第14話 衣擦れの音

「さっきはすまなかったな」


 静寂な支部長室の中で、布が擦れる音が背後から聞こえた。


「彼らは最近来たばかりでな。君が顔馴染みの運び屋だと言うことを知らなかったんだ」


 パサっと布が床に落ちる。さらにタオルで身体を拭く音も聞こえてきた。

 後ろを向いて見ないようにしているが、なんとなく居たたまれない。


「まぁ顔馴染みでも警戒しなくてはいけない。

 討伐隊としては自然な行動だ」


 タオルをどこかに投げ捨て、服に腕を通しているのが想像できた。


「君にも落ち度はあった伝票を忘れたようだしな。許してくれ」


 しばらくして「もういいぞ」と声を掛けられたので、ゆっくりと振り返った。

 

 シルヴィアさんはさっき外で会った時とは全く違った衣装を身に纏っていた。

 黒を基調とした軍服姿。

 上半身は身体のラインに沿ったキッチリとしたデザインで、下半身もタイトなズボンに膝丈まであるブーツを履いていた。

 討伐隊エルガス支部の長として威厳のある風貌だ。


「……まぁ僕も悪かったですし……。

 むしろ助けてくれてありがとうございました」


 エルガス支部の前で、隊員に怪しまれていたところをシルヴィアさんに助けてもらった。

 顔馴染みの運び屋だ、ということで支部長権限で解放してくれて、そのまま支部長室に案内してもらったのだ。


 支部長室は一般的な応接室のように高級そうなソファと足の短い細長い机が中央にあって、奥側にシルヴィアさんのデスクがあった。

 デスクには書類が山積みになっていて、討伐隊支部長の忙しさが垣間見えた。

 支部長室の横には、書類や資料が入っているだろう背の低い棚が壁側に設置されていて、その上には東の国でよく使われていると言われている刀が飾られていた。


 そんなお偉い人しか入れないような場所に入れてもらったのだが、僕の表情は芳しくない。

 シルヴィアさんもそれに気が付いたようで首を傾げていた。


「? なんだ。その居たたまれない表情は?」


「いえ……」


 言えるはずがない。

 目の前でいきなり着替えないで、なんて。


 まさか客人を――それも一応は男を――同じ部屋に居合わせながら普通に着替えだすなんて思いもしなかった。

 後ろを向いていろ、とは言われたものの、背中越しに伝わる気配や衣擦れの音のせいで顔から火が出そうだった。


 全く。

 僕が変態だったらどうするつもりだったのか。

 だけど文句を言ったら、逆に変態のレッテルを張られそうだ。


 だから僕は口をモジモジさせながらお茶を濁していたのだが、


「あぁ……なるほど」


 シルヴィアさんは察しが良かったようだ。


「心配するな。誰の前でもはしないよ。君を信用しているからこそだ」


と弁明した。

 ……そういう問題じゃないんだけどな。


「まぁそんなむっつりな変態のことは置いておいて」


 言わずとも貼られた!?


「フェデックをクビになったのに、相変わらず荷物を運んでるのか?」


「!? ご存知だったんですか?」


 僕は目を丸くしてシルヴィアさんを見た。


「あぁ。先ほどサムエルから連絡があってな。担当が変わる旨を伝えられたよ」


 さすが。サムエルさんは仕事が早い。


「加えてフェデック以外の運び屋はモグリだから荷物を受け取ったり依頼したりするな、とも忠告を受けた」


「そ、そうですか……」


 やっぱり仕事が早い。

 キャリ姉から僕を雇うと話を聞いた瞬間には、もうこの街全体にそういう牽制をしていたのだろう。

 僕に満足に仕事をさせないために。


 キャリ姉にも迷惑をかけちゃうな……。


「尤も従う義理はないけどな」


「え……!?」


 シルヴィアさんの発言に僕はまた声を上げる。

 そんな僕を見てシルヴィアさんは不思議そうな表情をすると、


「当然だろ? 別にフェデックしか荷物を運んではいけないというルールも法律もない。

 運び屋会社はこの街エルガスではフェデックしかないが、別の街には数多くある。

 討伐隊はエルガス以外の武器や防具も仕入れるからな。

 フェデック以外の運び屋がダメだと言うなら、別の街の運び屋の荷物も受け取れなくなる。

 それでは仕事が滞る。

 発注したのにフェデックじゃないから受け取らないという選択肢はないよ。

 直接納品してくる奴もいるしな」


 君みたいに、と僕を指差した。

 確かに僕は運び屋と名乗ったが、武器工房トランスに雇われた身だ。

 である僕が届けたから、トランスからの直接納品という形になるのか。


「それで? トランスからの荷物というのは?」


「あ!」


 そうだった。


 僕は背中に括り付けていた荷物を下ろし、支部長室にあった足が短いテーブルの上に置いた。

 ライトの高速移動の影響が心配だったが、蓋を開けてみるとどれも綺麗な状態。

 見たところ、傷も付いていないし荷崩れもないみたいで、ホッと胸を撫で下ろした。


「うむ。確かに」


 シルヴィアさんはそう言うと、荷物の中から細長い箱を取り出し、中身を開けた。

 中にはライフルが入っていて、状態を確認するように構えたり銃身を見たりしていた。


「相変わらず丁寧だな。君以外だとこうはいかない。

 多少の傷を覚悟しなくてはならないが、綺麗なままだ」


 有難い言葉だ。

 まぁ今回は僕も心配だったけど。とチラリと右腕を見た。

 ライトは要望通り丁寧に運んでくれたようだ。


「それにしても急な発注だったのに、キャリーはよく対応してくれたな」


「え?」


「なんだ。聞いてないのか。

 今日の午前中に急ぎで用意してくれ、と私からお願いしたんだよ」


「そうだったんですか?」


 そんな話、一言も聞いていない。

 時間がなかったから当然か。

 そんな話聞いてたら間に合わなかったもんな。


 でもそんな今日中に準備なんて。

 無理を承知でお願いしたんだろうけど、いったいどうしてそんな急ぎで?

 疑問に思ってその旨をシルヴィアさんに聞くと、


「あぁ」


と鋭い目つきになり、こう言った。


「脅威レベル・災害級の機械獣を討伐するためだ」

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