第18話 全ての演算は殺人に通ず 前編

「俺の客を奪いやがって! 何様のつもりだ!?」


「奪ったなんて。そんな余裕ありませんよ」


 キャリ姉のそんなはきはきした声が聞こえた。

 あんな怒りまくっているタンクさんの前であんな堂々とした声を出せるなんて。

 キャリ姉はやっぱり肝が据わっている。


 でも奪ったとはどういうことだろう?

 確かに新規顧客を得ることはできたが、僕らは人数が少ない。

 奪うほどの営業ができるほどの余裕はない。


「じゃあなんだ? 俺の工場から客が減ったのは偶然だっていうのか?」


 おそらく偶然だ。

 いや、原因はあるはずなんだけど、僕らのせいじゃないと……思う。

 絶対。おそらく。たぶん。


「少なくとも悪意を持って私達が何かをしたっていうことはないとは思いますよ」


「ああそうか。お前らがうちの商品に手を加えたんだな!?」


 キャリ姉の話を全く聞かず、タンクさんはそう言いがかりをつける。

 でも、手を加える?

 いったいどういうことだ?


「手を加える?」


 キャリ姉も僕と同じ気持ちのようだ。

 音声からじゃわからないが、おそらく首を傾げていることだろう。


「客から苦情があったんだ!

 俺の工場で作っている製品に不良品が多いってな!

 今までそんなことなかったのに、最近になって急に!」


「……はぁ」


「そしたらお前んところに俺の客が発注してるじゃねぇか!

 お前らがなんかしたんだろ!?」


「いえ、心当たりは全くないですけど」


「嘘つけ! じゃあなんで最近うちの売り上げが落ちているんだよ!?」


 聞けば聞くほど、とんでもない言いがかりだ。

 不良品が増えたのも、僕らの工房のお客が増えたのも全くの偶然。

 因果関係なんてあるわけない。


 それにこの一ヶ月、僕もキャリ姉もタンクさんの工場に足を運んだ記憶はない。

 キャリ姉は特に忙しそうにしてたし。


 僕らが関与しているなんて全くの誤解だ。


「お前らがなんかやったから、うちの製品の品質が悪くなったんじゃねえのか!?」


「そんなわけ……私達にそんな余裕ないって言ってるじゃないですか!?」


 キャリ姉の語尾が強くなってきた。

 変な言いがかりでイライラしてきたみたいだ。


「あぁ!? じゃあお前ら以外に誰が原因だっていうんだよ!?」


「タンクさん達の従業員の誰かか、工場設備の不具合じゃ?」


「俺の工場に原因があるって言うんか!?」


「だってそうでしょ! 発送する前にちゃんと最終チェックしたんですか?」


「俺のチェックが甘いだと!?」


「違うんですか!?」


「あぁ!?」


 あぁ……だんだんとヒートアップしてる。

 今にも取っ組み合いになってもおかしくない。

 キャリ姉も血の気が多い人だけど、さすがに男の人と殴り合いになったら危険だ。


 そんな心配をしていたら、耳元でビーっという警告音が聞こえた。


『個体名タンク・フィラメントの脅威レベルが更新されました』


 つまりキャリ姉が危険ってことか!

 まずい。


「ごめん。ニコちゃん。ちょっと行ってくる」


 ニコちゃんにそう声を掛けると、僕は酒場を飛び出した。


★★★


「ライト。キャリ姉どこ行った!?」


『右向き6メートル先右方向です』


 その言葉通りの右に走ると、


「てめぇ! 女のくせに生意気だぞ!」

 

 タンクさんの怒鳴り声が大きく聞こえてきた。

 声がする方に行くと、酒場に面した路地裏を発見。

 見ると、ちょうどタンクさんがキャリ姉を殴りかかろうとしていた。


「ライト! キャリ姉を守って!」





 ――この時。

 僕はライトが殺人オートマタであることを、本当の意味で、認識していなかった。

 ライトに命令する時には必ずつけなきゃいけない文言を、僕はすっかり抜けてしまっていたのだ。


『了解。対象の生命活動を停止させます』


 それを言わないとどうなるか。

 全ての演算は殺人を目的としたものになる。

 ライトはどこまでいっても殺人オートマタなのだ。


 

 それはライトを使うためには絶対に必要な言葉だった。

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