閑話 フェデック社長室にて 前編

「いったいどういうことだ!!」


 サムエル・フェデックは手に掴んだ紙を見て叫んだ。

 その紙にはここ数十日で契約解除を申し出た企業のリストが記載されていた。

 どれも武器や精密機器を製造する工房や工場だ。

 エルガス内の配送がほとんどストップだ。


 2、3ヶ月前までは配達オートマタという自分達の革新的なアイディアに賛同していたじゃないか。


 確かにここ最近はオートマタの評判が良くはない。

 それは住民があの動きに慣れてしまったから、だと思っていた。


 しかし。


「軒並み辞めるだと?」


 これは予想外だった。


 エルガスで運び屋会社はただひとつだ。

 今後は自分達でやるということか!

 そんな余裕どこにあるというのだ。


 サムエルはリストを机に叩きつけ、どかっと椅子に座った。

 窓を見ると、汚れた空気で黄色くなっているいつも通りのエルガス。


「いったい何があった?」


 その景色を見ながら、ギリっと歯を擦り合わせる。

 これから契約が増えることはあっても、減るとは思わなかった。


 スピード重視、大量発送は必要がないということか?

 いや、そんなはずはない。

 規模の大きい工場では発送が生産に追いついていないというデータがあった。


 製造した大量の部品をエルガス内の別の工場に送り、そこで大量の製品を造り、店に発送する。

 そのサイクルが高速化されればエルガスは盛り上がり、世界一の生産都市になる。


 大量に運べる速い運び屋はエルガスには必要なはずだ。

 だがこれではエルガスを発展させるどころか、我が社が……。


「くそ……!」


 最近、とことん自分の思い通りにならない。

 いったい、いつからだ。


 そう考えて、思い浮かぶのはあの金髪ロングのきつね顔の女。


「キャリー・トランス……!」


 そうだ。あの女が断ってからだ。


(せっかく私が直々に挨拶しにいったのに、必要ないと断りやがった)


 挙句の果てには、当てつけのようにクビにした運び屋を雇う始末だ。


 だが、まぁそれはいい。

 断ったすぐそのあとにサムエルはエルガスの取引先に一報を送っていたからだ。

 曰く、


『フェデック以外の運び屋を信用するな』


 これによりモグリに発送を頼んでも受け取ってすらもらえなくなる。

 武器工房トランスが武器を発送できない。商売どころの話では済まなくなる。


 大企業を敵に回すということはそういうことだ。

 最初は耐えていても、どうせすぐ音を上げる。

 やっぱりフェデックが必要だと懇願するに違いない。


 懇願したところでそう簡単には許すつもりもないが。


(そうだな。せめてあの女が一生を私に捧げるというなら考えなくもないが……)


 布石を打ったその日、この社長室で外の景色を見ながらそう考えて笑った。


 だが、それも一向に来ない。

 いったいなぜだ。

 自分と人生を共にすれば、一生金に困らない生活を送れるというのに。


(私がちょっと愛想を振りまけば、その辺の女は尻尾を振って股を開くものだ)


 なのにあの女! 全然、思うようにいかない!

 あぁ。イライラする。


「…………ん?」


 そんな時、サムエルは外の景色の違和感に気が付いた。


 フェデックの社長室は12階建てのフェデック本社の最上階に位置する。

 これより大きいのは、絶えず排気し続ける工場の煙突とエルガスを囲む大きな壁くらいだ。


 にもかかわらず、人型の何かがこの社長室くらいの高さで見えた気がした。

 サムエルは目を凝らして、外を眺める。

 排ガスのせいで見えにくいが、やはり煙突を伝って何か飛んでいる。


「なんだ……あれは?」


 オートマタか? いや、よく見ると人間だ。

 しかも見覚えがあるような――。


「――まさか!!」


 サムエルは立ち上がり、窓に勢いよく手をついてそいつを見た。

 やはりよく知る人物。

 なんなら自分が解雇した運び屋だった。


「レオ・ポーター……ッ!」


 サムエルは食い入るようにレオが飛ぶ姿を見てそう叫んだ。

 あそこまで飛んで、あいつは一体、何をしている。

 その黒く包まれた大きな荷物を背負ってどこへ行くつもりだ。

 いや、荷物から何かを出しているのか?

 紙束のような……何をばら撒いているんだ?


 そう考えていると、風のいたずらかフェデック社長室の窓にそのチラシが張り付いた。

 跳躍している運び屋のような絵が中心にあり、右下にクレヨンで描いたようなマーク。

 そして、上部には大きな文字でこう書かれていた。


『エルガスなら30分以内でどんなところにも運びます。

 フリーランスの運び屋レオ・ポーター』


「なんだって!?」


 まさかまだ運び屋をしているのか?

 どういうことだ!?

 金額もフェデックよりも低い。配達時間もフェデック製オートマタよりも早い。

 そんなまさか。

 あのノロマのレオ・ポーターが?

 ありえない。


 いや、それよりも。

 エルガスではフェデック以外の荷物は受け取らないよう根回ししていたはずだ。

 それが全く効いていないということか。


「バカな!」


 サムエルはすぐに振り返ると、机にあった受話器を乱暴に持つ。

 固定電話のボタンを鋭い音を立てて押すと、受話器を耳に当てる。

 無機質なコール音。

 1回……2回……3回。

 この時間がもどかしい。早く出ろ、とイライラが募る。


「お電話ありがとうございます。重機部品工場パナソンでございます」


 やっと出た。

 ビジネス電話仕様だが、聞き覚えのある男の声。

 このまま話を進めよう。


「やぁ、パナソンさん。私だが」


「あぁ……えーと、どちら様?」


「サムエルだ。運び屋会社フェデックの」


「あぁ。……お世話になっております」


 少しぎこちない返事だった。

 気になるが、今はこっちの話が優先だ。


「以前、話したモグリの運び屋の件を覚えているかい?」


「そりゃあ……はい。その節は忠告いただいてどうも」


「いや、君たちのことを思ってだよ。

 それでパナソンさん。いや、あなたがそんなことするわけないとは思っているんだけど、念のためね。

 もしかしてそのモグリから荷物を受け取ったりしていないよね?」


「受け取ってますよ」


 パナソンは平然とそう言い切った。

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