第17話 面倒臭いおじさん

「ようやく会えたな、武器工房トランス」


 顔を赤らめて、ヒックと吃逆をあげるおじさん。

 だいぶ呑んだのか身体からお酒の匂いがぷんぷんしていた。

 その男を見た瞬間、キャリ姉はまた貼り付けた営業スマイルになった。


「あら、タンクさん。ご無沙汰しています」


 最近、気がついたけどキャリ姉は嫌いな相手の前だとよくこういう笑顔をするのだ。

 ってことはサムエルさんも好きじゃなかったってことか。

 確かにソリは合わなそう。


「フィラメント工場の調子どうですか?」


 キャリ姉は適当すぎる当たり障りのない世間話を繰り出していた。

 まぁキャリ姉がこの人を良く思っていないのはわかる。


 このおじさん――タンク・フィラメントさんは武器工場フィラメントの工場長。

 いわば同業他社のライバル企業だ。

 更にタンクさんは、工場長という立場も相まって偉そうで厳しい。

 いつも従業員に怒鳴っている頑固親父だ。

 しかも酔っぱらったら更に面倒臭い。

 キャリ姉が最も苦手とするタイプだった。


 とはいえ、力の差は歴然。

 タンクさんの工場は個人商店の武器工房トランスよりも遥かに大きい。

 僕らは眼中にないはずだけど……。


「調子? 調子だと?」


 今、タンクさんは僕らを、特にキャリ姉を敵視していた。


「ふざけんじゃねぇ!!」


 いきなりの怒鳴り声にニコちゃんの身体がピクっと強張る。

 その瞬間、キャリ姉の動きは早かった。

 タンクさんからニコちゃんを隠すように前に立つ。


「タンクさん。私たち、今レオの歓迎会の最中なんです。

 御用があるならまた後日――」


「後日ならお前ら逃げるだろうが!」


 タンクさんはキャリ姉の言葉を遮るように怒鳴り散らす。

 まずいな――。


「タンクさん、話は外でしましょう」


 ――と思った瞬間には、キャリ姉は既にそう提案していた。


「キャリ姉……?」


「大丈夫。その代わりニコをよろしく」


 僕は心配でキャリ姉に声を掛けたが、愛想笑いをこちらに向けタンクさんの返事も聞かず、酒場の外へスタスタと歩いていった。


「あぁ!? 逃げるな」


 酔っぱらっているタンクさんはその背中を追いかけるように外へ。

 タンクさんが怒鳴ったおかげで酒場は静寂に包まれたが、二人が出ていったおかげで次第にまた元の喧騒に戻っていった。


 けれど相変わらずニコちゃんの表情は固いままだ。


「ほら、ニコちゃん。ご飯、食べようか。キャリ姉はちょっとお仕事みたいだ」


 僕はそうニコちゃんに優しく笑いかける。

 するとニコちゃんは泣きそうなのを我慢するような顔で「うん」と頷くと、ちびちひとご飯を食べ始めた。

 怖かったし、お姉ちゃんのことが心配なんだろう。


 僕もそうだ。

 でもニコちゃんをここに残すわけにもいかない。

 様子を少し確認できたらいいけど、残念ながら僕らが座っている席の近くには窓がなかった。


『お困りですか?』


 どうしようか、と悩んでいるとライトが話しかけてきた。

 ちらっとニコちゃんを確認する。不安そうな顔でご飯に目を向けている。


 僕は右手を耳に当てると、小声でライトに応対する。


「キャリ姉がタンクさんと外に行っちゃったんだ。その様子を確認できる?

 できればタンクさんを刺激しないようにしたい」


『承知しました。……検討しています……検討完了。

 今のスペックでは音声のみであれば可能です』


 ライトはそう言うと、右腕から小さな虫のようなものを出現させる。

 6本脚で身体は6角形の単純な形状だ。

 その虫はテーブルに落ちると、カタカタと素早い動作で酒場の外へまで走り出した。

 外に出るまでそれに気が付いたものはいない。


 そして、ライトは右肩部分の一部を変形させコード形状になり、先端を僕の右耳に刺した。

 右耳に入ったそれは柔らかく、ピーという電子音のような音が聞こえていた。

 調整するように音が高くなったり低くなったりしていたが、


「――――ッ!」


「…………いて……さ……」


 やがて声が聞こえ、音量が上がってきた。

 次第に明瞭になっていく音声で、一番初めに聞き取れたのはタンクさんの叫び声だった。


「俺の客を奪いやがって! 何様のつもりだ!?」

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