第11話 専属運び屋

「ねぇ。キャリ姉……どうしてあんなこと言ったの?」


「え? まぁ別にいいでしょ?」


 サムエルさんがいなくなった武器工房の中。

 キャリ姉は悪びれもなくそう言いつつ、奥で何やらガチャガチャと作業をしていた。


「サムエルさん、絶対怒ってるよ……」


「いいのよ。あんな人。放っておけば」


「そんなぁ……」


 僕は力が抜けたようにため息を吐いた。


★★★


 数分前。


「丁寧な運び屋さんがここに」


 キャリ姉がそう言った瞬間、


「……え゛?」


 僕は驚きのあまり思わず振り返った。

 何やらとんでもないことを言い退けたと思ったからだ。


 だがキャリ姉はそんな僕を見ずにじっとサムエルさんに対して笑みを振り撒いていた。


「丁寧な……運び屋?」


 背筋が震えた。

 恐る恐る声がする方を振り返ると、サムエルさんが虫けらを見るような目つきで僕を見ていた。


「この孤児上がりが?」


「あら? あのフェデックの社長さんとあろう方が出生で差別ですか?」


「差別ではない。事実を言ったまでさ。それに僕はそんなことで人を区別したりはしない」


 サムエルさんはそう言うと、


「ただ彼はウチを辞めた男だ。

 そんな彼がまだ運び屋をしようとしていて?

 更には我が社のお得意様を奪うようなマネをしてると?」


「……! ち、違います! これは――」


 キャリ姉の手が肩に食い込み、痛みが走った。

 見ると――営業スマイルを浮かべているが――その目は「黙らなきゃ殺す」と脅しているように感じた。

 僕は更に口を噤む。


「えぇ。レオからも聞きましたよ。になったと」


「…………」


「だから雇ったんです。専属として」


 キャリ姉はきっぱりとした口調でそう言う。

 そんな言葉を聞いて、サムエルさんのこめかみもピクっと動いた。


 ちなみに僕もギョッとしている。

 そんな話、聞いてない!


「ちょ……ちょっとキャリ姉? ――ッ」


(うるさい!)と殺気を感じるほどの握力!


「フェデックさんに頼むより安上がりですし、あんなオートマタより断然優秀ですから――」


★★★


「はぁ……」


 僕を雇ったと知った途端、サムエルさんは「そうですか」と一言だけ言って立ち去った。

 本当のことではないし、オートマタに任せたくないキャリ姉の口実だろうけど。

 実質、サムエルさんと敵対してしまったことに憂鬱な気分でため息を吐いた。


「なに? まだ気にしてんの?」


「きにしてんのぉ?」


 鬱々と今後の心配をしていると、何やら大きな荷物を抱えたキャリ姉といつの間にか階下に降りてきていたニコちゃんが僕を見ていた。


「そりゃ……」


 そうさ。

 なんたって僕が働いていた会社の社長だった人だ。

 恩義ある方前社長の息子だ。

 そんな人を怒らせたなんて……うぅ……気が重い……。


「相変わらず気が小さいねぇ。ほらほら。これ持って!」


 僕の心配がどうでもいいように、キャリ姉は自分の荷物を僕に渡してきた。

 蓋がない大きな立方体の木箱だ。

 思わず受け取ると、かなり重い。

 中身を見ると、その中には細長い木箱二個と何かがパックされた掌サイズの紙箱が数十個ほど、あと何かのビンが何本か入っていた。


「? これは?」


「対機械獣ライフル二丁と薬莢、それと火炎瓶かな。討伐隊エルガス支部に納品してきて」


「えぇ!? 僕が?」


「当然。さっきの話、聞いてなかったの?」


「……いや」


 専属として雇うのは本当だったのか。


「でも……」


 躊躇する。

 この街の運び屋会社は唯一。フェデック社のみだ。

 そんな大手企業に喧嘩を売るような真似……いや、もうしているんだけど……これ以上、悪化はさせたくない。


「なに? レオは悔しくないの?」


「……え?」


「だって一方的にクビを言い渡されたんでしょ?

 しかもさっきのあの態度!! 見た!?

 ゴミのように見てた!

 少なくとも自分の会社に貢献してくれたレオをだよ?

 あんなひどい奴だとは思わなかった!!」


 キャリ姉は僕よりも怒っていた。


「で? そんな奴に言われて泣き寝入り!?

 そんな簡単に受け入れていいの?」


「そりゃあ……悔しいよ」


 でも仕方ないだろ。

 フェデックの社長はサムエルさんだ。僕は彼の方針に逆らうことができない。

 悔しくても頷くしかない……。


「だったらなんで見返さないのよ!?」


「……!!」


「見返してやるくらいの気概、見せなよ。

 僕は全然できるんだぞって。僕を捨てたお前は間違っているんだって。

 そうしないと一生負け犬のまま終わるよ!」

 

 …………。

 

 キャリ姉の言う通りだ。

 このまま泣き寝入りしたって誰も助けてくれやしない。

 運び屋以外の仕事しかしたことがない僕だ。

 見返すくらいのことをしないと、僕は一生どこに行っても苦しい生活を強いられるかもしれない。


 今、解雇された僕を雇ってくれるって言うんだ。

 ここまで言われてやらなきゃ、男じゃない。


「わかったよ……」


 僕は荷物を静かに置くと、運搬用の紐を取り出した。


「よろしい」


 するとキャリ姉は満面の笑みでニカッと笑った。


「さっきのえっちなのも不問にしてあげる」


 ……都合が良いんだから。


「えっちって……?」


 ニコちゃんがそう聞くのを「ううん。なんでもないよ~」とキャリ姉は首を振ってはぐらかす。


「それで納品時間は? いつなの?」


 運搬用の紐で荷物を包み終わって、それを背負うと僕は立ち上がった。

 僕の質問を聞いて、キャリ姉は工房にある時計を見る。


「…………」


 が、答えようとしない。


「ど、どうしたの?」


 ちょっと嫌な予感がして、キャリ姉にそう聞く。

 すると、彼女は申し訳なさそうに眉を顰めて、


「……ごめん。三十分後」


「はぁ!?」


 僕は急いで工房を飛び出した。

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