第7話 恋の進捗

あれから詫びの品としてアドガルムの特産品を交流会参加者に配られた。


アドガルムの者にはグウィエンからお礼のしるしとして、シェスタ国のお菓子が配られた。


こちらにはない果汁でつくられたお菓子で、ぷるぷると甘くとろりとしていて美味しい。


箱も特殊で、中のお菓子が悪くならないよう魔法で冷気が閉じ込められていた。

一回限りのようで、その後は小物入れにして大切にしている。






レナンはあの交流会以来エリックとは話せていない。

学校にも来てないそうだ。


カレンが王室寮から追い出され、代わりにレナンがそこへ入った。

学校にはここから通うが、直行直帰で部屋に戻される。


カレンはあれでも大臣の娘なので、思った以上に婚約解消が長引いているのだろう。


だが、あれだけの国賓や国の将来を担う若者の前で、大失態をおかしたのだ。


それなのにごねているなんて、本当に往生際が悪い。


支度金も過剰に払わされ、王太子妃になる為王家から用意された家庭教師代も、衣装代に消えたのでその支払いもあるらしい。


金額が大きくなり、返済が困るくらいに膨らむまで敢えて口出ししなかったそうだ。



あまりに駄々をこねると裁判沙汰になるのだが、いいのだろうか。


「レナン、元気?」

「キュア!」

来てくれた友人に感謝を込め、思いっきり抱きついた。


友人として特別に入れてもらったのだ。


「随分警備が厳重ね、エリック様には会えた?」

「それがまだなの。警護も大臣の逆恨みを避けるためなんだけど、あまり外に出られないのはやはり息が詰まりそうだわ」


それにエリックに返事もしていない。


つまりまだ婚約者未満なのである。




「早く、会いたいな」

涙を滲ませるレナンを愛おしそうに抱きしめ、キュアはレナンが落ち着いてから帰っていく。

一人になると寂しさが募るが、友人との語らいはレナンを少しだけ癒やしてくれた。






その夜深夜に通信石が光った。 


寂しさのため枕元に置いて寝ていたレナンは慌てて起きる。


寝ぼけ眼だが、何とか灯りをつけてネックレスと通信石に魔力を通す。


「久しぶりだね、起こしてすまなかった」

紛れもなくエリックの声だが、その声は疲れているのがわかる。


「わたくしは大丈夫です。エリック様の方がずっと心配ですわ」


「俺も大丈夫だ、思った以上に連絡が遅くなりレナンと話せないのが寂しいだけだから。でももうすぐ終わる。君の元へいけるよ」

慈しむ声に思わず通信石を抱きしめてしまう。

「ん…!」

「大丈夫ですか?」

恐る恐る手に持ち替えた。


「平気だ、少し咳が出ただけで」

「やはり疲れがたまって…お体を大事になされてくださいね」


エリックの力になれず、心苦しい。


「わたくしも早く会いたいです。会って、直接この気持ちを伝えたいです」

この胸の、温かい気持ち。


「お慕いしております、どうか無理をなさらないでください」


「うむ、がんばる」


あまりにも可愛くて至極頭の悪い返答をしてしまった。


気持ちを切り替え、エリックは今の情況を話した。



大臣はゴネているが失脚は確実だ。

交流会に出ていた他国の者達が親と共に抗議書を出し、名指しでカレンを責めているそうだ。




大事な交流会になんて女性を出したのかと。



そしてその女性が王太子の婚約者とは驚きだ。

もしこの女性が王族ともなれば、取引は打ち切るという文書が出たのだ。


無礼を働き、信用失墜をしたのだから、受け入れられないのだろう。


そんな娘の責任を大臣は取らねばいけないが、王妃教育不足を補えばなんとかなる、そもそも期間も短く資金が足りなくて充分に行えなかったと、言い訳をしてきた。


しかし、国王側も引かない。

長年国から支払われたお金と時間があれば、充分習得出来たはずと反論し、そもそもカレンではもう諸外国が嫌悪を持ってしまったから、外交自体出来ない。




ここで別な問題があがった。


レナンが王妃候補になるのは諸外国からの推薦で有力だ。


しかし第二王子であるティタンがミューズと結婚するのはいかがなものかと。


スフォリア領の実質の領主になるのは、スフォリア家と王家の癒着ではないかと、反宰相派から声が上がっている。


「ミューズがティタン様と婚約を?」

初耳である。


「すまない、確約するまで伝えないでくれと俺からお願いしていた。環境の変化でこれ以上心労を与えたくなくてな」


レナンが妹の為に身を引くと言いかねなかったので、ある程度整うまでと情報を伏せていたのだ。



それを宥める為に現在画策しているのだという。


「力で押さえてはいけないから、なるべく穏便に済ませようと尽力している。ミューズ嬢もレナンも幸せになるよう努力するよ」

「ありがとうございます」



それから一週間。

久々に会えたので、エリックはレナンを抱きしめ、額にキスをした。

「ああ、いかんな。久しぶりに会えて心が弾む」 


レナンはこのようなスキンシップを経験したことがないため、足が竦み、倒れそうだ。


恥ずかしさで心臓の鼓動が早くなる。


今まで遠くから見ていた相手がこんなに近くにいるなんて、卒倒しそう。


「もうお止めください、レナン様がふらふらですよ」

ニコラが止めに入るも、手を繋ぐのは止めない。


「あの…」

手袋もつけていない素肌からはじわりと体温が感じられ、生身の人間だと実感する。


「好きな人となら繋ぎたいだろ。行こう」


エリックは堂々とクラスに入り、レナンをエスコートする。


授業中もレナンと目が合えばニコリと微笑み、昼食の時も一緒に過ごす。


「エリック様、カレン様の時とだいぶ違いますね…」

授業の合間にキュアは引きつった笑いで、エリックに尋ねた。

クラスメイトの総意を代弁してくれている。


「本当に好きな人と一緒になれたのだ。浮かれてしまうのは許してくれ」

「常に手袋をなされていたじゃないですか」

「エスコートの際だけ着けていたら、目立つだろ?カレン嬢には悪いが触れたくなくてな」


レナンの手を取り、皆の前でその甲にキスをする。


「レナンは俺の特別だ、誰も手を出すんじゃないぞ」

切れ長の目が周囲を見渡す。

エリックと目線を合わせないようにと皆さっと明後日の方を向いていた。







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