七色の彼
本が好きだ。
そして本屋の店員さんは、憧れの職業でもあった。
バイトだけど。本の為と思えたら、苦手な接客も重い品出しも頑張れる。
でも、やっぱり。
欲しているのは人からの温もりでもあって。
「うん。ありがとう」
「仕事頑張ってね」
我ながら単純だと思う。
その言葉だけで、僕はこのバイトをしていて良かったと思った。
そして同時に、彼への印象は反転したのだ。
☆
『東町一』君。
僕はよく彼を知っている。
クラスメイトでもあるし、昼休みの図書室の受付をやっている時にいつも自習机で勉強していた。
なにより……僕と同じ『一人』で居る事がほとんどだった。
だから失礼だけど、勝手ながら心の底では仲間だと思っていた。
それが――昨日、あの髪色になった彼を見て。隣席の派手な彼女達と話し始めたのを見て。
『あ、もう、僕とは違うんだ……』――なんて思った。
そして昨日。
偶然バイト中、本を抱えた彼と出会って。
声を掛けられた。
優しい声だった。
それだけで、心が一気に軽くなった。
バイトが終わっても、ずっとそのお礼の言葉が響いていた。
きっと彼からすれば――些細な事だろうけど。
僕にとっては、とても大きいもので。
☆
そして今日、彼に出会った。
日曜日はいつもこの場所に来る。
本に囲まれたここが好きだから。
「……」
思わぬ遭遇だった。
彼はそこで勉強を続けていた。
使い古された木の机へ座り、輝く虹色の髪に手を当て悩んでいる。
ミスマッチなその光景。
でも、不思議と僕にはしっくり来た。
ずっと図書室に通っていた彼を知っているからだろうか?
……そして僕は、バレない程度に彼の近くの席に座った。
なんとなく。
理由なんてない。
☆
「……」
しばらくして、彼は一つの本を取る。
確か最近映画化もした作者のものだ。僕は本にしか興味ないから見てないけど。
……その列、僕全部読んだんだよね。
話したいな。
話したい。話したい。
でも……無理だ。
僕、さっきから本も読まずに何考えてるんだろ……。
「古書の方も……」
「ぁ」
僕の混濁した思考をよそに、小さく呟いて彼は席を立つ。
ちょ、ちょっと待って……!
☆
「……」
どういう好みか分からないけど、急にジャンルを変えて古書のコーナーに彼は移動した。
手に取ったその本は、僕も読んだ事が無い。
「あ……」
ちらちらと棚から見ていると、彼はそう小さく呟いた。
そして――優しく、撫でる様にページを捲る。
繰り返し。その本を、傷付けないように。
大事に大事に読み進めてく。
ゆっくりと――遥か昔のその文字を。
「……っ」
そんな、ミスマッチなはずのその光景。
不思議と目を惹きつけられた。
また僕は彼の近くに座った。
なんとなく、だ。
理由なんてきっとない。
☆
また時間が立って。
「……ん?」
本を読み終えたのか、息を付いて立ち上がる彼。
そして何かを見つけた様で……小走りで棚の反対側に向かう。
ま、待って。
「……あーあ」
影から覗くと、彼はその落ちていた本を拾い上げた様だ。
見ればかなり破損してしまっている。
え? も、持っていくの?
☆
「どうか、されました?」
「コレ落ちてたんですけど……背中がやられちゃってて。流石にこのまま戻すのはダメかなと」
彼は疑われる事なんて気にせず、その本を差し出した。
虹色の髪を見て驚いていた職員の人の反応など、もう気にしてすらいない。
「――うん。これぐらいなら大丈夫です。すぐに治せます、一日あれば元通りですね」
「あ、そうですか……良かった」
「悪化する前に見つけて頂いて助かりました!」
「いえいえ。それじゃ、お願いします」
ホッとした様子の彼。頭を下げて、そのまま行ってしまった。
……。
僕は、何をやってるんだろう。
《――「あ、そうですか……良かった」――》
その安堵の声。
彼は、本当に本を大事に思っている。
そんな君と、僕は。
《――「うん。ありがとう」――》
……ああ。
今になって。後悔の声が心で湧き上がる。
自分が彼の近くに座っていたのは。
なんとなく、じゃない。
きっと彼に気付かれて、話しかけて貰いたかったんだ。
『その作者さんは、シリーズものが特に面白いんだよ』とか。
『昔の本って、意外と過激だったりするんだよね』とか――そんな話を、東町君としたかったんだ。
「……友達に、なりたい……」
そう、勝手に呟く程に。僕はそれを求めている。
本を愛する者同士で語り合いたい。
本を大事にする人に、悪い人なんて居ないだろうから。
だから今度は。
今度はもっと強く東町君に視線を送ろう。
それならもしかしたら話しかけてくれるかも……なんて。
今は、これが精いっぱい。
七色に光る彼に対して、僕はまだまだ光れぬままだ――
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