第4章 街の脅威に運び屋を
第23話 フリーランスの運び屋の1日
朝。今日は珍しく天気のいい跳躍日和。
工場の機械が稼働し始める音が穏やかに響き渡る中、
「あぁぁあああああ!!!!」
近所迷惑か、と思われるほどの大きな叫び声を上げて僕は起床した。
叫んだ理由は明白だった。
「寝坊した!」
僕は飛び起きて、すぐに洗面台まで飛んだ。
始業まであと10分。
いつもなら1時間半は余裕を持って起きてたのに、なんで今日に限って……!
「どうして起こしてくれなかったんだよ!?」
僕は
『私はいつも通り起こしました』
右手の甲に口が現れ、ライトはそう言う。
この殺人オートマタは起床時間になると、右腕をバイブレーションさせ、
『マスター、起床時間です。起きてください』
とアラームが如く繰り返すのだが、今日は全然気が付かなかった。
『正確にはマスターから停止命令を出されました』
無意識のうちに止めていたみたいだ。
今度からは起きなかったら5分起きに再アラームしてもらうか。
いや、そんなこと考えている場合じゃない!
歯磨きして、顔洗って、着替えて――。
ものの5分で支度を済ませる。
仕事用の鞄の中身を簡単にチェックした僕はキッチンにあった食パンを乱暴に取ると、そのまま口に加えて外を飛び出した。
『警告。栄養の偏りがあります。
サラダ、肉を摂取することをおすすめします』
「そんな時間ないよ!」
走りながら、パンを口に詰め込む。
なにも塗っていない食パンは味気なくて口がパサパサしてくる。
それでも無理やり咀嚼して飲み込むと、僕は右腕を挙げた。
「ライト!
『承知しました』
ライトは素早く三本の鉤爪に変形すると、周辺の建物のへりに向かって右手を射出した。
★★★
「おはようございます!」
「あら、レオ。おはよう。遅かったね」
「レオおにぃちゃん、おはよー!」
武器工房トランスに到着すると、キャリ姉とニコちゃんが出迎えてくれた。
キャリ姉は既に武器作製用の炉を炊き、開店準備を終えていた。
ニコちゃんは朝ご飯を食べ終えた直後なのか、頬に食べカスがついていた。
「寝坊しました! すみません!」
時計を見ると、仕事開始1分前。
ギリギリ到着したけど、まだ安堵できない。
僕はトランス内にある専用のデスクに鞄を乱暴に置く。
デスクには、
『フリーランスの運び屋レオ・ポーター
お荷物発送・受付』
と書かれたキャリ姉お手製の看板が貼り付けてあった。
「ライト! 今日の予定を教えて!」
鞄の中を弄り仕事道具を引っ張り出しながら、ライトにそう聞く。
『はい。本日は配送が179件、集荷が63件です。
内、武器工房トランスの発送が3件、武器工場フィラメントの発送が34件。
重機部品工場パナソンへの配送依頼が各社10〜20件あります。
武器工場フィラメントの発送は全て9時30分までに完了してほしいとご要望ありました』
「ひぃぃいい! あと30分しかない!」
「他一般の宅配が28件。内、午前希望が――」
ライトが説明している間に準備を完了させて、
「いってきます!」
と僕はトランスを飛び出した。
「まずはタンクさんのとこだ。届けたら、キャリ姉のところに戻る途中で集荷して、戻ったらトランスの荷物も持って……」
ライトから聞いたのを参考にして、エルガスの地図を思い浮かべながら、頭の中で計画を立てる。
『フィラメントの荷物を届けるルートで集荷可能な荷物が5件あります。回収しますか?』
僕が考えていると、ライトがこうやって補足してくれる。
「30分以内で行ける?」
『可能です』
「じゃあ回収しよう」
『承知しました』
ライトは再び右腕から配送用の姿に変形していく。
右手はさっきと同じ強靭な鉤爪。
更に僕の身体に纏わりつき、背中には回収した荷物を収納するための箱、両脚にはクッション性の高いブーツがそれぞれ出来上がる。
そして耳元にもライトとの会話用のイヤホンジャックが付き、
『では飛びます。ご注意ください』
準備が完了すると、ライトは僕を連れて周辺の建物よりも高く飛び上がった。
タンクさんとこまで文字通り一直線だ。
今日も大忙し。
キャリ姉とニコちゃんが作ったチラシを(半ば強制的に)空からばら撒いたせいで、依頼も殺到。
フェデックのオートマタ1体よりも遥かに多くの件数をこなしている気がする。
ライトのおかげでなんとかなってるけど。
まぁ仕事がないよりはマシだ。
マシなんだけど――。
★★★
「あぁ〜……しんどい……」
夜。
ようやく仕事が片付いて、僕はトランス内にあるデスクで突っ伏した。
今日もまた多かった。
エルガスの端から端まで飛び続け――途中、飛びながらエネルギー補給をしたけど――昼も時間が取れないくらいの量を捌き切った。
今日は特に多かったけど、だいたい毎日こんな感じ。
ありがたいけど、早死にしそうだ。
まさかこんなに依頼されるとは……。
正直、思わなかった。
そういえば、なんだか街がざわざわしていたような気もしたな。
これも依頼が殺到したせいなのだろうか。
「お疲れ〜、レオ」
デスクの上にコトンとお茶を置きつつ、キャリ姉がそう労ってくれた。
「キ、キャリ姉ぇぇええ……」
「あぁ。はいはい。泣かない泣かない。
もうエネルギー切れで動けないんでしょ?
ライトちゃんも動いてないもんね。
ご飯作るけど食べてく?」
「食べるぅぅうう」
「了解。まったく嬉しい悲鳴っていうのはまさにこういうことね」
呆れるようにため息を吐きつつ、キャリ姉は二階へ上がっていく。
僕は疲れて、もう動けない。ライトも沈黙をしている。
朝ご飯をしっかり食べなかったからか、もう空っぽ。ガス欠だ。
本当。ライトはエネルギーをよく使う。
まぁ仕事が終わるまでちゃんと動いてくれるから、もしかしたら燃費が良い方かもしれないけど。
でも終盤になると右腕がかなり熱くなり、今じゃ、うんともすんとも言わない。
演算や変形、それに跳躍と、殺人オートマタという名目を超越した働きをしてくれているのだから、当然ちゃ当然……なん……だけ……ど……。
「うぅ……」
あぁ。ダメだ。眠くなってきた。
ご飯できるまで少し寝ようかな。
食べ物を口に運ぶくらいには……回復しなきゃ。
「おや? 休み中だったか?」
「ぇあ……?」
そんな時、トランスの入り口から凛とした女の人の声が聞こえた。
ない力を振り絞って、声がする方を見てみると、
「シルヴィア……さん?」
スラっとした白銀の髪がトレードマークの討伐隊服を着た美女が扉に寄りかかりつつ立っていた。
「あぁ。すまない。起こしてしまったようだな」
「あ、いえ。まだ寝ていないです……」
「そうか」
シルヴィアさんはそう言うと、工房の中に入る。
「こんなところまでどうしたんです?」
ヘロヘロだけれど、シルヴィアさんを無碍にするわけにはいかない。
身体は起きないけど、頭はできるだけシルヴィアさんの方に向けて応対する。
「いや、ちょっとな」
「はぁ……」
「最近は多忙か?」
「え?」
シルヴィアさんの質問の意図が読み取れず、少し戸惑う。
わざわざこんなところまで来て、世間話……?
本当にちょっと立ち寄っただけなんだろうか。
まぁいいや。
悪い人じゃないし、世間話のひとつやふたつ。
シルヴィアさんとそういう話をしても悪い気はしない。
「まぁ……ぼちぼち忙しいですね」
「ふん。相変わらず謙虚だな。かなり忙しいんだろう?」
「……そうですね」
「そうか」
「…………」
「…………」
沈黙。
いったいどうしたのだろうか。
シルヴィアさんらしくない行動に僕は首を傾げた。
シルヴィアさんは何か言いづらそうな顔をしている。
なにを話すべきか悩んでいるとも言うべきか。
しかし、すぐに何か決心したようで僕の方を見ると、
「やはり性に合わないな。忙しい君に申し訳ないが、単刀直入に言う」
「……なんでしょう」
「荷物の運搬を依頼したい。エルガスの外へ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます