「春夏秋冬代行者」 剣の杜

@Talkstand_bungeibu

第1話

春夏秋冬代行者、この仕事が生まれたのは重度の障害で動きが取れない患者、ホスピスで残り短い時間を終えていくものへのサービスからだった。代行者は患者からいつの季節にどこの風景を見てきて、または写してきてほしいかを告げられ、その通りに名所や思い出の場所を回り、写し、患者へと巧みな言葉でその様子を告げていく。そんな代行者にもベテランがいれば、ルーキーもいるもので、今日ある患者のもとに壮年のベテランの代行者が20歳前半と思われる新人の代行者を連れてきた。


「おや、今回は嵯峨さんが担当じゃないのかい?」


嵯峨と呼ばれた壮年の代行者がゆったりとした口調で応える。


「えぇ、この職業も若者が入ってくるようにしないといけませんからねぇ。私みたいな中年では気づかない感性もありましょうし。羽山君、ご挨拶を」


羽山と呼ばれた青年は少し緊張した面持ちで応じた。


「春夏秋冬代行者に今年合格しました羽山翔一と申します。まだ新人なもので不作法ありましたら申し訳ありません。今後よろしくお願いいたします」

「こちらこそよろしくお願いするよ、若い代行者さん。で、早速見に行ってほしいものがあるんだ。福井の大野城なんだが・・・」

「お城ですか、それならいくらでも大丈夫ですが・・・」

「羽山君、早とちりしてはいけませんよ。福井の大野城は天空の城として有名で、そのために朝早くから山を登る人がいるほどです。大賀さんが聞きたいのは、その天空の城の大野城ですね?」


大賀と呼ばれた患者はいたずらがばれたように表情を崩すと頷いた。


「嵯峨さんには分かるかー。11月頃から4月の末くらいまでみれるらしいんだがねぇ・・・」

「確か、11月が一番見られる可能性が高いんでしたねぇ」

「ということは、今が一番チャンスってことですね」


羽山が息巻く。嵯峨は鷹揚に頷くと言葉を続ける。


「さらに前日の湿度が高く、風が弱いといった気象条件も重なりますので早めに福井に行ってチャンスを待つべきでしょうねぇ」

「では、早速明日から福井県大野市へと向かい、絶景を確認してきます!!」

「あぁ、よろしく頼むよ、若い代行者君」


大賀が羽山に声をかけると、羽山は頭を下げて病室を出ていく。嵯峨も羽山を見送るとゆったりした動きで大賀に頭を下げ、病室をあとにした。



2日後――福井県大野市


羽山は昔の町並みを残した、石畳の道を歩いてく。古く優しい街並みと、その町並みを残しながらも新しい建物が溶け込んでいる。羽山は古い街並みに新しい街並みが違和感ないことに、どこか嬉しさを感じながら、街を歩いて行く。

そして昼時、福井ならヨーロッパ軒のソースカツ丼なのだが、宿を取った店主から大野なら醤油カツ丼だといわれ、早速醤油カツ丼のシールが貼ってある店を探し入っていった。ソースカツ丼とはまた違った醬油のまろやかさがおいしく、大盛でも簡単に平らげてしまった。


「うまー、これならいくらでもいけるわー。腹ごしらえもできたし、雲海の出る情報を詳しい人に聞きに行ってみるかな?」


羽山は毎年、美しい雲海の中にたたずむ大野城を撮影しているカメラマンとアポを取っていた。協力者としてお願いしていたのだ。約束していた時間に、向こうの指定してきたカフェに入ると、いかにもカメラマンといった風貌の男性がカウンター席に座っていた。


「久島さんですか?」

「おぉ、君が新人の春夏秋冬代行人の羽山君か。よろしく頼む」

「こちらこそ、よろしくご教授願います」

「早速だが、気象条件の話は聞いているかな?」

「はい、こちらも調べられることは調べました」

「なら、話が早いが私が撮影しているようなあれだけの雲海は、最も観測のできる今の時期でも多くて5回ほど、少なければ1回しか見られない」

「そこまででもないものは、まだ多少は見られる確率が上がるといったことでしょうか?」

「あぁ、そうだ。だが、君が求めているのは違うだろう?」


久島に問いかけられ、羽山は頷いた。


「はい、久島さんが撮られているような大野城を見たいんです」

「そうか・・・、1カ月粘る覚悟はあるか? 可能性のある日は常に山に登ることになるが、それも覚悟できているな」

「はい、もちろんです」

「よし、わかった。とりあえず、今雲海を見れる可能性のある日は3日後だ。それまでは英気を養ってくれ」

「はい、わかりました。街並みを見ながら宿に帰ろうかと思います」


羽山はそういうと、会計を行いカフェをでた。そして、宿に戻ると純和風の部屋に寝っ転がる。


「日本人ならやっぱり畳だなー。それにしても下手すれば月1回を引き当てなければならないとか、かなり運に恵まれなくちゃな・・・」


羽山は呟いて手足を目いっぱいに伸ばす。そして、勢いをつけて起き上がる


「余計な考えはやめやめ。見れるときは見れる。なんとかなるさ」


気合を入れるように頬を叩くと登山用の道具のチェックを始めた。



3日後――午前3時半


「よし、いくぞ」

「はい、おねがいします」


久島と羽山は気合を入れて、大野城西から1km離れた戌山のまだ暗闇の山道を登っていく。途中、同じ目的なのかちらりちらりと同じような登山客がいた。そして、歩くこと数10分、頂上につくと朝霧が盆地を覆い隠し、海のような風景が目の前に広がっていた。


「すごい、これが天空の城、大野城・・・」

「羽山君、君が求めているものはこんなものじゃないぞ。フル雲海の時はもっと朝霧は大野城に近づいていく」

「これでまだフル雲海じゃないんですね」

「そうだ、盆地が広いせいで河川や大野城近くの田畑でも朝霧が発生しないとフル雲海にはなかなかならない」


そういいながら、久島は雲海の中の大野城を撮影していく。これ以上の光景が見られる、そのことに羽山は心躍っていた。その日は、明け方頃に雲海は消え、解散となった。



6日後――


その日は雲海は全く出ていなかった。


「今日は出ていませんね・・・」

「予報が必ず当たるとも限らないからな。そういう意味も含めて、フル雲海を見るのは忍耐が必要なのさ」


久島が大野城を見下ろしながら呟いた。



それからは、外れと普通の雲海の繰り返しだった。2週目は軽い雲海が2回。まだ時間はあると、サツマイモの取れるこの時期にしか作られない大野の銘菓、芋きんつばをほおばりながら気楽に考えていたがフル雲海を見るのはそう甘いことでなかった。

3週目は雲海には出くわさず完全に空振り。4週目にはいり、さすがに焦りが見えてきた。今週に見ることが出来なければ、今後見ることのできる確率はガクンと下がってしまう。そんな中、4週目の中日、待ちに待ったものがきた。


「久島さん、なんか今日の山道、霧濃くないですか?」

「あぁ、これはもしかしたらチャンスかもしれないぞ」


はやる心を押さえながら、慎重に霧の中の山道を登っていく。そして山頂につくと求めていたものがそこにあった。

四方の山から朝霧が滝のように流れ込み雲海をなし、本来見える水田を隠す。白い雲海がけぶり、緑の大地を隠す中、唯一島のように浮かび上がるものがあった。大野城だ。雲海が風に吹かれ形を変え、並のように大野城にかかっていくが、数秒後には雲海は波飛沫のように消える。


「これだ、これが求めていたものだよ、羽山君」


久島はカメラを取り出し次々と移り変わる雲海と大野城を撮影していく。一方、羽山は圧倒的な景色に言葉が出なかった。雲海のダイナミックさ、そして大野城との対比による幽玄さ、この2つを上手く言葉にできないでいた。だけどこれを言葉にしなければならない。今自分が感じている感動を言葉にして依頼人に伝えるのが春夏秋冬代行人の仕事だ。感動と言葉選びを同時に行いながら、羽山はこの場にのまれないように必死だった。



大野城のフル雲海を見て3日後、感動を忘れないうちに羽山は嵯峨と、大賀のもとに訪れた。


「大野城はどうだったかね」


大賀が確かめるように尋ねる。


「見ることが出来ました。良い経験をさせていただきありがとうございました。」

「それでは、どのようだったかきこうか」

「はい、大野城の雲海は――」


羽山は自分が感じたものを飾らず、大賀に伝えていく。それを聞きながら、大賀は目を閉じ、頷きながら話を聞いている。


「最後に、これまで言葉を尽くしましたが、正直な僕の想いは『言葉にならない』です」

「うん、やっぱりあの雲海をみるとやはりその言葉にいきつくよねぇ」


羽山の締めの言葉に、大賀は納得したように大きくうなずいた。羽山はその言葉に一礼すると、今度は笑みを浮かべて話し始めた。


「大野ですが、大野城以外にも魅力的なものがありました。食べ物なんかはその最たるもので――」


サービスといわんばかりに雲海を見るまでにあったことを次々と伝えていく。大賀はその話を楽しげに聞いている。


(やはり若い者を行かせて正解でしたね)


嵯峨はそう心の中で思いながら、楽し気に話す羽山と、その話を楽し気に聞いている大賀をみて笑みを浮かべた。

春夏秋冬代行人、依頼された風景と、その風景にかかわる人たちの物語を依頼人に届けるのを仕事とするものたちをそう呼ぶ。



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