点が低い。そりゃ話している俺は悪い気がしない。


だが声が大きい。

気付いてるんだ、昨日から間違いなくクラスメイトの視線を浴びている……特に男の。 


うん、今は目を背けよう(現実逃避)。


「……」


そして更に言えば、右斜前方。


「――っ」


どこか鋭い目を向けた、初音さんが視界に映った。

……あれ? 何かマズくないか。

明らかに友好的じゃない感じ――



「――じゃ、ホームルーム始めまーす!」



……ダメだ。

とにかく、昼休みまでには授業に集中しないと。




キーンコーンカーン――


あっと言う間に4限終了。

休憩時間よりも授業の方が短く感じるのは相変わらずだった。


して、磨き上げられたダンスステップ(経験歴二日)により、一早く教室の外へ。

今日は昼飯も自習道具も持ってきた。同じ過ちは繰り返さない。

そのまま中庭へ。吹き抜ける風と緑が俺を包み込む。


ああ――この解放感(不審者出現)。

今日はようやく友達と話せる。

……でも、こういう時どんな風に居れば良いんだ?


「うーん……」


ベンチに座って考える。

こういう時はあくまで自然体で。

キョロキョロしてたら怪しい奴になるから――適当に参考書でも開いておこう。


……。

ああ、数式を解いていると落ち着くね(末期患者)。


「…………」


時々周囲の風景を見て。

時計を見て。

時間が過ぎ去っていくのを確認。


……あれ?

もう二十分経ってるけど。


「……何かあったのかな」


このままだと何故かベンチで勉強してる不審者だぞ。

あっ元からそうだったね。


「どうするか……」


あと十分。

それで彼女達が現れなかったら――


「――っ、はぁ、はぁ……居た」

「え……如月さん?」


「ごめんなさい。今日はちょっと桃が居なくて」

「そう、なんだ」


「……昨日ああ言ったのに、申し訳ないわ」

「大丈夫だよ。何かあったの?」

「な、何でもない」

「そっか。分かった、今日は諦めるよ」


『何でもない』――その言葉の意味を、そのままとらえる程バカじゃない。

きっと何かあったんだ。


「……ごめんなさい」


消え入りそうな彼女の声。

上がったテンション、急転直下。


理由は分からない。

でもきっと、初音さんは俺に会いたくないんだ――


「――! あ、雨が」

「……コレだったらどうせ無理だったね。気にしなくていいよ」

「でも――」

「じゃ」


ぽつぽつと、小さい水滴が虹色の髪に当たる。

都合よく降ってくれた雨に今は感謝を。

冷たいが。


如月さんに背を向け――俺は校舎へ逃げ込む。

今の顔を、見られたくなかったから。




「……図書室行くか」


腹はもう減ってない。

というかご飯を食べたい気分じゃなかった。


今はただ、物語の中に逃げたかったのだ。

現実逃避でもなんでも良い――


――「……今日も来たよ」「ほんと凄い髪色」「意外と成績は良いらしいよ」――


こそこそと聞こえる声を耳に入れない様にしながら、本を探すため本棚へ歩く。

何時もなら気にしないソレが、変に頭の中に響く。


……この髪色だから、初音さんは俺と会いたくないんだろうか。

でも確かに、こんなのと一緒に居たら目立つよな。

当たり前なのに気付けなかった。


……。

本当に、そうなのだろうか。


《――「わたし、いっちと友達になりたい!」――》


だったら――あんな事言うかよ。

ああくそ!!

もう、何も分からない。


「……はぁ」


適当な本を取って、共有の席に座る。

人が集まっていないその席は――もはや定位置だ。


そして。


「……っ」

「!」


今日も彼女は、俺の席の前に座る。

『椛 詩織』。本を開いて……たまに、チラチラとこっちを見ていた。


……椛さんは、こんな俺にどうして一緒に居るんだろうか。

もう偶然とは思えない。

故意だとしたら何なんだ。


「ぅ……」


思わず彼女を見つめてしまった。

小さい声を上げる椛さん。

そして――


「……え」


恥ずかしそうに、小さい正方形の紙を取り出したと思ったら。

何かを書いて――折って滑らせてきて。


『顔色が悪いです 大丈夫ですか』


「っ!?」



初めてだった。

彼女から――それを渡されるのは。


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