[Pre-Open] 1.5

 「……という経緯もあり、AKS港湾実業高校は予見されていた出生率の低下と、戦争の終わりが全く不明だった頃、港湾業務従事者低下を見越して第三セクターで設立されました」

 蛍光オレンジのツナギを着て黄色いヘルメットを被ったショートカットの女生徒が先導して廊下を歩いていく。

 「実際労働力の低下となった頃から今まで、卒業生は最先端技術を習得した即戦力として中部圏の港湾関連企業や、致命的打撃を受けた港湾局に貢献しています」

 突き当りの重厚な扉を開けた先、遠くに巨大なガントリークレーンが4機、その足元は巨大なコンテナであふれているのが見える。

 「ご覧のように実習港とはいえ、資格取得した実習生が港湾局から委託をうけて業務そのものを行っています、仕事が丁寧だって契約している企業からも評判は良いんですよ」

 「凄いね」

 「まあこの子らが居なきゃ今や港は動かないからな」

 黄色いヘルメットを同じように被ったダイナとバンが感嘆の声を上げる、それに対して女生徒はテレたようにありがとうございますと答えた。

 「普段いらっしゃる企業様向けのプレゼンなので少々堅苦しくて申し訳ないです」

 「いやいや、わかりやすい説明で助かったよ、あたしらの仕事によってはまたお邪魔するだろうからな」

 3階建て校舎の屋上テラスとはいえ、ほかに高い建物が無い為コンテナ港が綺麗に見渡せる、忙しく動くクレーンやスラドルキャリアを眺めていると、本当は企業向けなんですけどと厚みのあるパンフレットを提供してくれた。

 「先生方ならもう少し詳しくご説明できるんですが……代わりに学部内の資料とか連絡先はそちらに大体乗ってますから」

 「ありがとう、まあ変な時間にアポなしで来た私たちが悪いから……」

 「んじゃお返しに私らの連絡先カードね、何枚か渡すから先生にも渡して共有しておいてくれるとありがたい」

 女生徒は確かに頂きましたと両手でカードを受け取り頭を下げた。

 「今お渡ししたパンフの裏にここの地図があります、赤枠の中であれば自由にご覧になれますから」

 必ず首から下げておいてくださいと、紐につながれたゲストIDを二人へ渡す。

 「14時までは居ていいんだっけ?」

 「はい、あと30分くらいですが……それ以降は午後の授業があるので、お帰りの際は入口の守衛さんにヘルメットとIDをお返しください」

 「午後授業の後はご飯で休憩で、夜間も授業だっけ、大変だな」

 バンはIDをひらひらさせながら眠くない?と尋ねると女生徒は首を横に振った。

 「夜間のクレーン授業は深夜船が入港する日だけですね、直近は……明後日かな、夜授業がある日は半休みたいなものですから、なんとか」

 「それでも大変だー、頑張ってね」

 「んじゃ私らは適当に見学して帰るよ、ありがとね、あと……」

 バンとダイナはそれぞれ女生徒の手をぎゅっと握る。

 「えっえっえっえっえっ」

 「私らの名刺だ、なんか学校にも親にも言えないことがあったり、見たら連絡してくれて大丈夫だからな」

 「些細なことでもメッセージ入れてくれればちゃんと見るし、お返事するからね」

 「あわわわわわ」

 バンとダイナが手を放すと女生徒は真っ赤になって湯気でも出そうな勢いだ。

 「お? キミが良ければブライべートアドレスもあげちゃおう」

 『****!****!****!』

 バンがもう一枚名刺を取り出そうとした瞬間に何処からか馴染みのあるFワードが飛び込んできた。

 「え、何事」

 「下からっぽいな」

 三人は屋上から駐車場を見下ろすと、体の大きなスーツの黒人が白い高級セダンの傍でぶちまけられた書類と格闘していた。

 「んー? ダイナ、見おぼえない?」

 「見覚えあるね」

 眼下でイラつきながら書類を整えファイルに詰め直している男は午前中、港の反対側で放置コンテナについて尋ねた港湾事務所のジョージにしか見えなかった、違いはグレーの作業着ではなく、少しくたびれたスーツを着ている点のみだ。

 「アンソニー先生ですね」

 「アンソニー? ジョージじゃなくて?」

 「ええ、夜間ガントリークレーン講習の先生です、昼間見るのは初めてですケド」

一緒に覗き込んだ女生徒がはっきり答える。

 「ほーん……」

 「いやね、そっくりさんに見覚えがあっただけなんだけど」

 「そういえば双子の弟さんが居るってお話聞いたことがありますね、弟さんも港で働いてるって」

 疑問にあっさり答えを出す女生徒に二人は驚く。

 「先生とは結構お話するの?」

 「ええ、明るい先生ですよ、夜間講習の待機時間はいっつも皆でお喋りしてます」

 楽しそうに答えた女生徒だが、でもあんなに怒ってるのは初めてみました、そう下を見ながら困惑したように続けた。

 「わ、もうこんな時間だ、引き止めてごめんね!」

 ダイナが腕時計を見て慌てた声を上げる、時刻は13時45分を回っている。

 「ほんとだ! ごめんなさい、私はこれで失礼しますね!」

 授業に遅れちゃうと慌てて女生徒は二人に頭を下げ、ぱたぱたと小走りで建物に消える、ありがとねーと笑顔で二人は見送るが、扉が閉まると真顔に戻った。

 「なんか、変なところで繋がるな」

 「調べもの増えちゃうね」

 ダイナが眼下でブチ切れながらトランクを閉めて歩いていく人物と車、それぞれを写真に取る。

 「ミスターソックリさんには3人に聞き取り行ってもらうか」

 「こっちはこっちで調べないと」

 ダイナが撮影した車の写真を拡大する、リアウィンドウの隅にはメーカーのステッカーと並んで『T&T』のデザインステッカーが貼られていた。


◇◇◇◇◇◇


 駐車場へ戻るとメイ、ギン、カヤが待っていた。

 「よう、首尾はどうだい」

 「上々、かどうかはわかんないけど、色々あったよ」

 メイがタブレットを二人に投げ寄こす、ダイナは危なげなく受け取ると読みながら三人の元へと移動した。

 「おー、装備も銃も一そろいって感じだね」

 「本部に置いてきたから、戻って装備揃えるといいよ」

 「カヤ、こりゃなんだ」

 横からタブレットを覗いていたバンがとある項目でスクロールを止める。

 「AT-802U&Peripheral equipment……ヤバ、お前これおっさんの許可出てるんだろうな」

 「報告済み、予算上は問題ないから諸々は任せるってさ!」

 ドン引きして青い顔をするバンに、自前の支援機だぜーとダブルピースでアピールするカヤ。

 「へー、運用人員は国立大学と専門学校在籍とふつーの企業のごちゃまぜプロジェクトの遺産、というか残党みたいなマッド研究者集団かー」

 「データリンク運用研究か……運用実費だけで自由なのは破格すぎるが不安だな」

 「わぁー、中津川まで引き取りだよー」

 『えっ』

 横からさらに覗き込んだギンが引き渡し場所を読み上げると、慌てて全員が覗き込んだ、現在地からは大体100キロ先だ。

 「いや、えっ、だって移動可能って、いやいや、なんとか、うん、なんとかなるなる!」

 「お前……」

 青い顔で空元気を絞り出しテンションを上げるカヤを色々通り越した視線で見つめるバン。

 「マジお前自分でなんとかしろよ」

 「はい……」

 青い顔2人とは対照的に残りの3人はトレーラー移動できるだの、意外と運用コストが安いだの、きゃいきゃいと騒いでいる。

 「まあ、今はいいや、私ら二人は本部戻るから……」

 気を取り直して情報交換をしていく5人。

 「えーと、それじゃ纏めると、私らは学校の出入監視、あとその双子センセーへの聞き取り?」

 「本部で一応照会してみるから、そのあとに聞き取り頼むわ、こっちはとっ捕まえた二人と参考人に事情聴取と」

 メイとバンが纏めて、お互いのタブレットにもそれぞれ撮影した写真やら取得した情報交換して別れる。

 「カヤ」

 去り際にカヤにバンが電話番号が書かれたメモを渡す。

 「どーにもならなかったらその番号に連絡してみろ、最後の手段だからな、すげえクセの強い運送屋だからほんとに最後の最後に使え」

 「ああ、バン愛してる!」

 「愛はいらねえからなんかで返してくれ」

 「私も見たことあるけどほんとクセ強おじさんだから気を付けてね……」

 手をひらひらさせながら車に乗り込み、去っていくバンとダイナを猛烈な投げキッスで見送るカヤ。

 「いやー、これでもう安心だね!」

 「カヤちゃんそういうとこかな」

 「そういうとこだねー」

 全て解決みたいな顔で自分も車を移動させようとしているカヤを見て、メイとギンは力なく笑うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る