[Pre-Open] 1.2

 「いきなりスタンガンぶち込まれて連れてこられるようなことしたのかよォ!」

 「したんだようるせーな」

 車から降ろした衝撃で覚醒した騒ぐ男の所為で注目を集めながら移動していくバンとダイナ、騒がしく移動しながらツインタワーのような構造物が目を引く建物へ入って行く。

 入口はガラスの代わりにベニヤが張られ、中もいたるところで工事中の雰囲気で、巨大なエントランスのような空間に机が雑然と並んでいる、まったく本来の建物の使い方ではない状態にあることを感じさせた。

 「なんなんだここ、警察じゃねえのかよ」

 「警察じゃねえってんだろうが、大蔵省の分析所と執行分署、厚生省の衛生3課分署、中部警察の出張所、港湾局の機動部隊本部、あとは私らCSISの仮本部」

 「ごちゃごちゃしてんなぁ」

 「建物が半分吹き飛んでるしね、各省の庁舎が再建されるまではいろんなトコの札付き部署が詰め込まれてて……じゃなくてさ、そろそろ名前くらい教えてよ」

 思うところがあるのか、ため息交じりにダイナが愚痴を吐くが、気を取り直して男に尋ねる。

 「黙秘権だ」

 「んじゃしょうがねえや、ロンさんー、ミスター名無しをスイートルームに案内してやって」

 「了解です」

 ロンと呼ばれて現れたのはクマのような風貌と巨体の制服警官、その圧に騒がしかった男も流石に気圧されたのか急に押し黙り、おとなしく連れられていった。

 「あれ?あなた達授業はどうしたんです」

 黒いアタッシュケースとケーキボックスを下げて胸に“高木”と書かれたIDカードを下げた黒いスーツに黒いネクタイ、フチ無しの丸メガネに切れ長でタレ目、中肉中背の男、柴田が現れた。

 「今日はまた普通の名前だなー、データラインに送ったアホが上に居るから尋問しといてくれない?」

 「いいですけど、授業は出てくれないと、そういう契約ですよ」

 「その授業に出るから信頼できる上司サマに任せるってこと」

 「今日2時間出たら来週までは授業無いんで、どうにかお願いします」

 バンとダイナはそれぞれ自分のデスク上に置いてあるノートを手に取る。

 「今んとこなーんにも喋らないシャイボーイだからな、あんま期待してないけど」

 「これ、所持品ですから、葉っぱみたいなのと銃は鑑識に回してます」

 はいはいと柴田は趣味の悪い金と黒のサブバッグをダイナから受け取る。

 「んじゃ行ってくる、冷蔵庫にドーナツあるから」

 「プレーンとゴマチョコ、イチゴベリー以外は食べてOKです」

 2人はそう言い残してさっさと行ってしまう、残された柴田は軽いため息をつく。

 「出張の報告書があるんですがね、まあドーナツ頂いてからやりましょうか」

 ロビー兼SCISのオフィスに備えられたコーヒーマシンへ向かいアメリカンコーヒーを取る、零さないように啜りながら自分達のデスクへ戻ると柴田は冷蔵庫からキナコドーナツを取得した。

 「所持品は、と」

 銘柄不明の葉巻、オイルライター、ナイフ、マネークリップに高額紙幣が何枚か、ポケットティッシュ、そしてメモの書かれたレシート。

 「なんだこりゃ?」

 HLE-U-564811-8、11桁の英字と数字の文字列、昔にどこかで見た気もするが思い出せない、違和感が残るが今考えてもしょうがない。

 「まああとで検討しましょう、ロンさん、お間抜けさんがいる部屋は?」

 ドーナツをコーヒーで流し込んでから先ほど男を2階留置場に押し込んだロン巡査へ尋ねる柴田、番号を聞くとノートパソコンを小脇に抱え2階行きのエレベーターへ向かう、中の施設にも損傷があるため、エレベーターは工事現場用の急ごしらえで金網丸出しだった。

 「イシバシさん、上にお願いします」

 エレベーターの調整をしていた工員に話しかけると上にエレベーターを送ってもらう、簡易エレベーターは動作する度、微妙に恐怖を感じさせる振動を伝えてきた。

 揺れながら二階のテラスへ上がっていく、役人、警察、公安、工事の職人、民間人、雑多に人が入り混じる1階の雑多な様子が良く見える。

 そんな様子を見降ろしつつ、どうせ黙秘を貫くなら報告書を書きつつのんびりやろう、そう決めていた。



◇◇◇◇



 「保釈ぅ? あのアホを?」

 授業も終わり、何時もの5人組、バン、ダイナ、ギン、カヤ、メイは学校の装備課へ装備の返却に来ていた。

 「どこのアホがあのアホに金払うってんだよアホじゃん!」

 「えっと……」

 皆と同じセーラー服を着たポニーテールの窓口の担当生徒はタブレットの通話で怒鳴るバンの声に驚き声をかけるタイミングを失っていた。

 「ああすまん、装備の返却書類がこれだ、モノもあるからよ」

 「ごめんね、作戦が終わったら返却とは知らなかったから、ファーストライン(腰回りの装備)、プレートキャリア、確かに返したよ」

 メイが綺麗に整えた装備類を担当の生徒に返す、受け取った生徒は一通り眺めてスチールラックに押し込んだ。

 「最近じゃ保管費用がかかりすぎてて削減の話も出てるから、装備が必要なら自前

用意をおすすめするよ、貸出品は元々緊急時の防衛用だから」

 種類もあまりないしね、と担当者の生徒はタブレットに英文メールを映した。

 「今空港横にある共同軍の補給廠が廃品整理してるらしいから行ってみたら?」

 「わー、いいですねー、私も装備新調したいしたい!」

 「へー、パーツとか車両部品もいろいろあるじゃん」

 出された地図を見ていたメイを挟むようにギンとカヤが画面を覗き込む、カヤは完全に挟まれ苦悶の声を上げた。

 「挟まれるのはスキだけどさぁ、見えないってばぐえええええ」

 「お、戻ってきた、どうだった?」

 一時的に離れていたバンが戻ってきたのをダイナが呼び止めた、バンは困惑した顔でタブレットを皆に示す。

 「素性のわからないアホをなんでわざわざ金出して保釈するんだ?」

 タブレットには柴田から送られてきたデータには朝に捉えて顔写真を取った男が記載されているが、写真の横にある状態ステータスは「bail」と保釈を示す表記になっていた。

 「ブライアン・タニ、31歳、前科は麻薬所持と盗難車の輸出?」

 「金かけて出してやる価値があるヤツには見えないね」

 「本部到着から出るまで45分! 保釈の最短記録ランキング入りだー」

 5人は歩きつつバンのタブレットを覗いてワイワイ騒ぎながら校舎を歩いていく。

 「柴田の話じゃ尋問開始してすぐに電話が来て不当逮捕だと言われ、30分後に弁護士が来て連れ帰った」

 「んじゃなんも情報ナシ?」

 「いや、名前と顔写真、NSN(Nationals Serial Number:国民番号)で中古車販売の事務所が割れてる、空港の東、4丁目の先だ、カヤ、ギンとメイを連れて行ってくれ、ついでに空港で装備も見てきたらいい」

 「んじゃ2号車借りるよ」

 「いいけど私らの装備もなんかいいのあったら選んできてよ」

 バンはカヤにハンヴィーの鍵を投げると、プレキャリとポーチと、とお使いを頼むように伝えていく。

 「あとでほしい物リストでも頂戴」

 カヤは無慈悲に切り上げて鍵をチャラチャラさせながら行ってしまった。

 「ギン、なんか装備以外でも面白そうなもんあればリスト貰ってこい」

 「はーい、装備と車両系以外でなんかほしいものある?」

 「ヘリ! もしくは近接支援機あればサイコーだね」

 「あるかよそんなもん」

 「無いよー、それは無いねー」

 ダイナがテンション高く声を上げるが、バンとギンの2人は無い無いと繰り返しながら分かれて駐車場へ向かう。

 「あったら便利なのにねえ?」

 「便利かもだけど予算もないし、ナーさん車の運転以外できる?」

 「車以外はボートと、あとバンの操縦かな」

 「じゃあもう少しソフトな運転を心がけてほしいかなぁ」

 中部警察の施設課と建物の土地争い、なんとかしてよねと言い残しメイも行ってしまう、残されたダイナはしょんぼりしつつバンの後を追った。



◇◇◇◇



 「予算は航空隊作るかもって柴田さん言ってたし、予算もあるんじゃない?」

 「航空隊なんざ無理だよ、あくまで支援機1機に移動用にヘリ1機融通するって話だ、予算はそんなにねえよ」

 昼とは違いバンとダイナが乗っているのはパイプフレームに簡易屋根がつけられただけのフルオープン仕様のワイルドなハンヴィーだ、風通しは最高と言えるが、そろそろ秋の声が聞こえ始めた空気には少々涼しすぎる。

 「この車の幌はどこいったのさ」

 「この前の雨で今天日干し中、車両部のジュンが防水加工やり直してくれてるよ」

 「それまでは吹きっさらしか」

 ダイナは助手席で足元のバッグからブランケットを取り出すが、風の強さに諦めて仕舞い直した。

 「んで何処向かってるのさ」

 「あれ言ってないっけ、柴田のオッサンからアホが持ってたメモにコンテナの番号が書いてあったから調べろって言われてな」

 「道理で塩臭くて風が強いわけだ」

 車はコンテナ港の管理事務所横への広大な駐車場に乗り入れた、辺りはトレーラーやらフォークリフトやらが慌ただしく動き回っている。

 「次からこの車にジャケット積んどこう」

 「同意、適当なのあいつらに貰ってきてもらおうぜ」

 バンは三人組にメッセージを送りながら車を降り建物へ向かう、二人はコンクリ作りの管理事務所の受付でバッヂと番号を見せつつ要件を告げた。

 「どーも、CSISです、このコンテナを調べてるんだけど、わかる人いますかね」

 「あー、これ先月の……ジョージ!」

 受付のふくよかな女性は一人で納得して事務所の中へ呼びかけると、ジョージと呼ばれた黒人のいかにも港湾関係者といった男性がやってきた。

 「なんでぇ」

 「ほらこの前の整理で残ったままのコンテナよ」

 やってきたジョージの説明では、コンテナ港の効率化を図るために行政主導で管理しきれていなかった野積みコンテナの整理を行った際、いくつか持ち主不明のコンテナが発見されたらしい。

 「持ち主がわかんねえやつは役所がもってっちまったけど、この二つは直前に業者が来てよぉ、ハイライト興行ってとこだったかな、場所代は払うから暫く置いてくれって」

 コンテナ本体はまだしばらく輸送の手配ができないから、という持ち主側の理由で港の端のほうへ移動したと教えてくれた。

 「場所代は貰ってるけど先月くらいからコンテナが見るからにボロボロになってるからなんとかしてほしいんだが、連絡がとれなくってなぁ」

 「港湾局への連絡は?」

 ダイナがメモを取りつつ口を挟むがジョージは肩をすくめて貰うモン貰ってるし、中身は空のコンテナだと笑った。

 「まあ確認してくるといいよ、第四ブースの一番南、敷地の土手ぎりぎりに今は置いてあるからよぉ」

 「そうするか、仕事中にありがとう」

 2人は礼を言い外に出た。

 「朽ちかけたコンテナの番号メモするワケねえよな」

 「コンテナハウスにしたかったとか?」

 再度車に乗り、コンテナ港の端を目指す、教えられた第四ブースの南は大型コンテナが乱立する一角だった。

 「なんでわざわざこんな取り出しづらい一番奥に?」

 「ますますキナ臭いな」

 バンはブースの管理人に声をかけ、作業の邪魔にならない場所へ車を止めた。

 「こちら“5E31”だ、取り扱い事件の関連でコンテナ港第四ブースの南、コンテナを見てくる、20分連絡がなけりゃ応援寄こしてくれ」

 『こちら本部、5E31、お気をつけて』

 車載無線でもしもの時に備えて連絡を入れると二人はコンテナへ向かう、妙に入り組んだコンテナの迷路を抜けると側面に縦書きでHLE-U-564811-8と書かれたコンテナがあった。

 「入り組んでて変な場所、なんでこんな敷地にも海にもギリギリな場所に」

 「それにガワは古いが整備はされてるな」

 2人は近づくとコンテナの表面に触れる、青かった塗装は下からハゲ始め、サビが大分浮いている、しかし扉の蝶番には油が刺されており最低限の手入れがされていることがわかる。

 「カギは?」

 「コエーことに空いてるんだわ」

 「こわー」

 2人はそれぞれ腰からスコーピオン、グロックを抜き、そっと扉に手をかける。

 「こんちはー……」

 軋む音も立てずコンテナの扉は滑らかに開いた。

 「なにこれ」

 中は天井まである年期の入ったメタルラックが二列最奥まで並んでいる、作りは小さな倉庫のようだが、見る限りは何か荷物が置かれている様子はない。

 「ビミョーに葉っぱ臭い気がするな」

 「なんだろうね、とりあえず写真だけは取っておくよ」

 2人は銃を仕舞い、ダイナが丁寧に内部の動画と写真を撮っていく、バンは外に出て警戒しながら回りを調べる。

 「……なんだ?」

 バンが違和感を覚えて岸壁に近寄ると黒く塗られた脚立が海にむけて縛り付けられている、ご丁寧に古タイヤがいくつか同じく吊り下げられており小型のボートが横付けできるようになってるようだ。

 「ほーん……」

 なんとなく読めてきたなと呟いてバンはダイナの居るコンテナへ戻る、コンテナの扉を開けるとダイナは入口の傍でメタルラックの下へ手を入れている最中だった。

 「500円でも落ちてたか?」

 「それよりも価値ありそう」

 ダイナがゴム手袋をはめた手でなんとかつまみ出したのはタバコの吸い殻だった、やるじゃんとバンが小さなビニールパウチで受け取る。

 「チェリーだな」

 「最後まで吸ってるから長時間なんかしてたかもね」

 桜のイラストが描かれたタバコはフィルターぎりぎりになっており、それなりな時間この場所に滞在したことを匂わせた。

 「人気もないし分かりづらい場所だ、あやしーブツの一時保管所なのかもな」

 「かもね、誰かに丘から監視してもらう?」

 「そうだな、戻ってヒマなヤツ捕まえるとするか」

 そう言って二人はそっとコンテナの扉を閉め、痕跡を消しながら車へと戻る。

 しかし戻った所で車載の無線がヒマな人員など無い程の問題が発生していることを教えてくれたのだった。

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