大怪獣バトル


「……うわっ」


声が出そうになって、口を抑える。

男子トイレに入った瞬間――鏡の前で前髪を触る男が数名。


邪魔すぎる!


「……あ?」

「す、すいません」


ただでさえ洗面台がある通路は狭いのに、おかげで肩がぶつかった。

謝罪を受けた瞬間また鏡に戻る男。


……そんないじくっても大して変わらないって!

口が裂けても言えないけども。


「マジ決まんね~」

「この時間JK多いから最高よな」

「あんまやり過ぎるとスタッフに捕まるぜ」

「ここのセキュリティ、イカツ過ぎだよな~気を付けよ」


用を足した後。

当然、手が洗えない!


この前髪弄り集団のガードが固すぎる。


「……」


「おっ今イイ感じじゃね?」

「来てるわ来てるわ!」

「さっき見た金髪と茶髪のJKレベル高かったよな」


いや決まったんならどけよ!



「おいお前ら邪魔、どけ」


「……あっごめんなさい」

「おい、行くぞ……」


その後。

1分程隠密により存在感を消していると、一人の客が入ってきた。

それもイカツめの。そして当然の様に前髪弄り集団を蹴散らした(言っただけ)。


そのおこぼれに俺は預かれた。手を洗えた。


「……情けねー……」


せっかくテンション高かったのに、己の弱さにテンション↓。

俺って本当にチキンですね。


「ふぅ――」


そしてようやくそこから出る。

長いトイレだった。

次は勇気を出して声を掛けよう――



「……チッ、遅ぇな」

「……」



今度は、女子トイレ前の通路で大男がスタンばってた。

何だあの人……体デカすぎだろ。


というかこんなところで何してるんだ……。


「す、すいませ――」

「ハァ――痛ッ! 何だよテメェ!」


「いや、別に、通ろうとしただけで」

「クソがっ気を付けろや――」


怖いって!

あと天丼は要らないって!


「――あの」


……多分、俺は焦っていた。

何に、なんてことは分からない。

でも。『チキン』な俺のままじゃ、きっとダメだと思ったんだろう。


実際如月さんに名前すら覚えてもらえなかったのはソレが原因だ。

話したとしても挨拶のみ。嫌われるのが嫌――違うな、ただ恥ずかしがっただけだ。


俺は、住民の後押しが無きゃ何も行動を起こせなかった。

だからこそ。

自分から――勇気を出せる様になりたかった。


「あ?」

「そこ居ると、トイレ行く人達の邪魔に――」


「んだとガキがコラ」

「……あぐっ――」


胸倉を掴まれる。近付く顔。

強い酒の臭いが、俺を襲った。



「――あーお兄さんちょっと?」

「チッ次は何――!?」



次に聞こえてきた声は、俺達二人の声じゃなかった。

それを聞いた大男がその方向に向けば、驚いた顔をする。


居たのは一人の男。

筋肉でパツパツになった、『staff』のロゴが入ったシャツを着た彼。


「こっち来いお前」

「あッ嫌、突っかかって来たのはコイツ――」


「――んな訳ねーだろ馬鹿。お前コレで注意何回目だ? 女の子から苦情入りまくってんだよこの出待ち男」

「ち、違うくて」

「テメェ大学に連絡してやろうか」

「すいませんッ、それだけは――」

「黙れ」



怖い。

女子トイレ前で、大怪獣バトルが始まっている。

どっちが優勢かは一目瞭然だけど!



「……と、東町!」


そして。

この混沌空間の中――何故か。


聞きなれた声がした。

女子トイレから現れた金髪の女の子。

紛れもなく夢咲さんだった。


「い、行こ――」

「へ? え? なんで?」


俺の腕を取る彼女。


もう頭が追い付かない!

どういう状況だよ? 夢でも見ているのか?



「ああ『そういう』……ユニコーンの君、行っていいよ。ただ次はねーからな」

「は、はい」

「なっなんで、アイツはオレの――」


「勘違いが一番ダサいぞお前」

「うう……クソッ、何なんだよ――」


察した様なスタッフさんと、絶望したかのような大男を背に。

俺達二人は、そのトイレ前の通りから脱出した。


誰か色々説明してくれ!



「――――ってワケ」

「そういう……」


と思ってたら夢咲さんが解説してくれた。


さっきの大男からナンパされたから、思わずトイレに逃げた彼女。

しかし、彼は夢咲さんをトイレから出たところを捕まえようと待機していた。


そのせいで出られない彼女。

だが俺が大男にぶつかった為、スタッフが出てきて助かったらしい。

もちろんそういう待機行為はNGだろうからスタッフ出動は時間の問題だったけど。


……というか。

俺、彼女と話すの初めてじゃないか?


「……」

「……」


思わぬ遭遇。そう言うしかない。


何話せば良いんだよ……。

彼女からは絶対嫌われてると思ってたし。

というか事実そうだっただろう。


「ごめん。都合良いのは分かってるから」

「えっああ……」


謝られた。

どう反応すればいいのか分からずどもる。


「……こういうトコ来るんだ、東町」

「は、初めてだけど」

「は? なのにあんな踊ってたの?」

「え」

「あッ」


いや、なんで踊ってた事を知ってるんだ?

見られてた? あのヘッタクソなダンスを?


……終わった?


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