第10話 張り付いた営業スマイル

「あら。こんにちは、フェデック社長。

 天下の運び屋会社の社長様がいったいどうしてこんなところに?」


 サムエルさんが見えた瞬間、キャリ姉は顔面に営業スマイルを貼り付けた。

 皮肉が入り混じった言葉で、暗にお呼びでないと仮初の笑みを浮かべていた。

 だけれど、サムエルさんは気にもしておらず相変わらずの笑みを浮かべていた。


「やぁキャリーさん。用がないのに来ちゃいけないかい?」


「えぇ。一応、うちも武器工房ですから」


 今度ははっきりと来るな、と言う。

 その言葉に僕は冷や汗が滲み出る。

 前の会社とはいえ僕の社長だった人だ。

 こんな言葉使いをして気を悪くさせでもしたら、と反射的に緊張したのだ。


 だけどそこはサムエルさんだった。

 別に怒りもせず、キャリ姉の言葉を口を窄めて「つれないなぁ」とつまらなさそうに言うと、


「だけど、今日は用があって来たんだ」


とすぐにまた不敵な笑みを浮かべていた。


「用ですか? 私も忙しいので、手短に済ませてくれると嬉しいんですけど――」


「挨拶に来たんだ」


「……挨拶?」


 キャリ姉の笑みが固まる。


「そうさ。今朝ちょっとした体制変更をしてね」


 サムエルさんは僕を見ずにそう言った。

 その言葉に僕の胸はズシッと締め付けられる。


「それで武器工房トランスの荷物運搬の担当が変わったから挨拶に来たんだ」


 淡々と語るその言葉はもう僕が完全にいないことの証。

 この街で僕が担当する箇所はもうないのだ。


「へぇ。ではどなたが担当になるんです?」


 サムエルさんは「フッ」と得意げに笑みを溢すと、


「これさ」


と横に移動して、背中で隠れていた一体をキャリ姉に見せた。


「ウチの子会社で造らせた戦闘兼配達オートマタだ」


 錆防止のメッキがされているだけの無機質で質素。

 必要最低限の機能だけあってデザイン性のかけらもないそれを見て、キャリ姉のこめかみが少し動いた。


「今までよりも早く最短に大量に配達できるんだ。

 依頼すれば、エルガス内であればものの数分で届けよう」


「…………」


「料金もそのままでいい。今はお試し期間だからね」


「……へぇ」


 キャリ姉は棒読みで相槌を打つ。


「確かに荷物を早く届けてくれるのはいいですね。

 納期ギリギリまで調整できますし、あいた時間でニコの面倒も見れますし」


 張り付いた笑みのまま、そうやって褒めているキャリ姉。

 だけど、長い付き合いだからわかる。

 キャリ姉は今、かなりイラついていた。


「そうだろ? 今までの遅さとは比べものにならな――」


「ですが、私には必要ありません」


 キャリ姉の言葉に今度はサムエルさんの表情が固まった。


「なんだって……?」


「だから要らないって言ったんです」


 もう一度、キッパリと断わる。


「私の店は個人営業なので、そんな大量に商品を届けるなんて無理ですし、精密機器なんで雑に運ばれては困ります。

 速さよりも壊さない方が重要ですから」


 保護機構プロテクターないんでしょう、とキャリ姉はサムエルさんのオートマタを見た。


 断られると思っていなかったのだろう。

 サムエルさんはギリっと歯軋りをして、今日初めて動揺したような顔を見せた。


「だが、この街エルガスの運び屋は我が社だけだ!

 いったい誰が運ぶって言うんだ!?」


「いるじゃないですか」


 すると待ってました、と言わんばかりにキャリ姉は得意げに鼻を鳴らした。

 一瞬にして立場が逆転した。


 でも僕にもわからない。

 僕はクビになったし、一体、誰のことをキャリ姉は言っているのだろう。

 とか考えていると、結論を出す前に僕の肩にキャリ姉の手が置かれた。


「丁寧な運び屋さんがここに」

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