二人っきり


「え」

「あッ」


「ののの飲み物奢ろうか(安すぎる賄賂)」

「……フフッ。なんて顔してんの」

「!」


その時。

何時も怖くて見れなかった、彼女の顔をしっかりと見れた。


控えめに笑う夢咲さん。

金髪がクラブの光線を受けて輝くが。

それ以上に、その笑顔が刺さった。


『夢咲苺』。

多分俺は――勝手に彼女の事を誤解していたんだろう。



「おかしいのはアタシじゃん。ココまで来てチキって……」



どこか自己嫌悪を含んだ微笑で、そう呟く。

それに敵意なんてモノは無い。


夢咲さんって、こんな顔もするんだな。


「……踊るの、楽しい?」

「えっと。それは、まあ」


と思ったら問いかけてくる彼女。

実際楽しい。一人で出来るから音ゲーは昔やっていたが、それよりも音楽と一体化してる感覚があって。


「……そっか」

「最初は怖かったし恥ずかしかったけど、周りに見られてるわけじゃないし」

「ふーん……」

「うん」

「……」


フロアまで二人で歩く。

やがて訪れる人の波。揺れる音。

視線を落とす彼女は、何かに迷っている様子だった。


「……ッ」


いや、少し違う。

まるで何か言葉を待っている様な。



《――「おかしいのはアタシじゃん。ココまで来てチキって」――》



さっきの彼女の台詞が答えを示す。


……この勘が外れたら終わりだけど。

女の子から言わせたら多分ダメな気がする。



「夢咲さん」

「な、何だよ」



二年生になって、入学して。席を彼女から離されて。

俺は――初めて彼女へと自分から歩み寄った。




「踊りに行こうか」




その声は、喧騒のクラブ内でもしっかりと響く。

目の前の彼女の反応からして――きっと届いている。



「……は?」



あっ終わった(絶望)。


「……アタシ、ダンスとかは」

「あ、ああ」


終わってなかった(復活)。


「……何?」

「とりあえず、前の方行こうか」

「えっちょ……」

「ココよりあっちの方が居心地良いよ」


さあ行こう。

戸惑う彼女を誘う様に、俺は踊る人の波を抜けて――



《――♪♪》



「!」

「後は、音楽に身を任せるだけ」



前方、音と光が俺達を照らす。

ココに居ると――自然と身体が動きそうになる。


「でも……」

「周りは誰も見てないから」


特に前の方は。

実際自分だけの時間に入り込んでいる人達だらけだ。


俺みたいにステップを気にしてすらない、思い思いに頭を振ってる人も居る。


「そ、そう?」

「うん。迷うのなら、一回身体を動かせば――」


鼓膜に響くその音。

俺は夢咲さんを安心させるように動き始めた。

ゆっくりと。二人っきりの、その空間で。



「――こんな風に」



ドラムのキックに合わせ、脚を小さく蹴る。

リズムを刻みながら、つま先を立てて――


「す、すご……」

「えっ」


普通に関心されてるんですけど(照れ)。

だがここで調子に乗ると痛い目を見るから抑えよう。


派手なダンスは陰キャがバレる(手遅れ)。

そもそも経験値が全く足りてない。

こういう基本のステップしか俺にはできないけど――


「やってみようか。クラブの中だし、あんまり大きな動きは抑えてね」

「……うん」


何時もの教室での立場と逆転しちゃってますよコレ(不審者)。

まさか彼女に何かを教える時が来ようとは。

でも、すぐに化けの皮が剝がれそうだ。


「1、2……良い感じ」

「と、とッ――」


実際動き自体はやってみれば本当に簡単だ。

そして、ソレだけじゃあんまり楽しくない。


本番は――


「あとは、ノってみて」

「……ッ」

「良い感じ」

「う、うんッ――」


音楽のリズムが上がっていく。

ダンスにより身体が揺れて、脳も揺れる。

テンションがぶち上るのは――リズムと一緒になれる、この瞬間だ。



「!」



もう、彼女の中で恥じらいなんて消えていた。

基本のステップなんて無く、自分が一番ノれる動きで身体を動かしている。


……俺も、ちょっと調子に乗ろう。

『チャールストン』――足を上げ、前に後ろに交互に移動。

『ドラムンベース』――かかとを床に打ち付ける。


二つのステップをシャッフルし、迷惑にならない程度に踊った。



《――♪♪》


「――っ」



降り注ぐ光線が、虹色の前髪に移り輝いていく。振っている頭の中は、快楽物質でいっぱいだ。


「……ふぅ」



一呼吸。

ヤバいな、コレハマるぞ。

気持ち良すぎ――



「――ね。キミ一緒に話さない?」

「!?」



なんて思ってたら――背中から声が掛かる。

女性のものだった。


振り返れば、ウェーブのかかった黒髪ロングのお姉さま。見るからに目線が熱い。

一生のうち、一度も向けられた事のないもの。

……え、これ逆ナンされてる? 嘘だろ?


「ふふっ良い色。でも若いよね」

「あ……」

「そんな怯えないで。食べちゃうワケじゃないんだから?」

「……は、はい」

「ふふっ」


胸元が大きく開けた服が近付き――まるで誘うように上目遣い。

ほんの少し、アルコールの甘い匂い。


――動けない。

鼓動がEDMに負けないぐらいにペースを早める。

俺は夢でも見てるのか?



「ホント可愛い。何歳?」

「あっえっ16さ……」


「――ちょっと」



と思ってたら、後ろから刺さる声。

夢咲さんだった。


「ん? あ、連れ持ちかーごめんね。バイバイ」


そして退散していく黒髪の彼女。助かったのか? 

正直興奮より恐怖の方がデカかった。やっぱ陰キャだわ俺(自覚)。


「勝手にどっかいくなよ……ッ」

「ご、ごめん」


癖で謝っちゃったけど。

……その台詞、凄い心臓に来るんですけど。いい意味で。


夢咲さんにとって自分なんてゴミ同然かと思ってたが、今は、どうやら違うらし――



「あっ居た居たー! 苺――えっ!?」

「えっ」



高鳴る鼓動と共に、また現れる声。

そしてそれは、また見知ったものだった。



「とーまち?」







▼作者あとがき

今日も17時頃もう一話投稿します。



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