正気なんかじゃいられない
「ッ……はぁ……」
苦しい。
胸が、何かに締め付けられた様な感覚だった。
土曜日の昼間。
人が多いはずのこの時間帯に、観客は恐らく十数人。
目の前のスクリーンには、お粗末なサメの被り物をした俳優同士が剣で戦っている。
ポスターにあった立派なサメは、ラストシーンまで出て来ない、サメ星人なのにどうして普通に地球人の言語が通じているのか。設定もめちゃくちゃだ。
後チラチラ見えてるんだよ被り物の下が! 学芸会じゃないんだぞ! いや学芸会に失礼か――
――ドガーン!
《——END——》
最後は強引な爆発によって終了。
エンドロールの曲だけは良かった。
終わり良ければ全て良しなんて言うが、この場合は許容量を百倍程超えてしまっている。
「ぐぅ……」
苦しい。
映画評論をするにあたり、1秒たりともそのスクリーンから目を放してはいけない。
日々の勉学のせいか、集中力だけは自信があった。それでもコレは辛かった。
「はぁ……外か」
スクリーン会場から出て、チケット売り場に出る。
解放的だった。新鮮な空気を吸いながら、俺はエスカレーターで下っていく。
あの地獄が頭から拒絶される前に——書き記さないと。そのレビューを。
☆
喫茶店。
記憶を頼りにノートにぐちゃぐちゃに書き込んでから、まとまったらスマホのメモアプリに記していく。
「……ッ、出来た」
日々の勉強が、いかに楽がどうか思い知った。
レビューってのは、自分に対してのモノじゃない。誰かに伝えるためのモノだ。
そしてまた、勉強の様に正解が存在しない。
ぼっちの俺には、『人に伝える』力がこんなにも無いという事が今更分かった。
そして映画評価という趣味を見つけられて良かった。
きっとコレは、いつか友達ができた時とか――人に説明する時に役立つ。言わばコミュニケーション能力の向上と言えるだろう。
「とか思わなきゃやってらんねー……」
途中何度も冷静になりかけたが、決めた事だから頑張った。
スマホの右上、時刻は既に13:50。
上映開始は14:10。
次の実写化映画のチケット? 既に購入済みだ(覚 悟 完 了)。
「さぁ行くか……“地獄”へ――」
「どこ行くの~?」
「え˝」
立ち上がった瞬間、横からそんな声が聞こえた。
なんで居るんだ――
「初音、さん」
「そんな驚かなくても」
マジで心臓に悪い。
何時から居たんだ? 見られてた?
「えーっと。ついさっきだけど~」
「そっか、良かった」
「『良かった』?」
「あ˝」
「何か良からぬ事書いてるの?」
「……別に見てもいいよ」
よく考えたら、サメ映画の鑑賞記録なんて見られても別に良かったな。
変に捉えられたら嫌だし見せてもいいか。
既に幼児向け映画を嗜んでいた男だ……サメ映画で引かれることもない。
「? どれどれ……なにこれ?」
「さっきの映画のシナリオをまとめてたやつ。あっネタバレ――」
「……へぇ。どうせアレは見ないし良いよ~」
「そ、そっか」
☆
「あたま、いたくなってきた……サメ星人の図なのになんで頭以外全部に人間なの? 間違ってない?」
「羅列してる伏線はどこに行ったの?」
「まず主人公は何でサメ星に来たの? 説明が無いよ? そもそもこの世界の地球はどんな状況――」
ページをペラペラと捲る彼女。
まるで呪われた魔導書でも読んだように、顔色が悪くなっていく。
何も知らない人がこのノートを開いたなら、一ページ毎にSAN値が下がっていくに違いない(狂人並感)。
「まあ、奥が深い映画だったね」
「深すぎるよ!」
ヤバい、ちょっと嬉しい。
自分なりに纏めたやつだけど、あの映画の狂気を共有出来た。
ありがとうサメ星人。DVDが出たら購入して再度レビューしよう。
「じゃ、俺そろそろ上映時間だから」
「まだ見るの!?」
「うん。×□の実写映画」
「え、それネットで凄い叩かれてるやつじゃ」
「そうだね」
おかげで色々(SAN値含め)回復したし。
気合入った。次はもっと良いレビューをしないとな。
「じゃ――」
「わ、わたしも行く!」
「正気ですか?」
正気ですか?
☆
痛い。苦しい。恥ずかしい。
身体が拒絶反応を起こし手元のコーラの味はしない。
毒沼に腕まで沈んで――この密室からは逃げられない。
『オマエウラギタン』
「うっ……」
別に俳優が悪いわけじゃない。
でも、無理やりアメリカ人へ日本語を喋らせるのは良くない。
なんでコレでGOサインを出した?
「ぁ……あ……」
横から聞こえる小さな呻き声はスルーした。
俺にはこの映画を鑑賞する義務がある(別にない)。
ひたすら棒読みの演技に支離滅裂な脚本。
大事なトリックは謎解きタイムもなく即解決で不自然極まりない。
そう――この映画は『推理小説』の実写化なのだ(衝撃の真実)。
棒読みのせいで難解であろうお話が更に理解できない。
だが、これを理解しなくてはならない。
『ハンニンハンニン』
『オ゛ッ(気絶して倒れる)』
「……?」
「ぁ……ああ……?」
俺は頭にハテナマーク。
彼女は既に限界近い。
やっぱ無理だ。理解不能。
あとで原作小説買おう。
とりあえず会話とか流れとかは後で記録出来る様に頑張るぞ!
☆
「といれ、いってくる〜……」
「うん」
いつも元気で、温かい印象を与えてくる彼女。
そんな彼女なのに、今は冷たくて、白く正気でない顔色だった。
大丈夫かな……。
「まとめとくか」
スマホを取り出し、大まかに流れだけでも記録する。
後半は結構聞き取れたから、家に帰っても何とか覚えていられそうだ。
やはり『元』があるから、何だかんだ筋があって分かりやすい(サメ星比較)(比較対象間違ってない?)。
というか逆に原作が気になる。
これはある意味映画化成功と言えるのでは……?
「……ただいま」
「大丈夫?」
「うん~」
いや。
これ、俺この後どうすれば良いの?
よく考えたら女の子と映画見た後なんだよね、どうするの? これ。
「……」
「……?」
沈黙。答えは出ない。
どうすんだこれ(三回目)。
「はぁ……おなか、すいたな」
「え˝」
呟く彼女。
もしかして、コレは昼ご飯を一緒に取るアレですか?
いやいや。ただの独り言――
「じ~」
俺より身長が高い彼女の、上目遣いならぬ下目遣い。いやこれ見下されてるだけじゃね?
……不覚にもドキッとした(“覚醒”の兆候)。
「ち、近くに行きたかったインド料理屋さんがあって……」
「! 行こ~!」
一応インド料理が趣味になったから、元々夜はそこで食べて研究しようと思ってたのだ。
……ありがとう住民達。
というか。
一番の疑問が置いて行かれたままだ。
なんであの時、初音さんは俺の隣に居て、なぜ話しかけたんだ……?
あとまだなんで一緒に居ようとするんだ?
謎。
さっきの推理映画よりも深いそれは、明かされることがあるのだろうか(うまいこと言ったつもり)。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます