虹色の不審者②



そして、ついさっき。

あやのんと無理矢理別れて――チケット会場で張り込んだ。



――「はぁ……外だ」――



そう呟く、ゾンビの様な顔の彼。

わたしは結構映画が好きだから、会場にも足を運ぶ。


だから『アレ』の評判は良く知ってる。

ネットで言われる様な『Z』級映画だ。


……彼の事が分からない。

幼児向け映画にZ級映画。その二つに飛び込んでいく意味が。

だから――わたしはそのまま、彼をつけた。


喫茶店にも入った。

そして。





「……ッ、出来た」



カウンター席、ひたすらノートに書き込んでは、スマホに何か打ち込んでいる。

怪しい。あやのん観察日誌かも――



「――どこ行くの~?」

「え˝」


本当にびっくりした様子で、彼は固まる。

良かった。気付いていなかったみたいだ。



「えーっと。ついさっきだけど~」

「そっか、良かった」

「『良かった』?」


「あ˝」

「何か良からぬ事書いてるの?」

「……別に見てもいいよ」



怪しいそのノートを、彼は手渡す。

さっきはあんなに隠したがっていたのに……またわからなくなった。


「? どれどれ……なにこれ?」

「さっきの映画のシナリオをまとめてたやつ。あっネタバレ――」

「……へぇ。どうせアレは見ないし良いよ~」

「そっか」



……正直気になってた映画だけど。

『こんな映画』を一緒に見る人なんて居る訳ないし、別に良かった。



して、そのノートを広げてみれば。



〈ページ1・あらすじ〉



【序盤】


説明は無し。

唐突に主人公が宇宙地図にあるサメ星(なぜその名前を知っているのか不明)に宇宙船から落下。

地べたを匍匐前進するサメの被り物をした集団が彼へと襲い掛かる。

被り物のトサカ部分による突進を光った謎の剣(多分ライ○セーバーのパクリ)で応戦、勝利。



【中盤】


サメ星の女王様と恋に落ち、主人公は母星である地球へと一緒に帰ろうと言う(ここで主人公がようやく地球の人類と判明)。

しかし、サメ星の王は極悪非道らしくそうなると地球に侵略してくるらしい(ここでサメ星が地球の近くだと判明)。

一生ココで暮らそうと提案するサメ星の女王。葛藤する主人公。ココは結構見ごたえがあった。女王も声は良い。顔はサメ。



【終盤】


結果主人公は女王と地球に帰る事を選ぶ。


地球とサメ星が政治的に衝突。

地球視点に切り替わり、本格的にサメ星対地球人となる。


が、予算の都合かすべて何かの文書により説明される。

最終的に主人公がサメ星の王を説得して和平&友好条約を結びつける。


だが実は女王が黒幕で、サメ星と地球もろとも支配するつもりだった。

それに気付いたサメ星の王が、女王へ突撃、爆発(?)してやっつける。

サメらしく頭から突っ込んでいく様は見応えあり。


終わり。サメ星の後の事は知らない。

よくある観客の想像にお任せエンドだろう。



〈ページ2・登場人物紹介〉


主人公――名前不明。呼ばれる時はすべて『地球人』。

終盤はそれのせいでよくわからなくなる(地球との戦争が始まる為)。


以下サメ星人


サメ星の女王――ヒロイン。ちょっと可愛いピンク色のトサカ(選ばれた、王族の血筋の者はそうなる)(補足:冒頭で説明)。

サメ星の王――サメ星の王。それ以外に特徴がない、ちなみにピンク色のトサカではない。恐らく設定忘れ。

サメ星の住人――大量のモブ。ピンク色のトサカが混じっている事があるが特に物語には――――




「――ッ」



数ページ読んで頭痛がした。

でも、それは確かに――彼が記したモノ。


「まあ、奥が深い映画だったね」

「深すぎるよ!」


諦めた様に笑う彼。

こんなノート、生半可な集中力が無いと書けない。

かつ、映画への『熱意』がないとダメだ。


「じゃ、俺そろそろ上映時間だから」

「まだ見るの!?」

「うん。×□の実写映画」

「え、それネットで凄い叩かれてるやつじゃ」

「そうだね」


涼しい顔になったと思えば、そう言う彼。

もう分からない。


でも――



「じゃ」

「わ、わたしも行く!」

「正気ですか?」



正気じゃない。

そう思った、けれどわたしはそう言った。


この映画館は幅広い商品を取り扱っている。

加えて世間では『地雷』と評される映画も、海を超えてやってくる。


それの最たる例が彼が記録した『サメ星人』だ。

……海外あっちでは何故か受けてるらしいけど。



「本当に買ったんだ」

「きみも買ってるのに何言ってるの〜?」


「俺はその、この映画をレビューする目的があるから」

「なんで?」


「まあ、色々と……」

「なにそれ」


「初音さんは何で?」

「! ひみつ〜」



理由は単純。

『こんな映画』を見れる人なんて、まったく居ないから。


わたしにとって、映画は皆で見るものだ。

家族でも友達でも、見終わったあとに感想を共有する瞬間が一番好き。


そして――『こんな映画』は、見ようとする人が全く居ない。


……正直、ちょっと興味はあった。

でも見終わったあと――恐らく『面白くない』であろう、その映画を見たあと。

感想を話し合える人が居なければ、ずっとその悶々を抱えることになるのだ。


SNSの共有はちょっと力が弱いし……。



――《まもなく◇◆の上映時間10分前です――》



「――やば、行かないと」


「うん!」



ぶっちゃけ知り合いなら誰でも良かった。

例え突如現れたあやのんの被害者であっても。


そう。

『こんな映画』を見る者がまず希少。

そんな軽い気持ちで、わたしは彼に付いていった――







はず、だったのに。



「初音さんが良いのなら。ぜひお願いしたいね」

「もちろん! じゃあまた持ってくるね~! ばいばーい~!」



そう手を振って彼と別れて。

帰るのに駅まで歩いて。

電車に乗って――やがて家に着いて。



「っ……」



身体がぶるぶると震える。



「た、楽しかったぁ〜……」



思わずそう呟いてしまう程に。

彼との時間は心踊った。


二人で、地獄とも思えるあの映画へ感想という名のツッコミを浴びせ続けるのが楽しかった。

東町君は全くわたしに引かずに応じてくれる。それどころか逆に盛り上がった。



「……」



何より。

あの、映画に対する本気の目が印象的だった。

帰りに原作小説も買うって言ってたし。当然の様に○×キュアの映画でも語り合えたし。


全てにおいて本気で――情熱があった。

そんな人と話していて、楽しくない訳がない。

わたしも、映画が大好きなのだから。



「ご飯も美味しかったし……」



余りにも感想戦がしたくて意地悪しちゃったけど、凄い良い所に連れてってくれたし。


……。


でも。



《――「ごめんなさい、東町君……見る前に邪魔しちゃって。時間は大丈夫かしら?」――》

《――「!」――》



あの時、彼の反応は非常に分かりやすかった。

というかずっと目を背けてたし。話す度にオドオドしてたし。

破壊力抜群のあやのんの私服姿だし、仕方がないけれども。


分かりやすかった。

……多分、あやのんのこと好きなんだよね。ただ――



《――「ぐ、偶然だね」――》

《――「ごめんなさい……貴方誰かしら?」――》



あの時の彼とは、また違う雰囲気に見えた。

髪色が違うだけ? いやもっと何か、根本的な……。



「うぅ」



どうしよう。

彼があやのんの事を好きなら、わたしは彼と友達になりたくはない。


……だって。

どうしても、昔の男友達“だった”者達を思い出してしまうから。



《――「如月さんの連絡先教えてくれね?」――》


《――「如月さん休日何してるの?」――》


《――「彼氏いるか如月さんに聞いてよ」――》



「……はぁ」



思い返す。

わたしに声を掛けてきて、仲良くなろうとしてくる男は全員“彼女”の事ばかり。

会話も、休日に遊ぶのも……全てがあやのんの情報を聞き出す為のモノ。


もし彼もそうだったら? わたしと話す事が全て、彼女と親密になるための手段だとしたら?


……嫌だ。

わたし、軽い人間不信かもしれない。



「でも〜……なぁ」



もしあの熱量で、わたしの好きなモノで語り合えたらなんて。

そう考えてしまうのだ。


仲良くなりたい。

そして、もっと創作物について話したい。

映画だけじゃない。漫画も、アニメも。


「……同じ地域に住んでるっぽいし」


呟く。

日曜、朝に鉄棒をしていた彼。

もしかしたらまた、公園に居るかもしれない。



「会ったらまた話そ~、うん……」



少しだけ鼓動が高鳴る。

久しぶりに、男の子と友達として――仲良くなりたいと思えた。

その相手はかなり変わっているけれども。


虹色頭だし。

それはあんまり問題じゃないけど。



「あやのんの事、好きじゃなかったら良いなぁ……」



息を吐き、そう呟いた。

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