一人っきり


 会員登録した時にチラッと見たから分かるんだが。

このクラブは三階建てで、それぞれのフロアによって音楽のジャンルが違う。

ま、違うと言われても俺にはどれがどれか分からない。


しかし今。

向こうから漏れ聞こえてくる音楽は、多分EDM(エレクトロニック・ダンス・ミュージック)ってやつだ。重低音が特徴的なそれ。


もう、今が昼なんて事は忘れていた。

夜中。初めて夜更かしをした時の様なフワフワとした感覚。

通路を歩いて、音がどんどんと大きくなって。

それを抜ければ――



「――っ!」



上から刺す様な光線と、流れる爆音で思わず怯む。

恐らく百人は居る大きなホールに、横には大量の酒っぽいのが並んでいるカウンター。


明らかに俺の人生とは関わりのなかったその場所。


「おっ久しぶり~! 今日はえらい早いな」

「はい……?」


ホールに入って呆然としていると、唐突に肩を叩かれる。

そう声を掛けられあっという間にどこかへ行ってしまう見知らぬ男。


「誰だよ……」


《――♪》


そんな突っ込みも、大音量の音楽がかき消してしまっていて。

前方にはひたすらに踊る人達。

そして今俺が立ち尽くす、このフロア後方では。


「――でさ〜」

「そうなんだ……あっハヤト君〜待ってたー!」

「チッ……連れいるのかよ」


男女二人がカウンターテーブルで話していたと思ったら、急に女性が振り返って後方の男に向かう。取り残され舌打ちする男。


「……」


壁際に張り付いて、ただただ周囲を舐め回す様に眺める怪しい男性。

あっ目が合った……。


「ッ――何もやってねえだろうが!!」

「もう注意2回目なんすよ。あんた出禁」


と思ったら、横では大柄な男が暴れる少年の腕を固めて連れ出している。

これ本当に高校生入って大丈夫なんですかね(不安)。


「――ね、良いじゃん。まだ昼だし変な所行かないって」

「えーどうしよっかな」


「今一人?」

「連れ待ちだけど」


そして周囲にはナンパの現場ばかり。


頭がおかしくなりそうだ。

ここは本当に異界らしい。


「……行こう」


別に俺はナンパをしたいわけじゃない。

というか、さっきからNOOB初めて丸出しだ。悪目立ちしている気がする。


覚悟を決めよう。これならきっと進んだ方が良い。

もし笑われたらスレのネタにすれば良い。

住民ならきっと笑ってくれる。だから大丈夫だ。


さあ、踊ってやろうじゃないか――!



「っ」



俺は、その踊る人達の居るフロア前方へ飛び込んだ。

その世界の中心へ――



《――♪♪♪》



爆音で鼓膜が大きく震える。

虹色の前髪に、上から光線が横切る。

ビートが脳を揺らし――何かがチカチカと生まれていく。


そんな気がして。

朝、練習したダンスステップ。

開いた指南書の1ページには、確かにこう書かれていた。


『リズムとはダンスにおける核となるもの』

『リズムに乗れば、ダンスは一気に楽しくなる』

『まずは楽しむ努力をしよう』


嫌でも耳に届くそのEDM。

頭も四肢も。身体全てに、動けと指示されているような――そんな感覚。


だから、俺は導かれるよう踊った。

小さく足を動かすだけの、基本のステップを。


「っ――」


――今までの人生で何回も踊る機会はあった。

小学生、中学生、高校に入ってからも。

運動会はもちろん。体育の授業のプログラムで、今ではダンスは必須科目だ。


そしてダンスは、一人でやるものじゃない。

集団の中で一人が下手くそであれば、思いっきり目立つ。

それが嫌で、俺は踊る機会がある度に家でもずっと練習していた。



「!」



でも。

今踊っているダンスは、何もかも違う。


一人っきり。

周りと合わせる必要なんてない――決められた振り付けもない。

ただ。



“その音楽と、一体化する様に”。



きっと今。

脳内には、快楽物質ドーパミンがなだれ込んでいる。


『楽しい』。


体を包み込む音楽と、一緒に踊る。

朝のただただ動きを学んでいただけのソレと違う。

これまでの人生の、集団を気にして機械の様に動くだけのソレとは。

楽しむなんて、微塵も考えられなかったソレとは。



「――っ」



流れる音に身を任せる。

そのまま、一つの曲が途切れるまで踊り続けた。



多分20分ぐらい踊っていた。一つとは何だったのか。

前のDJが『繋ぐ』のが巧すぎるせいで、中々終わりが分からなかったのだ。


おかげで喉がカラカラ。

緊張×運動でとんでもない砂漠が出来ている。

ナイアガラへ突っ込むぞ!


「み、水下さい」

「ん? 500円な」

「お願いします」


高い。

ちなみにクラブ内は持ち込み厳禁である。

それが水でも、ここで買うしかない。


「……若いね。高校生?」

「は、はい」

「ふーん、まっ女じゃねーし平気か」

「はぁ……」

「なんかあったら直ぐ俺と同じ服着てる奴に言えよ、はい水」

「とっ……ありがとうございます」

「メンヘラ女に凸られたら『トイレ行ってきます』で脱出だ、覚えとけ」

「は、はい。覚えておきます」

「おう!」


押すように渡されたコップ。

乱暴だが多分良い人だ。


「……っはあ!」


ちょっと歩いてその水を喉に流し込む。

……うん、これは軟水!

多分いろ○す(利き天然水検定10級)。


「……」


今度は尿意が。

俺の身体、落ち着いた瞬間に色々求めてくるな……。


トイレ行こう。

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