第8話 恋は盲目
何をするにもどこへ行くのもエリックはレナンと一緒だ。
それを見てエリックに横恋慕する者もいなくなった。
人が変わったように皆の前で愛を囁やき、レナンを慈しむ様子を見ては諦めざるを得ない。
てか、自分だったらと思うと単純に恥ずかしい。
カレンはというと、退学にはならなかったものの外交に著しいヒビを入れた事は問題となった。
カレンの父、大臣も娘の教育がなっていないと責められ、責任を取って職を辞したおかげで数週間の停学くらいに落ち着いた。
エリックの婚約者からも外され、停学が終えた今も自宅療養という名目で学校を休んでいる。
いつから登校するかわからないが、
「大丈夫、何かあれば俺が守る」
というエリックの言葉を信じるしかない。
怒鳴り込みに来るか、罵倒しに来るか。
この溺愛を見たら卒倒するかもしれないが。
「なんであんたがエリック様の隣にいるのよ!」
案の定カレンはレナンを見つけると憎々しげに睨みつけてきた。
クラスも遠いのに噂を聞いてわざわざ来たのだ。
皆のカレンを見る視線は冷たい。
「それでレナン、今度の留学だが一緒に行こう」
素知らぬ振りで話を続ける。
「シェスタには秋口に行こうと思っている、期間はひと月ほどだ。
今からシェスタの言葉を覚えるのは大変だが、できる限りのサポートはする。残暑まであるあちらのスイーツがぜひオススメでね。
行きたいと言っていたナ=バークは雪深いところだから、来年の初夏辺りがいいだろうな」
エリックはレナンの手を握り、楽しそうに留学の話をする。
留学というか、小旅行のような話ぶりだ。
「エリック様!何でその女と…「気安く名を呼ぶな」
鋭い叱責を受けて、カレンは怯む。
「もはや婚約者ですらない者が俺の周りをウロウロするな、早急に去れ」
厳しい、まさに氷の王子に相応しい底冷えする声。
教室が静まりかえる。
「私は、エリック様の婚約者で…」
「とうに解消されただろうが。頭も耳も悪いな、気安く名を呼ぶなど言っただろ」
護衛騎士のオスカーが間に入り、翳した手の平から植物の種が落ちる。
地面に着く前に見る見る成長し、蔓が伸びて、カレンを拘束した。
「キャアアアアッ?!何よこれ」
「アタシの魔法よ。だってアタシ男だから、女性に直接触っちゃいけないでしょ?護衛騎士だからエリック様は守らなきゃいけないし」
カレンを拘束したそれは、足のように根っこを伸ばし、廊下を駆けていく。
阿鼻叫喚が聞こえるが、エリックは無視をした。
「あれはどれくらいで枯れる?」
「アタシから離れてだと三時間くらいかしら?お昼には解けるわよ」
オスカーは草魔法の使い手だ。
特徴的な女言葉を話すのだが、初めて聞いたクラスメイトは固まっている。
「そうか。また来たら頼むぞ」
「勿論よ」
誇らしげに胸を反らす。
「もう、何で私がこんな目に?!」
得体のしれない植物のせいで、カレン教室に戻らされた。
しかもきちんと自席に座らせられ、椅子にぐるぐる巻にされる。
クラスメイトも先生も驚きはしたが、草は外れず、お昼のチャイムでようやくハラハラと枯れ落ちた。
カレンはすぐに文句を言に行こうと思ったけど、さすがに二回目はされたくないのでやめた。
行くならご飯を食べてからだ。
他国との交流、あれのせいでカレンの人生は変わってしまった。
友人に話しかけてもごめんね、と言われて話してくれないし、無理矢理婚約取り消しの書類にサインさせられるし。
(無理矢理なら無効よね?)
書かないと親戚のところに行儀奉公に出すってお父様に言われちゃったし、仕方なかったのですもの。
だいたい他国の言葉なんて覚えなくても通訳って人がいるんだからいいじゃない。
カレンはそうとしか考えられなかった。
(そうだ。私は正妃として彼を支え、そういう面倒な事はあのレナンにさせればいいんだわ)
私のほうが可愛いもの。
彼の隣に立つのにはやはり美しさがないとね。
背が高くて可愛げのないあの女は愛妾にさせて仕事をやらせればいいんだわ。
勉強大好きって顔してるし、仕事させれば喜ぶでしょ。
そのうちにエリック様に言ってみよ。
今はまだあの女に誑かされているから、もっと自分をピカピカにしてから言わないとね。
お父様に言って新しい化粧品を買わなきゃ。
綺麗になった私を見れば、エリック様も目を覚ますはずだわ。
頑張らないと。
ご飯を食べたから、早速さっきのことを抗議しに行かなきゃ。
あのオスカーって変態に魔法を使われる前にエリック様に言わなきゃ。
結局今度は話すことも出来ず先にオスカーに見つかり、強制退場となった。
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