第12話 ライトの性能

 まずいまずいまずい。


 僕は必死に足を動かして討伐隊のエルガス支部に向かう。

 

 どうすればいい。

 三十分でこの荷物を届けるなんて無茶だ。

 確かに急げば討伐隊の支部までだったら三十分で着く。

 けれどそれは荷物が破損しても良ければ、の話だ。

 聞けば、この中にはライフルや薬莢、それに火炎瓶があるというではないか。

 壊してはいけない。傷ひとつ付いてもダメだ。

 それだけで商品価値は一気に下がるし、何より危ない!


 いつも通り丁寧に運ぶしかない。でもそれだと間に合わない。

 キャリ姉のバイクを借りた方がよかったか?

 いや、ダメだ。どうせ普通のバイクだ。

 フェデック社で運転していたバイクと違って振動が大きい。

 それだけで壊れてしまう可能性がある。

 フェデック社のバイクだって当然、借りられない。

 その上、あれはあくまで速達用。

 振動を抑制しているとはいえ、荷物への負荷は避けられない。

 今みたいな急ぎの時くらいしかまともに扱ったことがない。


 それに基本的には荷物最優先だ。

 工場や工房が多いここエルガスでは少しの破損でダメになってしまう物が多すぎる。

 だからこそ僕は慎重に、丁寧に、を心掛けていたんだ。


 諦めてしまうのは簡単だ。でも辞めて初めての仕事だ。

 出来るだけ達成したい。

 けれど、この状況だと間に合わない。


「あぁ。どうすればいいんだ……!」


『お困りですか?』


 その時、右腕から無機質な声が聞こえた。ライトだ。

 相変わらず手の甲に口が出来ていて、そこから話している。


「……うん。困ってるよ。すごく」


 別にライトに助けを求めようなどとは思っていない。彼女は殺人オートマタだし。

 言うならば、愚痴のつもりだった。


「討伐隊エルガス支部にあと三十分で行かなきゃいけないんだ。でも荷物を傷つけちゃいけない。

 そんな状況だから走ることもできないし、正直間に合いそうにない」


『三十分で討伐隊エルガス支部。荷物へのダメージNG。それ以外の破壊行為は認められますか?』


「? ダメだよ。人も殺しちゃダメ」


 ライトの意図はわからないけれど、雑談交じりにそんなことを言ってみた。

 厳しい条件を言ったら何を返すのか、気になったのだ。


『了解。検討中です』


「え? マジ……?」


 案の定、ライトは僕が言ったことを本気と捉え、真面目に検討モードに移行した。

 ちょっとした冗談。愚痴のつもりだったが、オートマタには通じないらしい。

 僕は前に進みながら、このオートマタが結論を出すのを待った。


『検討完了』


 どうやら何かしらの解が導き出せたらしい。


「何か策を思いついたの? ――って、うわ!」


 ライトにそう聞こうとしたら、いきなり右腕の感覚が無くなり指先から肩までウネウネと動き出した。

 思わず立ち止まる。


『時間がありませんので、説明は省略します』


 そう言いつつ、ライトは形をどんどんと変える。

 はまず粘土のように柔らかくなると、荷物に纏わりつく。

 僕と荷物を密着させていた荷物紐にも巻き付き、解けないように固定。

 背中と荷物の間にもとても柔らかい感触が伝わる。

 そして粘土状のそれは足の方まで這っていく。

 両足を補助するかのように形状を変え、膝下あたりから靴ごと囲んでブーツになった。


 そのせいで肩から腕がまた無くなったかと思ったが、右腕は細くなり黒くなっていた。

 そして、手の形状はしていなかった。


「……なにこれ?」


 何かを強靭に掴みそうな三本の鉤爪があり、手の甲あたりにはワイヤーのようなものが巻き付いている。

 

『トランスフォーム完了』


 ライトは耳先でそう言う。どうやら右耳にもライトが纏わりついているらしい。

 一体なにをするつもりだ、と考える暇もなく、


『衝撃にご注意ください』


 僕らは宙を飛んだ。


★★★


「うわぁぁあああああああ!!??」


 一瞬だった。

 僕の右腕から手が射出され建物の端を掴んだかと思うと、そのまま引っ張られた。

 手の甲にある装備にキュルキュルとものすごい勢いでワイヤーが巻きつけられ、僕の身体は軽々と掴んだ部分に向かっていく。

 ぶつかると思った瞬間、目を閉じてしまったが、杞憂だった。

 上手いこと右手を捻った(?)みたいでぶつかることなく、そのスピードのまま僕らは建物よりも高く飛んだのだ。


 エルガスの街を一望。

 だが僕にはその景色を眺める余裕は当然持っていない。

 高くなった地面を見つめて涙目になりながら、叫ぶしかなかった。


「お、落ちるぅぅうう!」


『いいえ、落ちません』


 しかしこれもまた杞憂。

 ライトは次の建物の端を右手でもう既に掴んでいた。

 ワイヤーが巻き付く。

 違う方向へ身体が加速した。


『条件を全て満たすには、この方法が一番です』


 すなわち一直線。

 障害物のない空に高く飛び、ここから討伐隊エルガス支部まで一直線に向かうというのだ。

 ワイヤーの巻き付きによる加速でスピードも充分。

 荷物への負担はライト自身が緩衝材になることで対応していた。

 しかも加速による衝撃も緩和するように加速するたびに動かしていた。

 

 そして、オートマタの最優先事項であるマスターへのダメージも足や首元にある保護でいくらか軽減していた。

 とはいえ、足に纏わりついているライトのブーツはまだまだその機能を隠していた。


 ――トン。


 建物の屋上に着地した僕ら。

 思ったよりも衝撃はない。ライトにより作られたブーツによって吸収されたのだ。

 しかし止まることはない。


「あぁぁああああ!」


 ライトにより勝手に足が動く、駆ける、そして次の建物へ跳躍。

 右腕のワイヤーと両足のブーツにより障害物をものともせずに、文字通り真っ直ぐ討伐隊エルガス支部へ向かっていった。


「誰か助けてぇぇえええ!」


 あとで聞いたら、その叫びはエルガス中に響き渡ったらしい。

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