第33話 ケーテン砂漠

 エルガスを出発して1日後。


「着いたな」


 ケーテン砂漠を前にして、シルヴィアさんは吹き荒れる巨大な砂嵐を眺めるようにして立ち、そう言った。


 結局、シルヴィアさんは本当にノンストップでここケーテン砂漠まで走り抜いた。

 討伐隊が歩いて3日かかる距離を疾走し、4、5体ほど殺戮級の機械獣をなぎ倒し、傷害級や殺害級は数えきれないほど遭遇した。

 それなのに、その身体には一切の汚れがなく、冷徹な瞳や白銀の髪で連想されるような涼やかな表情をしていた。


 一方、そんなシルヴィアさんに付き添って並走していた僕は、というと、


「ゼェ……ゼェ……づ……づぎまひだ……ゼェ……か……?」


 膝に手をつき、息も絶え絶えの満身創痍だった。

 大量の汗を掻き、顔は青白く疲れ切っていて、目には隈、頬も痩けていた。


『エネルギーの不足を感知しました。

 生存戦略機構に基づき、エネルギーの摂取を提案します』


 ライトも1日中起動し続けていたせいか、エネルギー切れ寸前。

 3時間前からずっとこの調子で警告し続けている。

 その度に――エネルギー摂取のため人間シルヴィアさんが殺されるわけにはいかないから――携帯食糧を少しずつ食べていたけど、それも尽きてしまった。

 まぁシルヴィアさんが殺されるなんて想像できないけど。


「無事か?」


 そんな僕をシルヴィアさんは冷静な目つきで見てくる。

 きっと背中にある荷物のことが気がかりなのだろう。


「……に、荷物は……無事だと……ゼェゼェ……おもいまひゅ……ゲホゲホ」


 僕も運び屋の端くれ。

 当然、荷物は細心の注意を払って丁寧に運んだつもりだ。

 振動をできるだけ抑えるように走ったり、機械獣とはできるだけ距離を取ったり。

 ライトがエネルギー満タンだったら全任せにしてたけど、3時間前くらいにエネルギー枯渇ぎみになってからは、特に注意していた。

 もちろんシルヴィアさんの速さに合わせて走っていたから、ライトの補助ありでも、めちゃくちゃ疲れたけど。


「か、確認ひま……ふか……?」


「いや、違う」


 けれどシルヴィアさんは首を振る。

 荷物のことじゃないの? と僕は首を傾げていると、


「君のことだよ」


「え……僕でふか……?」


「荷物ももちろん後で確認するが……私のスピードについてきたんだ。

 便利な右腕があるとはいえ、さすがだよ。討伐隊でもなかなかいない」


「それは……ありがとうございま……す」


「だが、少しやつれているようにみえる。だいぶ疲れたんだろ?

 だから身体に異常がないか、聞いたんだ」


 右腕の効果もあるしな、とシルヴィアさんは僕の頬を優しく触る。


 ケーテン砂漠へ向かう前に、シルヴィアさんにはライトのことは伝えていた。

 僕からエネルギーを摂取していることも、だ。

 だから、心配してくれたんだろう。

 ライトが僕から過剰にエネルギーを吸収していないか。

 けれど、そのことに関しては問題ないはずだ。


 ライトはマスターを殺せない。


 その大前提があるから、いくらライトが僕を殺すという演算結果が出したとしても、再演算するはずだ。


「だ、だいじょうふです……あの……ご飯さえ食べれば」


「そうか。ならば、すぐに野営地へ向かうとするか」


とシルヴィアさんはケーテン砂漠付近にあるテントが立ち並ぶ場所を指差した。


 薄い茶色のテントで、砂漠地帯では見えにくい。

 シルヴィアさんが指差してくれなかったら、全然気がつかなかった。

 立ち並ぶテントの間で、銃を構えた人達が歩いているのが見えた。

 誰もがシルヴィアさんのような戦闘服を着て、表情も緊迫感で引き締まっている。

 最前線に来てしまった、というのが一瞬にして理解できた。


 疲れてはいたけど、緊張感を取り戻せた。

 僕は背筋を伸ばして唾をゴクッと呑み込むと、野営地を真っ直ぐ見つめた。


「はい、向かいましょう」


 僕とシルヴィアさんはどちらからともなく野営地へ向かって歩き出す。

 シルヴィアさんはもう走ることはなかった。

 僕に合わせてゆっくりと歩いてくれている。


「まったく限界ギリギリまで頑張るとは」


 シルヴィアさんは呆れ顔でため息を吐く。


「言ってくれれば、どこかで少し休んだのに、な」


「!!」


 そうなの? 言う機会、全然なかったんですけど……!

 とは言えるはずもなく、僕は野営地に着くまで「ははは……」と乾いた笑いを零したのだった。

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