変わっていく
「――あやのんの事、好きなの?」
……分からない。
どうして唐突にそんな事を聞くのか。
そして、自らが出すその答えも。
もしその質問が、『如月さんに全く覚えられていない』と知る前だとしたら。
きっと身の程知らずの自分は、間髪入れずに『好きだ』と言えるけど。
「っ……」
安価スレを立ち上げて。
虹色に髪を染めて。
趣味を初めて――公園で、映画館で、図書館で、クラブで、また公園で――何かで心が満たされて。
さっき、如月さんと横で話して。
今。
歩いている俺に問いただせば。
「――今は、違うかな」
そんな答えが、口から出た。
確かに彼女の美貌にはドキドキする。
でも――以前の様な、盲目的な、強いソレではない。
燃えるように、胸を焦がすモノではない。
それ以上に熱くなれるコトを知れた今では。
「い、『今は』ってなに」
「いや、一年の時は確かに好きだったんだけど……一目惚れで、でも」
「全く認知してもらえてなかった、名前すら知られてなかった――でしょ?」
「な、なんで知って……」
すらすらと初音さんは続ける。
まるであの時、俺の事を見ていたかのように。
「良いから。君が髪色を変えたの、あやのんのせいだよね」
「!」
「……恨んでるの?」
「え」
「正直に言ってくれると嬉しいかな」
名前すら覚えられていなかった時、俺の心は壊れてしまった。
その時に、彼女への恋心は……喪失と共に、自身への嫌悪感で上書きされた気がする。
『このままじゃ嫌だ』――掲示板の安価スレを始めたのも、前までの自分ならあり得ないことだった。
変わりたいって、初めて思った。
そして今。色んな趣味に挑戦して、楽しんで――過去の『失恋』がどんどん薄れて消えていった。
そして趣味を見つけて分かる……俺は彼女の事を何も知らなかった。
容姿だけで惚れた、その程度だった。そしてそれで満足していた、知る努力をしなかった。
自分はきっとその程度の……薄い人間だったんだ。名前を覚えられていないのも当然の事だろう。
だから恨むなんて絶対にない。
むしろ、謝らないといけない方だ!
空っぽで魅力無しの俺に勝手に好かれて、勝手に好きじゃなくなって――
「……」
「彼女の事は全く恨んでない。こんな俺が、釣り合う相手じゃない事なんて実感してる」
「ふーん?」
「一応髪を虹色にした事は如月さんが発端だけど、今はこれにして良かったと思ってるし」
「……本当に?」
「うん。だから――俺は感謝してるんだよ」
「へ」
そうだ。
如月さんが居たからなんだ。
俺が、こうして変われたのは。
「……初音さん」
「な、なに?」
夜。
虹色から覗く、その星空を見上げて呟く。
「――間違いないから。それだけは」
過去の恋に敗れた自分と、趣味を見つけて未来を歩こうとしている自分では。
きっと、
「――!」
「な、何か言ってほしいんだけど」
静寂。
その間は、彼女が作ったもので。
「じゃあ……もういいか」と。
小さく呟いて初音さんが言う。
「あやのんが、公園で君の事話してたよ」
「え!?」
「『東町君って面白い人なのね』、だって」
「……な、なんで」
「良かったね?」
脳が、理解を拒んでいた。
そんな事――あり得ないと思っていたから。
彼女が本当にこの俺の事を?
「――ね! いっち!」
そして、初音さんは叫ぶ。
まるで目の前の人物を呼ぶかのように。
「あはは。そんなびっくりしないでよ」
「いや『いっち』って――」
「あだ名だよ。東町君の下って『
「あ、あだ名?」
理解が追い付かない。
あだ名ってなんだっけ――
「わたし、いっちと友達になりたい! だからあだ名決めちゃった~」
「え……」
平然とそう言う彼女に。
俺は、何も返せなくて――
「だって、いっち面白いもん! 嫌なの~?」
「そんなことは……でも」
「じゃ~決まりね。わたしといっちは友達!」
「あ。うん……」
その手を、力なく振り返す。
どうやらすぐそこの家が彼女の家らしく、そのまま駆けて、鍵を開け……扉を開けて。
「ばいばい、いっち! またDVD学校に持ってくるね~!」
バタン、と扉が閉まる。
「……」
今日、二度目の静寂だった。
でも、やけにうるさかった。
まるでこの世界ごと、音を立てて変わっていく様な気がしたから。
「……」
フワフワと。
手に持つ荷物が軽く感じて。
その夜道を、実感がないまま歩いて、歩いて。
「……っ!」
どうにかなってしまいそうで。
歩いて、止まって――駆け出した。
▼作者あとがき
次回で第二章ラスト。
お付き合いいただけると幸いです。
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