[Pre-Open] 1.4

 「CSIS!Freeze!」

 メイは店舗の裏口から突然現れたスーツの男に声を上げる、とっさに腰から銃を抜いたのは手に銃を認めたからだ。

 「銃をその場に捨てて!」

 ビクッとして動きを止めた小太りの男は固まったまま、出てきた室内を目で伺う。

 「言葉わかってんでしょ!Drop the gun!drop it!」

 その瞬間男が腕を持ち上げる、メイはアルミ製のドアに半分隠れた男の半身に照準を合わせトリガーを引いた、しかし弾は背後のコンクリ壁にめり込む、扉の内側から誰かが男を引っ張ったようだ。

 「●●●●! 二人以上、銃を所持!裏口から引っ込んだ!」

 悪態をつきながら傍にあった鋼鉄のダストボックスにカバーを取り、表に居るはずのカヤとギンへと無線を飛ばす。

 『了解、こっちも押し込んでるよ』

 「応援は?」

 『もう呼んだ、市警が5分で来るって』

 「はやぁい」

 無線の向こうではギンがかわいい声で、今降伏しないと火力チームが押し込みますよと物騒な警告を発している。

 室内からは複数人で言い争う声が聞こえ、しばらく後大声で降伏の声が上がった。

 『突入するよ』

 「あいよー」

 タイミングを合わせて室内へ注意深く踏み入れる、スタッフルームらしくいくつかのデスクに書類の山、パソコンがいくつか、そして壁際には3人の男が両手を上げ降伏の姿勢をとっていた。

 「貴方がもう一人のT?」

 「もう一人ってのはタニのことか、そうなら合ってる、サイモン・トレヴァーだ」

 くすんだ灰色のツナギを着た、いかにも自動車工な髭もじゃ白人は低い声でカヤの問いに答える。

 「無事でよかった、貴方に話があって来たのよ」

 「俺達だって話に来ただけだぜ」

 ギンとメイにボディチェックをうけ手錠をかけられるスーツ男二人、小太りの方が抗議の声を上げる。

 「だったら逃げたり銃向けたりしたのは不味いでしょ、そもそも登録してあるのそれ」

 部屋の隅に蹴飛ばされた拳銃を顎で指すメイ、どこの誰かはしらないが、こういう輩は未登録の銃を持つのが関の山、ところが男達からは意外な言葉が返ってきた。

 「馬鹿にすんな、携帯許可証だってちゃんとある、財布に入ってるよ」

 「私もです」

 ほんとー?とギンとメイは先ほどのボディチェックで回収した財布を確認する、確かにスーツ男二人は本当に正規の銃器携帯許可証を持っていた。

 「おお、ちゃんと定期的に更新されている、えらいじゃない、ミスター……ええと、サイラス?」

 銃器携帯が免許制になってから10年たつが、騒乱で期限切れのまま携帯する人も多い中、スーツ男二人は律儀に毎年講習をうけ、試験もクリアしているということだった。

 「な? 怪しいもんじゃないからコレ外してくれよ」

 小太りの男は手錠をじゃらじゃら鳴らしてアピールする。

 「いや免許持ってても治安関係者として名乗った私らに対してさ、銃向けて立てこもるのはどの世界でもアウトでしょ」

 「落ち着ける場所でお話きかせてもらいまーす」

 メイが正論を答え、ギンが纏めると丁度都市警察のパトカーが2台サイレンを鳴らしながら到着した。

 「俺も行かなきゃダメか? 店このままじゃ怖いし、治安もそこまでよくない」

 今日みたいなこともある、とサイモンはスーツ男達を見た。

 「こうなったからには悪いけど一緒に来てもらわないと、そんなに時間はかからないし、だれか此処に居てもらうようにするから」

 なんにも起こってなけりゃここで済んだけどねとカヤが答える、サイモンは仕方がないなとため息をついた。

 「相棒も戻ってこなくてのんびり仕事ができる筈だったんだが」

 「残念、聞きたいのはその相棒のことなのよね」

 その言葉にサイモンはまたかぁとげんなりした声を出す、どうやら普段からタニはトラブルメイカーのようだった。

 「そんなに長くはならないと思うから」

 そう移動を促すカヤを始め、サイモンも、ギンもメイも、応援に来た警官達も、そこに居る誰もがその時はそう思っていたのだった。


◇◇◇◇◇◇◇


 この時代、美味しいものは高級品だ、戦争に人口減少は食料品の質を低下させ、量の確保が精一杯で様々な品種が失われた。

 最近は戦前の品種や育農法で品質も改善しつつあるが、それでも素材の味が戦前の水準に戻るにはまだまだ時間がかかると言われている。

 嗜好品は特にそうだ、人類の友たる酒はまだいい方、お茶の品種は激減し、コーヒーも産地のいくつかは“産地ごと”消滅した所もある。

 「なあ、もしかしてあんた等はこの煮汁をコーヒーと呼んでるのか?」

 紙コップに注がれた液体を眺め、心の底から不思議そうな声色で疑問を口に出するのは、パンチパーマで小柄な中年の黒人男性だ。

 ここはSCISの間借りする合同庁舎の二階、各部署の応接室替わりになっている元喫茶ラウンジだ、元喫茶なだけあり、各部署に備え付けのドリンクサーバーより幾分かマシな代物が設置してあるのだが。

 「こんなご時世に皆さまの血税で贅沢するわけにもいきませんし、さりとて何かを飲まないとやってられない仕事でもありますので、ココではこの煮汁をコーヒーと呼んでます。」

 慣れると中々ですよと付け加え、同じものを飲む柴田、胸のネームプレートは「サカキ」になっている。

 「だとすると、なおさらお上にはキッチリしてもらわないとな、復興計画も始まったし、どこもこれから忙しくなる」

 「全くです、航行する船舶も増大、さっきも接触事故がおきてますし、そちらも警備に臨検、大変でしょう」

 「おお、ようやっと本題に入れる雰囲気だ」

 影のごとく後ろに立っていたスーツの男から書類を受け取り柴田に示す。

 「おや、今取り調べ中の二人の資料ですね、助かります」

 「この二人はうちの捜査員だ、即刻釈放していただきたい、問題になる前に」

 資料を受け取ろうとした柴田の手を叩き、凄むように身を乗り出す。

 「ミスタチャーリー、そうであれば正規のルートで申し入れが必要ですよ」

 「できないからこうして非正規のルートに来てるんだよ、察してくれ」

 チャーリーと呼ばれた黒人男性はうんざりといった感じで椅子の背もたれまで深く座り直し、捜査官の資料を柴田へ投げるように渡し天を仰ぐ。

 「なんにも聞かずに飲んでくれたりはしないのか、それなりに長い付き合いじゃないか」

 「大き目の貸しってことなら何とかしますが」

 チャーリーはクソと毒づいて、後ろ手にスーツからさらなる資料を何枚か受け取ると、そのまま柴田へ示した。

 「こっちの資料は他には見せるな、渡すこともできない」

 「ええと? 港湾局所有の一部押収品取り扱いの不備について」

 「待て待て読み上げるのも駄目だ!」

 チャーリーと後ろに居たスーツ男が慌てて柴田の口をふさぎにかかるが、柴田は冗談ですよと身を器用にかわし、書類を読み進める。

 書類には港湾局が戦争中に押収した薬物、火器、禁制品等の一部が適切に保管されなかったために、廃棄品のコンテナと混ざり、流出した可能性があることがまとめられていた。

 「結構な不祥事になりますねこりゃあ」

 「だから内々に火元ごと纏めて消しに走ってるンだよ、殆どは回収した、だが」

 「この資料に乗っているコンテナですか」

 「そうだ、あの忌々しい大麻と密輸タバコたっぷりの40フィートコンテナ」

 苦々しく絞り出す声に合わせてチャーリーは自分のタブレットを操作し、柴田に見せる、青色に塗られた無骨なコンテナがトレーラーに載せられ、幾人かの警備がついている写真が表示されていた。

 「元々の保管庫がクソロボット共に吹っ飛ばされてから一時保管ってことでな、港湾局の岸壁でコンテナ保管、担当官もつけて管理してたんだ」

 「しかし不正があったと」

 「ミスか、故意かはわからん、コンテナはトレーラー毎廃棄品扱いで消えた」

 「不正以外に可能性が?」

 「その担当官は廃棄する品をリスト化していたが、末尾のアルファベットを二つ、間違えた、そしてあのコンテナは廃品業者に流れて、消えた」

 「ミスだったと?」

 そんなミスありえますかと柴田は肩をすくめて資料を返した、受け取ったチャーリーは平たんな声で答える。

 「彼女は2か月前、クソロボットの湾岸防衛戦で避難誘導中、流れ弾から市民を庇って死んだ、ミスか故意かはわからん、今となっては」

 「調査はしなかったんですか」

 「したさ、あまり感心できない輸入業者やら組織に友人が昔から居たようだが、それだけだ、仕事は真面目だったし、課内でも評価は悪くなかった。」

 チャーリーは思い出すようにため息をついて続ける。

 「“ミス”をおこした数日前から雰囲気が暗かったとも同僚の証言があるが……もう無意味だ」

 「ご家族は」

 「誰もいない、戦争で死んでいる……だから、この話は無くなったコンテナの中身が見つかればそれで終わりだ」

 終わりになるし、終わりにできるんだ、チャーリーは言い聞かせるように呟いた。

 「それで?ウチにどうしろと」

 「消えたルート上にASK埠頭の小規模コンテナ港がある、港湾実習生の訓練用埠頭も隣接されてるんだが、そのあたりで船にコンテナを載せた可能性が高い」

 「何故それをわざわざウチが、そこまで人材不足なら事情が事情だし、人員もお返ししますよ?」

 「ASK埠頭を管轄するASK株式会社を探ったが何も出なかった、そこが経営しているAKS港湾実業高校は俺達では手が出せない」

 「成程、ASK実業では会社の施設で実習を?」

 「ああ、実習を兼ねた実際の業務もな、今は何処も人が足りない」

 そこでチャーリーはきちんと向き直り、柴田へ頭を下げる。

 「こいつはあくまで非公式なお願いだ、秘密作戦と言ってもいい、話はお前だけに留めてくれ、お前のチームにもダメだ、あくまでウチは協力してる体で頼む。どこから漏れるかわからんからな」

 「かまわないですよ、こちらも今は多方面に顔出して見ておく必要がありますから、そういう名目で調べてみましょう、あとコンテナか中身、もしくはその両方があったら?」

 「もちろん連絡してくれ、うちのチームを回収に回す、この番号にくれれば直ぐに応援に出よう」

 チャーリーは殴り書きの番号メモを柴田へと渡し席を立った。

 「ところで、ウチのメリットは何があるんです?」

 柴田はタブレットで連絡を入れながらチャーリーへ尋ねる、なんにもないなら自動的にデカい貸しにしておきますとも付け加えた。

 「今後はうちの支援を期待してくれていい、空港も使え、車両基地での整備も受けられる、申請と実費は貰うがな」

 「そいつはいいですね、んじゃそれで」

 彼らは去り、柴田は足元の鞄からタブレットを取り出し話しかける。

 「という訳なんですが、聞こえてました?」

 『あんた最低だなほんと』

 画面の向こうではバンとダイナが眉をひそめた仏頂面を見せている。

 「たまたま、あなた達との通話を切り忘れてたんです」

 『最低ですね』

 「最低でも最高でもいいですが、事情は聞こえましたね、今は時間が惜しい」

  柴田は手元の資料を手早く二人へ送信した。

 『プリンス埠頭航路で衝突事故?』

 「はい、負傷者とパイプライン損傷で港湾局と市警は手一杯です、この隙にウチが動いて実績を上げておきたい」

 『本部のネーちゃんが忙しそうだったのはその所為か』

 「なのでそのコンテナは映像で監視します、カメラの設置をお願いします、そのあとお二人はそのままASK実業へ行って何か見つけてください」

 『了解、“何か”を見つけてくるぜ』

 「お願いします、カヤさん達も向かわせますのでよろしく」

 通話を切り上げると柴田は腰を上げた、紙コップを片づけて、改めてコーヒーを入れ、自分のデスクへ移動する。

 「さて、久しぶりにお仕事しましょうかね」

 コーヒーの香りが漂うパーティションの中、柴田は彼の言う仕事を始めた、資料を漁り、メッセージを送り、電話を掛ける、それはこの事件が終わるまで止まることはなかった。

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