虹色の友達
『初音桃』……その自分の名前が書かれた椅子を引いて、席に座る。
今日は、いつもよりも登校が楽しみだった。
新しく出来た友達――いっちと話せるから。
わたしは部活があるから、時間があるとするならまずこの始業開始前。
……でも。
「――要らない事喋っていいよ☆」
「はい?」
「はいじゃねーよテメェ!」
「あっ」
「ふっ、ははははは! とーまち面白ーい!」
朝。
普段なら絶対にない組み合わせで、彼は入って来た。
『柊 莉緒』。
『夢咲 苺』。
その二人は、このクラスだけじゃなく――学年の中で有名だ。
柊さんの方は交友関係の幅が凄い、らしい。バスケ部の先輩からそんなことを聞いた。
生徒会はもちろん、三年の先輩達やOBの人達にも。
なんなら学外でも――とにかく、彼女を敵に回すとヤバい。そんな噂。
そして夢咲さんの方は……とにかく怖い。
美形で可愛いというよりかはカッコいいの方が勝つ。
いつも静かで、かつ周りにとてつもない圧を与えている。
そして――そんな二人はとにかく仲がいい。
混じらなそうな彼女達は、一年の時からずっと一緒。
席が近いのは、彼女達が先生に手を回しているから――なんて噂も流れてたけど。
「……あんなの、話しかけるの無理……」
わたしはあの二人が苦手だ。
そしてその中に居るいっちに飛び込むのはもっとむり!
……自分が話したいのに、どうしてあんなにいっちは彼女達と仲良いの……?
そんなの、先週なんて全く素振りも無かったのに。
「……おはよう桃。大丈夫?」
「! お、おはよ~。うん全然大丈夫、ありがと……」
と思ったらあやのん登場。
その天使っぷりに癒される。
そうだ、二限三限の休み時間なら流石に――
☆
「逆に居ると思う?」
「居ないでしょ! だってずっと一人で勉強してて、面白そうな人って感じじゃなかったし」
「心折れそう」
「ぎゃ、逆ッ、フフッ……」
……。
まっっったく、二人はいっちから離れない。
二限三限ずっと。
楽しそうな笑い声も聞こえてくるし――
「――ね、ねえ桃。本当に大丈夫?」
「う、うん……」
せっかく出来た友達なのに、話すこともたくさんあるのに。
鞄に入ったDVDを渡したいのに。
彼はずっとあの二人に取られたまま。
「彼女、彼女……彼女って何だ……?」
「ふはははは! とーまち壊れちゃった!」
「フッ、ふふ……」
――キーンコーンカーン――
楽しそうな声と、鳴る鐘の音。
心の中がいろんな感情でぐちゃぐちゃになる。
でも、次。
昼休みなら――きっと、中庭に居るはず。
前がそうだったもん。
☆
四限。
苦手な数学で、うつらうつら。
眠気を抑えながら――何とか授業終わり間近。
うう、眠たい。
もうすぐ、もうすぐ……。
キーンコーンカーン――
「それじゃ今日はここまで」
その声と共に力尽きた。
ずさっと机に倒れ伏す。
そして――
「……あ、い、いっち――」
思い出して、その声を発した時には。
「えっ居ない……?」
その、彼の席を見ても。
教室一周をぐるっと見ても。
どこにも、いっちの姿はなくなっていた。
☆
「……うぅ」
「? 桃、やっぱり調子おかしいわよ」
「……何でもない」
「何でもないのにそんな顔する?」
「……うー」
「もう……仕方ないわね」
昼休み。
中庭の二人用ベンチで、あやのんの太ももに頭を預ける。
ああ幸せ。これがバブみってやつなのかな。
……で、結局彼は来なかった。
知ってた。
この流れじゃ絶対来ない。
「そういえば、今日は美術よね」
「……!」
「あら。そんなに楽しみだったの?」
「う、うん」
そうだ。
私達は、六限目の選択科目が美術なのだ。
確かいっちもそう。
そして――あのギャル二人組は音楽。
……行ける。
今度こそいっちと話せる。
そしてようやく、カバンの中のDVDも……!
☆
……なんて、思って迎えた六限。
今度は――
「えっと……」
「っ!」
「ぇ……」
「……どうぞ」
「……!」
大分ギリギリで来たいっち。
そして、もう一人の女の子が彼と同じ席に座った。
……確か椛さん。
図書委員で、ずっと本を読んでいた気がする。
彼女もまた――どこか話しかけにくいオーラがあって、いっちと同じく一人だった。
なのに。
今、いっちと椛さんで二人、異様な空気を纏っている。
無言と思いきや、何かメモみたいなのをいっちが渡して。
それを手を伸ばして受け取る椛さん。
……それだけなら、頑張って中に入れたかもしれないけど。
とにかく、彼女が嬉しそうだったのだ。
いっちがメモを渡す度に、顔を紅くして必死にそれを眺めている。
――あんなの、割って入れるわけない!
「……うう……」
「桃……?」
もう、やだ。
もう、良いや。
自分が居なくても、いっちは沢山仲良い子が居るもんね。
話しかける隙が無いくらい――彼は友達が居るんだもん。
……わたし、自分が嫌いになりそう。
胸の中に、変な感情が沸いてくる。
☆
「ばいばい、あやのん」
「ええ。本当に大丈夫?」
「……うん」
……美術が終わって。
ホームルームが終わって。
教室であやのんと別れて。
心の中が嫌な感じのまま――わたしは部活の着替えに向かった。
そして。
そんなわたしのまま――
「……あ」
「あ」
不意だった。
あれだけ話したかった、彼と偶然居合わせた。
……は、話さなきゃ。
というか渡さなきゃ。
どうしよう、どうし――
「! なっ、なに? 急いでるんだけど」
そう思っていたら、勝手に出るわたしの声。
びっくりするほど低い声。
……え?
わたし、なんで、こんな最低な事言ってるの?
「あ――いや、ごめん。何でもない、ごめんね――――」
冷静になった時にはもう遅い。
いつの間にか、彼は目の前から消えていた。
……なんで。
あんな冷たい声。
分からない――なんで。
「……っ」
鞄の中。
渡し損ねたDVD。
それが、荷物に溺れる様に刺さっていて。
☆
部活終わり。放課後。
あやのんとかのんちゃんに癒やしてもらおうと、そこへ寄った時――
――「それじゃ、また明日」
「うん、ありがとう」――
わたしは……彼があやのんの家から出ていくのを見てしまった。
楽しそうにするいっちの笑顔も。
手を振る、彼に心を許したあやのんの表情も。
全てが――しっかりと見えてしまって。
「結局、いっちもそうだったんだ……っ!」
呟いて、走って逃げる。
沸いてくる黒い感情が、爆発するように心を覆った。
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