「ごめんなさい、かのんが……」

「べ、別に良いよ」


結局、そのまま近くの如月さんの家まで送っていく事になった。


「思ったより遅くなっちゃったし、丁度良かったね~?」

「……でも、東町君の迷惑に――」


「大丈夫です(食い気味)」


「アリ観察は良いのかね〜?」

「別に、今回は買い物ついでにちょっと見るだけだったから」


実際そうである。

そしてさっきから鼓動が収まらない。


何故かいえば、超絶美少女である如月さんが俺の横に並んで歩いているからだ。

多分かのんちゃんが心配だから横に居るだけだろうけど。


ドキドキが収まりません(DT並感)。


「落とさないでよ~?」

「はい」

「あはは、さっきからなんで敬語なの~」


そして前を歩く初音さんがニヤニヤしながら聞いてくる。


緊張してるからだよ!

そう叫びたいが叫べない。

背中には俺の五億倍尊い存在が居るからだ。


ひたすら足元に気を付けながら、かのんちゃんを起こさないよう歩く。

横断歩道が無くてよかった。

ダンスステップで鍛えた足裁きを見せてやろう(ダンス歴一日)。

……。

やっぱり調子乗るのは止めよう(必死)。


心頭滅却しんとうめっきゃく

全神経をこの帰宅に注ぎ込む――!


「東町君は……この前もそうだったけど、カレー好きなの?」


「——そうだよ。今日はインドカレー用のスパイスをね」

「本格的なのね。でもその割に荷物多くないかしら」


「あんまり見ない天然水とか、レアな珈琲とか……気になった売れ残りとか、色々収穫があったから」

「……?」

「趣味なんだ。ちょっとした」

「水が?」

「うん。いつかラベル無しでどれがどれか当てられる様になるために――まだ軟水か硬水かしか分からないけど」

「ふふっ、面白い趣味なのね」

「そうかな。ありがとう、奥が深いよ天然水は」


聞こえてくる声に、あまり意識を向けず答えて歩く。

ちょっと雑になってしまうが仕方ない。


今はかのんちゃんが最優先だ。


「この前の映画も?」

「ああうん。子供向け映画って館内で叫べるんだね。初めて知った」


「私も驚いたわ。叫んでない私達が異端だもの」

「ね。ただ俺は途中叫んでたけど。意外と楽しいよ」


「映画館で叫ぶというのが慣れなさ過ぎて無理かもしれないわ……」

「確かに。普通の映画でも叫ぶ癖が付いたら大変だ――ね、って――」



……あれ?

俺、今誰と話してる?



「ふふっ。そうね」



ふとその声の元に顔を向ける。

口を手で抑えて、静かに笑う彼女。


如月彩乃。

クラス1……いや、多分学年1の美少女。

一目惚れした彼女が。遥か遠くに居る彼女が。


今――俺と、親しげに話している。

直視出来ない。

やっぱり彼女は本当に綺麗だ。

失恋して分かったが――過去の自分は身の程を知らな過ぎる。


「……?」

「ご、ごめん」


集中が途切れ、意識し始めた瞬間――何も言葉が出てこない。

しかし幸運にも、目的地はすぐそこだった様で。


「楽しいお話終わった~? あそこがあやのんのお家でーす!」

「わっ、ちょっと桃」

「……おうち!」

「!?」


初音さんが少し先の一軒家を指さすと、背中の小さい彼女がもぞもぞと動き出す。

どうやら起きた様だ。


「にじいろー!」

「うわっ」

「かのん止めなさい!」


そして目の前にある虹色の物体(俺)を触りまくるかのんちゃん。

それを慌てて止める如月さん。


俺との距離が近い近い近い!


「あはは、いやあ面白いなぁ~」


その様子を、ただ笑って見ている初音さん。

……心臓はもう持ちそうにありません(限界)。



「それじゃ……ありがとう、東町君」

「ばいばーい!」


「ば、ばいばい……」

「また明日ね~」



如月姉妹を玄関前まで送り、手を振る。

かのんちゃんは背中から降りるのが中々名残惜しい様子だった。


こんな陰キャの背中なら永遠に貸してあげたいぐらいだ――




――バタン。

そう音がして、ドアが閉まる。

騒がしかったかのんちゃんが居なくなり、急に静かになる。

周りはもう暗くなって、人通りも少なくなっていた。



「……初音さんはここから近いの?」

「微妙。まっ歩いてこれる範囲だから~」


「そっか」

「うん。外も大分暗いから気を付けてね~?」


手を振る初音さん。

……気を付けるのは彼女だと思うんだけども。


「じゃあね。東町く――」

「――送っていくよ」

「えっ」


もう遅いし、流石にそのまま帰すのはダメだと思う。

そう思った。


「わたし、あやのんじゃないよ?」

「……関係あるかなそれ」


どこか彼女は困惑気味だ。

というか、如月さん達を送ったんだから初音さんも送っていくのが道理じゃないだろうか。


「ふ~ん?」

「なにその顔」

「一緒に並んで帰ったら、低身長がバレるぞ~」

「うっ」


確かに彼女は俺より背が高い(敗北)。


「んじゃ行こっか~?」

「……はい」


ニヤニヤしながら横に並ぶ初音さん。

最初から思ってたけど、彼女は俺をからかう傾向にあるね。

目覚めるぞ(脅迫)。





「――って訳で、原作はかなり良かったよ」

「へぇ~。やっぱり監督がダメだったか」

「バトルシーンなんて本当にないに等しかったね」

「あはは~予想通り」


帰り道。

初音さんと、前見た映画について話しながら歩いている。


「今日は図書館に行ってたんだけど、同じ作者さんの本も凄い面白かった」

「……次は良い監督に出会えると良いねぇ」

「ははは、確かに」


何というか、やっぱり彼女は話しやすい。

俺みたいな陰キャでも柔らかく対応してくれる。


「良かったら本貸そうか?」

「! う、うん。でね、じゃない。だっ、だったらわたしもお返ししたいな~って」

「お返し?」

「わたし、結構映画とかアニメとか、いろいろ見ててさ。ぜひぜひ見せたいのがたくさんあって。どう?」

「それはもちろん見てみたい」


タダでそれらが見れるなら最高だ。

DVD借りるのもバカにならないからな。

もちろん評価もしっかりやります。


「やったー!」

「?」

「だってあやのんはあんまり映画とかアニメ見ないし? 共有したいじゃん~」

「それは分かる」


この前一緒に彼女と映画を見た時は、一人で見た時よりも楽しかった。

それはきっと、お互い感想を言い合えるからだ。


「んふ~」

「……」


上機嫌になる初音さん。

あの時映画館に行かなければ、こうして話す事なんて無かっただろう――



「ね。ちょっといいかな?」



なんて。

そう思っていたら、彼女は不意に立ち止まる。


真剣な顔だった。

俺は、思わず息を飲む。



「——あやのんの事、好きなの?」



そして。

次に聞こえたのはそんな問いだった。

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