マジで?



「……ただいま」



小さな声が、玄関で木霊する。

家に帰ると今日一番の静寂があった。

先程までの、特にクラブでの喧騒がもはや愛おしくなる程の。


控えめに飾った、つるの三兄弟(俺作)が少しそれを紛らわしたが。


「寂し……」


思わず漏れる。


両親は海外で働いている。

妹もそれに付いていったが、高校が決まっていた俺は一人暮らしを決行。

親も快諾してくれて、結構良い所に住まわしてくれた。


未だにこのマンションの一室は慣れない。

だが今の――趣味? のせいでごちゃごちゃした部屋は好きかもしれない。


「……買い物リスト作ろ」


今晩の夕食はカレーです。

本格的なインドカレーね。つまり大量のスパイスが居る。

ただ、一度に使う量なんてたかが知れてるから……また雑品が増えてしまうな。


誰にも怒られないから別に良いんだけど!

もう惣菜そうざい生活からは脱却だ。



「……こんなもんか」


リスト内のスパイスは全て揃った。

後は野菜とかも買えたし、後は帰るだけ——


だったんだが。


「……お」


初めて見る天然水を思わず手に取ったり。


「こんなとこに生きてたとは」


明らかに売れ残り品である、くたびれたカップ焼きそば(チーズケーキ味)をカゴに入れたり。


「これ通販じゃなかったやつだ……」


ちょっとレアなコーヒー豆を見つけたりして。



「思ったよりいった……」


買い物袋の中は想定より2倍程多くなった。

カレーの材料だけ買いに来たはずなのに!


「……」


でも。

そうして無駄な買い物をしていると、さっきまでの寂しさは消えていた。


この二日間で思ったことがある。

『趣味』なんて、軽い気持ちで始めていいんだ。


「っぶな」


横断歩道、白の所だけ歩きながらそう思う。

これは趣味と言えるのか分からないが――大事なのは楽しむ事である。


長い長いこの土日も、もう日が暮れてしまう。

悲しい。


……いいや。

また、来週も再来週もこの休みは続いていくんだ。

それがとても嬉しい事の様に思える。


こんなこと、今まで思うことなんて無かったのに。

さっきから。

何かが、疼いて、仕方ない――


「あっ、そういやアリの巣――」


スーパーの帰り、公園でアリの巣を見つけなくてはならない。

普通に通り過ぎるところだった。


危ない危ない――



「――にじいろのおにいちゃん!」

「!?」



なんて、公園の入り口で立ち止まった時。

聞こえてきたのは、覚えのある子供の声だった。


「ぐうぜん!」

「うおっ……え? え?」


駆け寄ってくる彼女。


理解が追い付かない。

いや、かのんちゃんだよな?


って事は――


「わっ! わ~! また会った~」

「こんばんは」


如月さんと初音さん。

当然の様に二人が居た。


気のせいか、初音さんの反応が大きい。


「ど、どうも……?」


日曜の夕方。

また、思わぬ遭遇だった。





「ま、今から帰るとこなんだけどね~」

「そうだったんだ」


「ごめんなさいね、かのんが」

「わーわー!」

「べ、別に良いよ」


かのんちゃんを胸に抱えて、如月さんが謝る。


「……で、何しに公園に? そんな荷物持って、鉄棒とかじゃないでしょ~?」

「あーちょっとアリを……捕まえるために見ようかなって。視察みたいな」


「?」

「……?」

「ありさん!」


同級生の二人は頭を傾げる。もう一人は……うん。

そりゃそんな反応になるよな。

でも、おふざけではない。これは趣味だ(ドヤ顔)。


……でも公園をひたすら観察するところを見られてると、緊張で心臓おかしくなりそうだし助かったな。

ちょうど帰るところだったんなら助かった――


「――ほんと~?」

「え」



初音さんがイタズラな笑みを浮かべる。

このままでは俺がクラスメイト二人のストーカーみたいになっちゃうぞ(RIP)。


良かろうならば見せてやろう、このアリ飼育キット2999円を。

スマホ、ア○ゾンの購入履歴を初音さんに見せる。


「……これ、アリ飼育キット」

「うわ~!」


液晶のソレを見ると、大げさに反応する彼女。

引かれるとそれはそれで辛い。


ただ、アリの飼育はかなり奥が深い。

まず女王アリを捕まえなくてはならないが、それがまず大変だ。

色々方法はあるが……とにかくアリの巣が多い場所を探す事から始めなくてはならない。


「五月だから。結婚飛行って言ってね、交尾が終わった女王アリが地面に下りてくるんだ」

「……はぇ~」

「……」


「その降りてきた女王アリを捕まえてもいいんだけど、巣の中に居るメスのアリを捕まえる方法もあるから、この公園で巣があるかな……って思って、見に来たんです、はい……(早口)」


喋ってて違和感しかなかった。

クラスの女子二人に何を話しているんだろうか。

冷静に考えておかしい人だよこれ。


「アリさんココ居るよ~!!」

「!」


さっきから静かだった、かのんちゃんがアリの行列を見つけて地面に蹲っていた。

……天使かな?(嬉死)。


助けを求める様にそこへ向かう。

見れば、せっせと穴の中にアリ達が餌を運んでいた。


「お……完全にアリの巣だね」

「やったー! ほめてー!」


子供ってのは、本当に素直だと思う。

だからこそ眩しい。


「ありがとう。凄いよかのんちゃんは」

「わー!」


アリの巣を前に、二人で屈んでいると――不意に彼女が立ち上がる。

そして、背中への衝撃。手が首に回っていく。


「おんぶ!」

「えっ」


「ちょ、かのん!」

「あはは~、まあ良いんじゃない?」


「にじいろ!」

「……ど、どうすれば良いでしょうか」


思わず敬語になる。

超絶美少女の妹さんを背中に俺は背負っている。


……立ったまま死ねばいいですか?(弁慶並感)。


「このまま帰っちゃえ~!」

「いやいや駄目よ――って」

「え?」


「あ、かのん、まさか……」

「……すぅ……」


背中。小さな彼女は既に寝息を立てていた。

……マジで?


マジで?

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