悪魔《デビル》


第五限。

月曜日の四、五限は、数学物理と続く事から2-Aの生徒からは月曜の試練と言われている。


六限は比較的楽な選択科目……美術・音楽になるから、余計に試練感がある——らしい。



「重力と万有引力はこの前習ったな? じゃあ今日は位置エネルギーについて——」


「「「……」」」


「おーいまだ始まって5分も経ってねーぞ。起きろお前ら」



いくら進学校といえど、昼飯後&不人気科目となると眠り始めるモノが多い。


だが、俺は違う。

なんたって飯食ってない。つまり眠くならない。


後付け加えるとすれば……。

不人気科目ということはそれだけ平均点も低めであるということ。

1年時、死ぬ程物理を読み込んだおかげで勝ち取った学年5位と言っても良い。


ゆえに。

眠気はゼロ(飯抜きによる生存本能最大)。

気力は無限(次回定期テストのランク保持の為)。

今、教室の中で俺は——“最強”——



「お前ら東町を見習えよ。熱意が違うんだよ熱意が」


「っ!? ど、どうも……」

「とーまち凄ーい! 目がキマっちゃってる!」 

「フフッ」


「……どうも」


「ってわけで進めるぞ〜」


こんな風に先生からお褒めの声を掛けられる事が増えたのも、虹色の髪にしてからだ。

注目されるのって悪い気はしない。


そして、そのたびに物凄い視線を椛さんから向けられているのも分かる。

怖くて見れない。

ごめんなさいごめんなさい。俺なんかが話しかけてごめんなさい(精神崩壊)。


テンションの上がり下がりが半端ない。

お腹減った……。授業頑張ろう。



キーンコーン——


「終わった……」


全気力を物理に注ぎ込んだ。


その甲斐あって、恐らくこの授業がテストに出たらそこだけは満点を取れる気がする。

必死過ぎて途中から先生引いてたけど。この50分だけでノート10ページぐらい使った。

黒板だけでなく、先生の一言一句を全て記録。

練習問題は一瞬で撃破。恐らくゾーンに入っていた(調子に乗る)。脳内が即答を弾き出すこの感覚が堪らない。



「ごはんたべよう(反動によりINT知力値低下)」


「えっ、とーまち今からご飯食べるの」

「うん、そうだよ」


「何そのパン! とーまちってそういうの好きなの? 変だね〜☆」

「うん、そうだよ(天上天下唯我独尊)」


柊さんが突撃してくるが、難なくかわす。


『関西風ジャムパン』。半額セールのカゴの中で奥底に潰されていたソイツは……焼きそばソースがジャム状になっており、肝心のそばはない。

言うなれば、クリームパンの中身がソース味のクリームになっている感じ。

まずい。でも腹減ってるからマシに感じる。


……。


いや無理まっずい!! 俺の中の関西人が怒っとるで(憑依ひょうい)。


「とーまちってリオの事好きだよね?」

「うん、そうだよ——!? ごほっ!!」


突拍子のない質問に咳込んだ(無敵解除)。

本当に彼女は魔王だ。九割は笑い方からだけど。

ぶっちゃけ夢咲さんよりよっぽど厄介である。むしろ彼女の方が優しい。


「やだー☆ うんって言われちゃった!」

「オイ、流石に飯食ってる奴からかうのはやめなって」


しかしそれをヤンキー夢咲さんが注意する。

ね? 

惚れそう(迷惑)。


「え、あ……ごめんね、とーまちと話すの楽しくてつい」

「良いよ(食い気味)」


と思ったら上目使いで謝ってくる柊さん。思わず返す。

何が魔王だ。聖女の間違いだろ。


しかも“とーまちと話すの楽しくて”——とか、聞き間違いじゃないよな?


「と、とーまちチョろすぎ……!」

「……フフッ」


「(無言でパンを食べる)」


騒ぐ2人の声をバックに舌が蹂躙されるソースを楽しむ(まずい)。

なんか扱いが分かってきた。

俺は彼女たちの手のひらの上で踊っていればいいのだ(思考放棄)。



「じゃ、リオ達音楽だから行くね☆」

「……テメー、急いだ方が良いぞ」


その後優しい言葉を受け取ったので、急いで移動。彼女達と違う科目……美術を選んでいた過去の俺は最高だ。


美術室。

その部屋には割り振られた席順とかは無い。


4人用の大きな机が6つ並んでおり、仲の良い者達同士で固まる事が可能である。


何が言いたいかって? ぼっちには地獄ということだ(絶望)。

だからこういう場合はさも遅れてきた感を出して、近くにグループ感の無い席、もしくは近辺に人の居ない席に座る。

つまり——この一番後ろの右端の机だ!

ここなら誰も居ない特等席。“勝った”ね——


「……」

「!?」


なんて思ったら、また彼女は俺の前に現れた。

椛さんである。


《――「ご、ごめん、なさ……っ」――》


おおおおおああああああああ!!(発狂)。


あの時の拒絶――それをしてなおこの机に二人っきり。

キツい。彼女はきっと静かに笑っているんだろう。

この哀れなぼっち陰キャを(被害妄想)。


魔王柊とは別ベクトルで彼女は精神を削ってくる。

言うなれば——“悪魔”か?

悪魔デビル椛さん。うわっ流石に失礼だろ。



「……」

「……」



ひたすら無言。

流石に話しかけようかと思ったが――



《――「ご、ごめん、なさ……っ」――》



あああああああああああ!!(二回目)。

またもや過去の拒絶がフラッシュバックする。

口を開く事を、俺の本能が怖がっている。


「ぅ……」


しかしそんな葛藤を続けていると、かわいい小鳥……いやもっと小さい。

(クソ失礼)のような声が聞こえてくる。


「?」

「……!」


思わず彼女の顔を見た。

長い前髪から、潤んだ目がこちらを覗いていて。


「えっと……」

「っ!」


と思ったら、美術で使う大きなスケッチブックで顔を隠す彼女。

辛い。


「……」


だがそこで、ふと美術で習った絵画の物語が脳裏に現れる。


『ハムレット』。

「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」――この有名な台詞が登場する作品。

コレを一文で説明するとすれば、“復讐がさらなる復讐を引き起こしてしまう、救いようのない悲劇”である。

数々の名画を生み出した、そんなシェイクスピアの不朽の名作が頭に過ぎったのだ。


そうだ、復讐は何も産まない。

例え目の前の彼女が悪魔だったとしても。

手を、差し伸べるんだ。



「ぇ……」

「……どうぞ」



俺はノートの1ページをハサミで切り、シャープペンでこう書いて彼女の方まで滑らせ渡す。


『お隣失礼します』――そんな敬語で(ビビリ)。


「……!」


驚いた表情。

そしてその後少し顔が赤くなる。


……これは、どっちだ?


「っ――」


なんて思っていたら、唐突に筆箱から何かを取り出す彼女。その顔には確かに“”の感情がある(と思う)。


そうだ。この反応はデビルさんじゃない。やっぱり彼女は悪魔なんかじゃない――


「!?」


と、思っていた。

それは嵐の前の静けさというやつだ。

そう。彼女が取り出したのは――『消しゴム』だった。


おかしい(不穏)。

そして当然、それの使い道は唯一つ。



――『消去』である。その俺が書いた一文は、みるみる内に消されていった。



「……っ」



そしてその『空白』をじっと見つめる椛さん。手には鉛筆を握りしめ。

ひたすらに。

まるで、それが忌々しいモノであるかの様に。


えっコレ何かの呪い発動しようとしてる?

俺、消えるのか……(被害妄想最大火力)。



十秒経過。

三十秒経過。

一分経過。



「……」

「……」




チャイムが鳴り、先生が入るまでずっとそのままだった。

なにこれ地獄?

?くごじれこにな(逆再生)。


――そうだ。

まだ授業は終わってない。

この状況、俺が逆転させてみせる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る