第2章 殺人オートマタの使い方

第9話 弁解

「いや……いいんだよ。別に。レオだってお年頃だもんね。配慮を怠った私たちが悪いんだ。だから気にしないで。

 ただそういうことをするなら、せめて鍵くらい締めた方が良いんじゃないかな? ほら、さっきみたいに急に開けられたら困るでしょ?

 まぁまさか九死に一生を得たばかりなのに我慢しきれないなんて、思わなかったけど」


 武器工房『トランス』。

 その一階の工房で、パイプ椅子に座るキャリ姉を前にして僕は正座をしていた。


「まったく……ニコがどうしても直接お礼と謝りたいって言うから、レオの家に行ってみれば……」


 キャリ姉はため息を吐きつつ僕を見下ろしていた。

 これは早く弁解しなければ。


「これにはふ、深い理由わけがありまして……」


「深い? 不快じゃなくて?」


「ち、違うよ! あ……いや。人によったらそうかもしれないけど」


「うわぁ……」


 顔を青くさせて後退りし、両腕をさするキャリ姉。

 僕は慌てて「違う! そうじゃなくてそうじゃなくて」と首と両手を振った。


 あの後、キャリ姉を追いかけている間にライトは元の右腕の状態に戻ってしまった。

 未だ検討中なのか、全然、反応はないし、右腕の感覚も戻っていた。

 いわばスリープしたみたいな感じだ。


 だけど結局、元の右腕に戻り走りやすかったとはいえ、僕はキャリ姉に追いつくことはできなかった。

 キャリ姉はバイクで来ていた。

 ニコちゃんを乗せて、僕の弁解も聞かずにトランスまで走り去ってしまったのだ。


 そういうわけで僕はキャリ姉の家まで来て、正座をしている。

 ニコちゃんの姿が見えないが、気を遣ってくれたのか二階の住居に上がらせたのだろう。

 

(とにかく早く誤解を解かないと)


「じゃあどんな理由があるのよ?」


「う…………」


 キャリ姉の質問に言葉を詰まらせる。

 言ってしまってもいいのかどうか。

 いや、キャリ姉は武器工房の技師。専門家だ。

 もしかしたら何か知見を得られるかもしれない。


 だけど、もし喋っちゃうのが禁止事項だったら――。

 

 ライトが変形し、僕やキャリ姉を襲う姿を想像した。

 マスターは殺さないと言っていたけど、もしかしたら……。

 右腕をギュッと握り締める。


 ………………。


 ええい。ままよ!


「実は……」


 僕は意を決してキャリ姉に打ち明けることにした。

 万が一、それでライトがしたとしてもその時はキャリ姉から距離を取ろう。

 もう二度とここには来れないかもしれないが、仕方がない。

 現状、何もわかっていない状態だ。

 誰かと相談した方が絶対いいに決まってる。


 だったらどこから話すか。

 今朝あったことから話した方がいいかもしれない。


「僕、フェデックをクビになったんだ――」


★★★


「――それで僕の右腕はライトっていうオートマタが取り付いていたってことがわかったんだ」


 全て話すことができた。

 その間、ライトが口止めするようなことはなく、右腕は本物の腕のように僕の言うことを聞いていた。

 もしかしたらキャリ姉には信じてもらえなかったかもしれない。

 けど、自分の内で溜まっていたことをようやく吐き出せて、少しすっきりした。


 キャリ姉は僕の話を黙って聞いてくれていた。

 足を組んで目を瞑り難しい顔をしながら、組んだ腕の中で指をトントンと叩いていた。


 やっぱり信じてもらえていないのだろうか。

 実際にライトを見てもらった方がいいだろうな。


 僕は試しに右腕を叩いて


「ほら、ライト。起きて」


と呼びかけてみる。


『はい。何でしょうか?』


 あ、普通に起きた。

 右腕の感覚は薄くなり、手の甲が口のような形になっていた。


「ほ、ほら! 見て。キャリ姉! これが証拠だよ」


 興奮したように叫んだ僕の声に反応して、キャリ姉は不機嫌そうに目を開ける。

 手の甲に口なんて不気味だけど、人にあるはずがない特徴だ。

 これで幾分か信じてくれるだろう。


 だがキャリ姉は「はぁ……」と呆れたようにため息を吐く。


「どうしたの? キャリ姉。もしかして信じられない?」


「いや、信じるよ。レオが嘘つくわけないし。けどね」


「……?」


 そう言うと、キャリ姉はおもむろに僕の頭を引っ掴み、


「い、痛い痛い痛い痛い……ッ!」


 すごい圧力で締め上げてくる。

 その表情は恐ろしいまでの笑顔だ。


「フェデックをクビになったってどういうこと?」


「それは……さっきも……言ったけど」


「あぁ。人件費削減ね。聞いてる。わかってる。

 でもね。それでもレオがクビになるのは納得がいかないよ」


 キャリ姉はそう言うと僕の頭から手を離す。

 急に離すから尻餅をついてしまった。


「私はね。レオほど丁寧に運んでくれる運び屋は知らない。

 私の店は武器工房だからね。雑に運ばれると困る商品が多いし。部品も精密なのが多いから、壊されちゃダメ!

 他の工房の皆もそうなんじゃない?」


「…………はは。そう言ってくれてありがたいよ」


 そう。フェデックで働いていた頃、僕のお得意様は主にエルガスこの街の工房や職人さん達だ。

 ゆっくりでも良いから丁寧に運んでくれ、と言われるほどの精密機械を街の工房から工房に届けていた。

 でもクビになったんじゃあ、僕はもう運べない。


「レオがいないんじゃ一体、誰に頼めばいい?

 しかもレオの代わりに保護機構プロテクターを外したオートマタを造ったぁ!?」


 キャリ姉は腰に手を当ててまた大きくため息を吐く。


「全くありえない!」


 僕もそう思う。


 保護機構はオートマタの力を制御するもの。

 全力は出さなくなるけど、その分、安全性が担保される。

 物を運ぶ上で、確かにスピードは大事。

 だけど、精密機械とか壊れやすい商品はどうやって運ぶつもりなんだろう。

 それはターゲットにしないつもりなのか。

 まぁ今となっちゃ関係なくなっちゃったけど。

 サムエルさんはそのことをわかっているんだろうか。


「何がありえない、だって?」


 その時、工房の入り口から急に聞き覚えのある声が聞こえてきた。


 僕の背筋は凍る。

 ゆっくり振り返ると、やっぱり知っている人だった。

 サムエル・フェデックは優雅な笑顔でこちらを見ていた。

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