正気なんかじゃいられない


「ッ……はぁ……」



苦しい。

胸が、何かに締め付けられた様な感覚だった。


土曜日の昼間。

人が多いはずのこの時間帯に、観客は恐らく十数人。

目の前のスクリーンには、お粗末なサメの被り物をした俳優同士が剣で戦っている。


ポスターにあった立派なサメは、ラストシーンまで出て来ない、サメ星人なのにどうして普通に地球人の言語が通じているのか。設定もめちゃくちゃだ。

後チラチラ見えてるんだよ被り物の下が! 学芸会じゃないんだぞ! いや学芸会に失礼か――



――ドガーン!



《——END——》


最後は強引な爆発によって終了。

エンドロールの曲だけは良かった。

終わり良ければ全て良しなんて言うが、この場合は許容量を百倍程超えてしまっている。



「ぐぅ……」



苦しい。

映画評論をするにあたり、1秒たりともそのスクリーンから目を放してはいけない。

日々の勉学のせいか、集中力だけは自信があった。それでもコレは辛かった。



「はぁ……外か」



スクリーン会場から出て、チケット売り場に出る。

解放的だった。新鮮な空気を吸いながら、俺はエスカレーターで下っていく。


あの地獄が頭から拒絶される前に——書き記さないと。そのレビューを。



喫茶店。

記憶を頼りにノートにぐちゃぐちゃに書き込んでから、まとまったらスマホのメモアプリに記していく。


「……ッ、出来た」


日々の勉強が、いかに楽がどうか思い知った。

レビューってのは、自分に対してのモノじゃない。誰かに伝えるためのモノだ。

そしてまた、勉強の様に正解が存在しない。

ぼっちの俺には、『人に伝える』力がこんなにも無いという事が今更分かった。


そして映画評価という趣味を見つけられて良かった。

きっとコレは、いつか友達ができた時とか――人に説明する時に役立つ。言わばコミュニケーション能力の向上と言えるだろう。


「とか思わなきゃやってらんねー……」


途中何度も冷静になりかけたが、決めた事だから頑張った。

スマホの右上、時刻は既に13:50。

上映開始は14:10。


次の実写化映画のチケット? 既に購入済みだ(覚 悟 完 了)。


「さぁ行くか……“地獄”へ――」

「どこ行くの~?」


「え˝」



立ち上がった瞬間、横からそんな声が聞こえた。

なんで居るんだ――


「初音、さん」

「そんな驚かなくても」


マジで心臓に悪い。

何時から居たんだ? 見られてた?


「えーっと。ついさっきだけど~」

「そっか、良かった」

「『良かった』?」


「あ˝」

「何か良からぬ事書いてるの?」

「……別に見てもいいよ」



よく考えたら、サメ映画の鑑賞記録なんて見られても別に良かったな。

変に捉えられたら嫌だし見せてもいいか。


既に幼児向け映画を嗜んでいた男だ……サメ映画で引かれることもない。


「? どれどれ……なにこれ?」

「さっきの映画のシナリオをまとめてたやつ。あっネタバレ――」

「……へぇ。どうせアレは見ないし良いよ~」

「そ、そっか」



「あたま、いたくなってきた……サメ星人の図なのになんで頭以外全部に人間なの? 間違ってない?」

「羅列してる伏線はどこに行ったの?」

「まず主人公は何でサメ星に来たの? 説明が無いよ? そもそもこの世界の地球はどんな状況――」


ページをペラペラと捲る彼女。

まるで呪われた魔導書でも読んだように、顔色が悪くなっていく。

何も知らない人がこのノートを開いたなら、一ページ毎にSAN値が下がっていくに違いない(狂人並感)。


「まあ、奥が深い映画だったね」

「深すぎるよ!」


ヤバい、ちょっと嬉しい。

自分なりに纏めたやつだけど、あの映画の狂気を共有出来た。

ありがとうサメ星人。DVDが出たら購入して再度レビューしよう。


「じゃ、俺そろそろ上映時間だから」

「まだ見るの!?」

「うん。×□の実写映画」

「え、それネットで凄い叩かれてるやつじゃ」

「そうだね」


おかげで色々(SAN値含め)回復したし。

気合入った。次はもっと良いレビューをしないとな。


「じゃ――」

「わ、わたしも行く!」

「正気ですか?」



正気ですか?





痛い。苦しい。恥ずかしい。

身体が拒絶反応を起こし手元のコーラの味はしない。

毒沼に腕まで沈んで――この密室からは逃げられない。


『オマエウラギタン』

「うっ……」


別に俳優が悪いわけじゃない。

でも、無理やりアメリカ人へ日本語を喋らせるのは良くない。


なんでコレでGOサインを出した?


「ぁ……あ……」


横から聞こえる小さな呻き声はスルーした。

俺にはこの映画を鑑賞する義務がある(別にない)。


ひたすら棒読みの演技に支離滅裂な脚本。

大事なトリックは謎解きタイムもなく即解決で不自然極まりない。

そう――この映画は『推理小説』の実写化なのだ(衝撃の真実)。


棒読みのせいで難解であろうお話が更に理解できない。

だが、これを理解しなくてはならない。


『ハンニンハンニン』

『オ゛ッ(気絶して倒れる)』


「……?」

「ぁ……ああ……?」


俺は頭にハテナマーク。

彼女は既に限界近い。


やっぱ無理だ。理解不能。

あとで原作小説買おう。

とりあえず会話とか流れとかは後で記録出来る様に頑張るぞ!




「といれ、いってくる〜……」

「うん」


いつも元気で、温かい印象を与えてくる彼女。

そんな彼女なのに、今は冷たくて、白く正気でない顔色だった。

大丈夫かな……。


「まとめとくか」


スマホを取り出し、大まかに流れだけでも記録する。

後半は結構聞き取れたから、家に帰っても何とか覚えていられそうだ。


やはり『元』があるから、何だかんだ筋があって分かりやすい(サメ星比較)(比較対象間違ってない?)。

というか逆に原作が気になる。

これはある意味映画化成功と言えるのでは……?



「……ただいま」

「大丈夫?」

「うん~」



いや。

これ、俺この後どうすれば良いの?

よく考えたら女の子と映画見た後なんだよね、どうするの? これ。



「……」

「……?」


沈黙。答えは出ない。

どうすんだこれ(三回目)。



「はぁ……おなか、すいたな」

「え˝」



呟く彼女。

もしかして、コレは昼ご飯を一緒に取るアレですか?


いやいや。ただの独り言――



「じ~」



俺より身長が高い彼女の、上目遣いならぬ下目遣い。いやこれ見下されてるだけじゃね?

……不覚にもドキッとした(“覚醒”の兆候)。



「ち、近くに行きたかったインド料理屋さんがあって……」

「! 行こ~!」



一応インド料理が趣味になったから、元々夜はそこで食べて研究しようと思ってたのだ。

……ありがとう住民達。


というか。

一番の疑問が置いて行かれたままだ。

なんであの時、初音さんは俺の隣に居て、なぜ話しかけたんだ……?

あとまだなんで一緒に居ようとするんだ?


謎。

さっきの推理映画よりも深いそれは、明かされることがあるのだろうか(うまいこと言ったつもり)。

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