対面


逃げるようにスクリーン会場を後にして。

何食わぬ顔で、俺はもう一度チケットを買いに券売機に並ぶ。

今日も良い天気だ(室内)。


「……えっとサメサメ……誰もいない」


悲しいかな、空いた席が5分の4を占めている。

こういうのって夏場にやるから受けるのに。

こんな時期にやってもな。



《1800円になります》


「……よし」



出てきたチケットを受け取る。

ま、安価で決まった事だから仕方ない。

悔いはないぞ。1800円あれば出来る事リストが浮かんで来てるが悔いはない。

2時間あれば出来る事リストが(以下省略)。


というか。そろそろ――



「――じゃあ帰ろっか~」

「うん!」

「ごめんね桃。付き合ってもらって」


「いえいえ、あやのんは機械音痴だからね~チケットの買い方分からないなんて思わなかったよ~」

「ちょ、恥ずかしいからやめて……」



会場から出てくる三人。

どうする? 話しかけるか……?


――「貴方誰かしら?」――



「ぐっ……」



瞬間。

過去の彼女の声が、ナイフとなって突き刺さる。


――でも。

もう昔の自分じゃない。

俺は変わったんだ。


虹色の髪に、趣味は20個あるんだぞ(予定)。

自信を持て東町一。

クラスメイトに挨拶なんて朝飯前。



「おっ? あ、き、奇遇だね」


「「……?」」

「どうも~」



あくまで偶然を装って。

俺は、彼女達に声を掛けた。


「朝ぶりだね~?」

「ははは、ああ……こんにちは、初音さん。それに如月さんも――」


「……にじいろ!」

「えっ」


「ちょ、ちょっと――かのん!」

「にじいろ! きれい!」

「あ、ありがとう……わっ、ちょ――」


小さい如月さん……かのんちゃんが、両手を上げて俺の頭を指さしていた。

近くで見たいのかな? なんて思ったから、しゃがんだら揉みくちゃにされた。ちっさい手で。


……これどうすれば良いの?


「に、にじいろー!!」

「――よっ! ごめんね東町君、かのんちゃん元気だから」

「本当にごめんなさい……」


と思ったら初音さんがかのんちゃんを抱き上げて話した。


そして隣には申し訳なさそうな如月さん。

……反応難しくない?


「別に良いよ」


満面の笑みだと、子供に触られて喜んでいる変態みたいになってしまいそうだから、あくまで静かな笑み(激キモ)でそう返した。

ワックス付けてなくてよかったな。陰キャで良かった。



「で――東町君は、何か見てたの~?」

「え?」

「あ、見る前だったかな~?」



初音さんからの純粋な質問。

そりゃそうだ。

彼女達からすれば、前か後かなんて分からない。


そうだとしても、冷や汗が背中を流れる。

嘘を付いてもバレやしない。

ここは次のサメ映画の話題でも――



「ごめんなさい、『東町』君……見る前に邪魔しちゃって。時間は大丈夫かしら?」

「――!」




きっと、それは何でもない会話だ。

でも今――如月さんが、俺の名前を言ってくれた。



――「貴方、誰かしら?」――



あの時とは違う。

俺を、覚えていてくれたんだ。


嬉しい。そして……嘘を付きたくない。

例え引かれるとしても。


誠実で居たい――そう思った。


「実はさっき、○×キュア見てたんだ」

「え」

「え、何で自分から――」


「――にじいろ!」


固まる二人には視線を向けるのが怖かった。

そして目を離した隙に、初音さんの腕の中から逃げ出したかのんちゃんがこっちに来る。

そんな俺も二人の視線から逃げるように屈んで、小さい彼女に声を掛けた。


子供にはあまり緊張しない。

だからこっちに逃げよう……。


「面白かったね○×キュア」

「○×キュアー!」

「みんな頑張ってたね」

「ね!」

「途中ハラハラしたね」

「こわかった!」

「最後のご飯食べるところエモかったね」

「……えも?」



息の合う俺達は感想戦へと移行。

でも……どうするんだよこの状況。




「――あ、か、かのん! 帰るわよ」

「えー!?」



あ、今度は如月さんがかのんちゃんを抱き上げた。

助かった。まあ俺は50時間ぐらい○×キュアで語れるけどね(魅入られた者)。



「あ。俺、そろそろ次の映画見に行かないと!」

「「え」」

「それじゃ。えっと、かのんちゃんに初音さん、き、如月さん」

「ばいばーい!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る